君は晩夏のスナイパー

三ツ沢ひらく

君は晩夏のスナイパー

 頭を撃たれた。


 眼前の敵に気を取られていた隙に背後からの一発。憎たらしいほどに綺麗なヘッドショットだ。


 ちくしょう、そうこぼす間もなく私の視界は暗転し、目の前にゲームオーバーの文字が白く浮かび上がる。


 まただ。ヘッドセットを乱暴に外してディスプレイに再生される自キャラの死に様を見る。遠距離からの一撃、サイレンサー付きアサルトライフル。スコープも付けたフルカスタムのそれであの場にいた全員を狙撃しゲームを制したのは彼だった。


 アマチュアeスポーツの大会にふらりと現れる彼に仕留められたのはこれで何度目だろうか。


 バトルロワイヤル形式や討伐系、空を駆ける戦闘機や格闘ゲームだったり。彼は私の前に立ちはだかり、あっさりと討ち滅ぼしていく。


 私は歴が長いだけが取り柄のプレイヤーだが、各分野でそれなりに成績を残していた。そんな中、彗星のように現れた彼は次々と私の得意なジャンルの頂点にその名を刻みつけていく。


 なけなしのプライドもズタズタだ。


 次の大会で彼に勝てなかったら引退しよう。老いを理由に退くにはまだ早いけれど。心が折れる前に、まだゲームを好きでいられる内にやめたい。


 そしていつかきっと、プロに転身し世界的に有名になった彼の試合を見て現役時代を懐かしむようになる。そんな幕引きでいいじゃないか。


 こんな私を昔から応援してくれているサポーターに向けて、SNSで発信する。


『来たる2020年夏に開催されるアマチュアインターナショナル大会に出ます。負けたら引退します。ごめんね』


 引き止めてくれる声に涙が出た。


 私はプロではない。殆ど無名の状態でアマチュアeスポーツの世界に飛び込んだプレイヤーだ。現在も知名度は低い。


 決して順風満帆ではなかった私を今まで支えてくれたのは、ほんの一握りのサポーターたち。負けが続いても必ずコメントをくれて、大丈夫だよと励ましてくれる。


 そんな彼ら彼女らに申し訳なく、けれどもこれ以上の醜態を見せるわけにはいかず、『みんなありがとう大好きだよ』なんて言ってみるとすぐに『負け確かよ!?』『え、冗談だよね?』なんてコメントが返ってくる。


 ほんの些細なやり取りだ。けれどたったそれだけでも、プレイヤーの心に寄り添い支える力になる。


 しばらく寄せられるコメントを眺めていると、あるアカウントが目に入った。


『どうして引退するんですか?』


 私は驚いてその一文を繰り返し目で追う。


 随分と直球なその問いを投げかけてきた彼は、私がeスポーツの大会に出始めた頃からのサポーターだ。


 しかしこれまでいわゆる直絡みはなかった。私の発信にgoodボタンを押していくだけのアカウント。あまり気に留めていなかった存在からの一撃に、ぐらりと視界が滲む。


 どうして。その問いに答えるにはあまりにも自分勝手だった。

 毒を食らったようにじわじわと心が萎れていく。

 それでも理由を明確にする必要があるのなら、私はこう答えよう。


『時の流れに置いていかれてしまったから。冬を耐えるので精一杯だったのに、どうやってこの夏を越えればいいのか分からなくなりました』


 私のeスポーツ人生は、きっとここで終わる。この夏、私は彼の放つ弾丸によって引導を渡されるのだろう。


 返事はなかった。僅かな後悔がさざ波のように押し寄せてくる。


 後悔?

 だって、勝てないのに?

 続ける意味があるの?


 だらりと脱力する腕の先を見る。そこにはコントローラーを握り過ぎてできたマメと、手のひらにくっきりと刻まれた爪跡があった。


 ああ。ゲームを好きでいられる内に、やめたいのに。



 *



「やめさせません」


 もしも神様がいるのなら、私に何を望んでいるのだろう。


 負けたら引退宣言をした大会は、毎年夏に開催される。私が昔から続けているFPSサバイバルゲームのアマチュア国際大会だ。


 自分でもうってつけの舞台だと思ったのに、ランダムで選ばれた相棒のプレイヤーの名を見て愕然とする。


 それはまごう事なく彼の名だった。


 私の引退試合だということを知っているのだろう、彼は張り詰めた様子で口を開く。


「この大会に負けたら引退ってことは、優勝したら引退しないんですよね?」


 呆然とする私をよそに淡々と準備を整える彼に、「あんたに勝てないから引退するんだよ!」と言ってやる機を逃してしまった。


「さあ、勝ちますよ」

「なんで?」


 引退させてくれないの?


 私の精一杯の問いかけに、彼はさも当たり前のような表情をして答えた。


「あんたを目指してやってきたんで。勝手に居なくなられたら困ります。それに、」


「一緒なら、この夏を越えられる」


 その言葉は紛れもなく私がSNSで発した不安に対するもので。


 なんであんたがそれを言うんだ。

 目指してやってきたってなんだ、嫌味か。


 なんて思考は一瞬で溶けてしまった。


 何故なら、そのとおりだと思ってしまったからだ。


 勝てないくせに。手を引いてもらわないと浮き上がれないくせに。それでも必死にしがみついてまで、この夏を越えたいと思わされてしまうのは。



「やっぱり私、好きなんだなあ」




 *




 迎えた決勝戦。


 戦場と化した市街地の中で二人乗りのコンボイが駆ける。襲いくる緊張感で背筋が凍り付いているのに、ディスプレイに映るフィールドは照り付ける太陽に焼かれていた。


 車上狙撃は得意だ。私の持つ唯一と言っていい技術かもしれない。それを言わずとも彼は当たり前のように私をバックシートに誘導し自らはハンドルを握ったのだった。


「撃てよ狙撃手スナイパー


 ここまでお膳立てされて引くわけにはいかない。


 呼吸を止めて全神経を集中すると、ディスプレイの向こうの世界が止まって見える。そしてごく滑らかに指が動く。これは調子がいい時のサインだ。



 あ、越えた。




 *



 結局引退しそこねて、インタビューで勝手に相棒宣言をする彼には多分一生勝てないのだろう。


 久々に掴んだ勝利の感触は酷く熱くて、ふと昔を思い出す。


 勝ち負けなど関係なく、ただ好きだという気持ちだけでコントローラーを握っていた頃のことを。


 帰ったらサポーターのみんなに報告しよう。


 私はゲームが好きです。


 ゲームを通して出会えたみんなが大好きです、と。


 続ける意味なんてそれだけでよかったのだ。それに気付けばもう夏の終わりが近づいていた。

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