第10話
「え? ! ああ……そういう意味……」
表情の豊かな子だ。純粋そうで何より。
「で? 何でないんだ? どっかから持ってきたりはしないのか? それともここは寝るだけの部屋なのか?」
「いや。机や椅子は自分で創るんだよ」
「は?」
流石、というべきか、ファンタジーすぎるだろ。
内心期待した通り過ぎて呆れ始めている。
「だから――魔力で創るんだよ」
「ああそういう……」
俺出来ねえんだけどーッ!
綺麗なツッコミが入った。心の中で。
「魔力か……」
空が悩んでいるところを見ての気遣いか、その子が
「きょ、今日のところは僕が出してあげるから」
と言った。なんだか情けなくなる話だ。
隠しておいていい話なのだろうか。クラスメイトでもない子に、別に教えてもいい話ではないか。同室の子だ、これからのことを考えると、空の素性は明かしておいた方がいいのではないか。
空の精神面もある。これでは本当の自分を出せる場所がなくなってしまう。
――この子、いい子っぽいし。言ってしまってもいいのではないだろうか?
「あ、そう言えば――」
おっ、来るか? 俺の素性聞いちゃうか?
「初めまして」
「お、おう……」
いやそうだけどーッ! 期待していたのと違うんだが!
こうなったら。
空は覚悟を決めて。
「なあ」
「ん?」
「自己紹介――」
「! ああ、忘れてたね」
よっし! これでようやく口にしやすくなった!
「まずは僕から――」
「おう」
「僕の名前はセイル。呼び捨てでいいよ」
笑顔をこちらに向けて、そこからようやく俺の番だろう。
俺にはこの笑顔に勝るものを返せるかどうか不安だが。
「へ、へえ……セイル……いい名前じゃんか」
「――」
?
目の前の同室の子――もといセイルが不思議そうな顔をしていた。空の反応がそんなにいけないものだったのだろうかと、空は反省しかけるが。
「――いやいや。君、不思議だなぁって……」
「? なんでだ? 思ったこと言っただけだぞ?」
「ふふっ――あははははは!」
「な、何で笑うんだよ……おかしいこと言ったか?」
「いやいや、おかしくなんてないよ――さ、君の番だ」
笑い泣きの域まで笑っていたセイルを俺は不思議に思って、ようやく自分の番がやってきたと、心の中でそっと緊張する。
「俺の名前は、っとまず。俺を変な奴と思うなよ? あと、他言無用」
「わ、分かったよ……」
よし、これでいい。
「じゃあ改めて――俺の名前は、公には勇者と呼ばれているが――本当の名前は、空だ」
「――。ん?」
――まあ、そりゃそうなるわな……。
「つまり、君の名前は――ソラだってこと?」
「そそ。んでもって、外では勇者って呼んでくれってこと」
「わ、かった。気を付ける」
やっぱりいい子だ。
「さーてっ。魔力だっけ? 俺分かんねえや」
「それなら僕がっ……」
「それも申し訳ないからなー――ってことでさー。教えてくんねえかなー」
「――」
セイルの反応がなかったので、セイルのほうを見てみると、嬉しそうに笑うセイルがいた。
――教えたかったのかよ……。
早速、新しい相方の新しいところを見つけたところで、空はとりあえず、セイルの出方を待った。
「えっと、こういう本がっ、あるんだけどっ」
ずしんと音がして、セイルは空とセイルの間に大きな分厚い本を置いた。これをさっきまでセイルの背中にあるリュックの中にあったと考えると、いやはや先が思いやられる。
「何だこれ……」
「? 魔法書、だけど?」
正直、絶句だ。
絶望という意味でではない。いや、それもあながち間違いではないが。
この世界にはこれだけの魔法が存在しているのか、それをこの、目の前にある本は体現してくれている。
「どうしたの?」
「い、いや……」
正直、面倒くさくないと言ってしまったなら、少し残念に思われるかもしれない。だが、そう思うのも、無理のない話だと思ってくれ。
それじゃあ質問だ。君の目の前に広辞苑があるとしよう。君はそれを全て暗記しようと思えるだろうか。
きっと、誰しもが否だろう。(例外がいるかもしれないが)その広辞苑よりも、何倍も体積の大きい書物を全て覚えろ、と言われたら面倒くさいだろう? 無論、俺はやりたくない。
「こんなに分厚いの、全部覚えるの?」
「いやいや全部じゃないよ! 魔力には属性っていうのがあって、それぞれの魔法が全て書いてあるだけだからそう感じるだけ。覚える量なんて想像の十分の一もないよ。それに、時点みたいなものだし」
「そうか……」
と言われると、少しだけだがやる気も出てくる気がする。あくまで気がするだけだ。
いや、待てよ。
「魔力書って名前じゃないのか?」
「魔力書は基本的に個々の魔力を底上げするのに使うものだからね」
「へえ――ってことよりも! 早く教えてくれよっ!」
いくらも長く先伸ばされた、当の目的を空は引き戻す。
「そうだったね。――ええと、確かこのページに……」
そう言って、大きな本のちょうど真ん中ぐらいに指を差し込み、勢いよく開く。
もちろんだが、その文字たちは空には全く読めないわけで。
「??????」
ちょうど、空の頭にたくさんのはてなが浮かんだところで。
「……もしかして、読めない……?」
空はその問いに、頷くしかなかった。
セイルはもちろん、驚いた顔をしていた。そりゃそうだ、常識の『じ』もない男だもの。もちろん、この世界で、ということだが。
「もちろん」
それなのに、それなのに空はとても自信満々にそう答えた。
セイルも逆に気持ちのよく感じていることだろう。
「じゃあ魔法書に触れて」
困ったような笑顔で空に話しかけてくる。
――イケメンめ。
「これでいいのか?」
空が魔法書に触れると、うっすらと魔法書が光った気がした。
「そう。――それじゃあ、僕の言うことを復唱して。――――――――」
セイルが、流れるように、自分の思いを語るかのように、まさに、既存の者ではないかのように、呪文を口から流す。
空は、空の理解できない言語を話すセイルを目の端でとらえながら、完全なる耳コピで拙く口にする。
――ん? これってもしかして……。
ある一つの可能性を頭の片隅に残して、空は再び呪文へと集中する。
唱えていくと、一瞬、本当に一瞬の間、空の頭に浮かぶものがあった。それは机の形を成していて。暗闇の中に浮かぶ机。その一瞬が終わった後、目の前が光に包まれて。
次に目が開いたら、そこには先程見た、そっくりそのままの机が目の前に佇んでいた。
「やった! 成功したよ、ソラ!」
きょとんとしている空とは対照的な、セイル。
こんなの、非現実的だ。が、これが、これこそが、『異世界』なのだろう。
――やばい、楽しい。
そして空は、気にかかることの消化を、セイルに宣言する。
「セイル……俺すごいことに気付いたのかもしれない……」
「え……す、すごいことって……?」
もしも、もしもだ。
この名称のない(?)魔法が、空自身の想像でなっているのならば、それによって頭に机の絵が浮かんできたのならば。
魔力の根源は――その人の想像力ではないのか。
想像の力が魔力へと変換され、具現化されるだけなのだとしたら。
「やってみっか……」
空は目をつむり、誰もいない方向へ手を向けて構える。
机があれば、次は必然的に椅子だろう。
先程の呪文は、とても英語に似ていた。だが、それぞれに込められた意味は知らない。
だからこそ、想像する。
とりあえずは普通でいいだろう。
こ洒落ていなくてもいい。暗闇を思い浮かべ、そこにゆっくりと形をかたどって、鮮明に映していく。
ふと、一瞬、とても鮮明に映る。
目の前が光るのを、目が閉じていても分かった。
目を開けてみると、そこには。
「す、すごい……すごいよっ!」
「良かった~……」
想像で見た椅子が、そこにはあった。
Link. ~すべての世界線がつながる物語~(再編集) ヤマ @yamanoheya
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