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195. ◆山本津埜乃

> 何かあったら番外編でも書くかもしれませんが、

> 何もなかったら書かないかもしれません。


と最終話後書きに書いて、そろそろ1年。

私も完全に忘れていましたが、

うっかり思い出してしまった以上、1話だけ番外編を書きました。

皆さん登場人物も設定も覚えてないと思うので、

覚えてなくても読める読切短編です。

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 この世界には現在、2人の異世界人がいる。


 ちょうど1年前。

 世界を滅ぼさんとした魔王ガンマ・オーガスタを、1人の異世界人が討伐した。


 山本津埜乃は、そちらとは別の、もう1人の異世界人だった。


 山本は、魔王討伐時には精神面の調子を崩しており、特に何もできなかった。

 差し迫った危機の去った世界で、今はリハビリも兼ねて1人漫遊している。


「ここがライスフィールドの町。世界最大の米所ね」


 帽子の鍔の角度を上げて、視界を広げる。

 大陸北東端、テール将国という小さな国の片田舎。

 見渡す限りの水田に囲まれた、米作りの町だ。


 旅先にこの町を選んだ理由は、景色が綺麗だと聞いたから。

 世界を救った方の異世界人がそう言っていた。

 彼も目的があって世界各地を旅して回っているのだが、未だに望む結果は出ていない。

 今では半ば諦めて、仲間と各地の名所を観光している。


 年中通して青々と茂る水田は、稲の隙間に青空を映し、空中散歩をしている気分にもなる。この稲を刈り取るとドロップする【白米】が当地の名産品だ。




 町の中心には、小さいながらも商店の並ぶ通りがある。

 生活必需品を売る地元向けの店の間に、僅かなりと観光客を意識した、鮮やかな看板の店があった。


「これは、餅屋……実在したのね」


 稲のレアドロップである【糯米もちごめ】を蒸していた携行食、餅。

 それを専門に販売提供する飲食店、それが餅屋だった。

 かつて「餅は餅屋」ということわざに従うべく、餅屋を探した者達がいた。しかし、純粋な餅屋を見つけた者はごく僅かだ。

 餅を提供する店自体はあったが、専門店でない以上、「餅は餅屋」の理念に反する。それでは何の意味もなかった。


 山本は、実際に餅屋を目にしたことで小さな感動を覚えていた。


「彼もこれを見たのかな」


 思い出すのは、この町を教えてくれた同郷の少年。

 最初に会った頃はその精神性を理解できずに決別し、また合流し。

 何度もそれを繰り返したが、最初に別れて以降は、ずっと一定の距離があったように思う。

 今なら山本にも解る。自分の視野が狭くて、知らないものを拒絶したのが悪かったのだろう、と。

 彼と別れてすぐに、この世界の人間の方が余程相容れない思想を持つのだと悟った。


「餅屋の餅。食べてみようか」


 山本がその店に足を向けた時だ。


「駄目だッ! その店に入ったら!!」


 鋭く叫ぶ子供の声に、山本は即座に振り返った。

 10歳かそこらの男の子が、道の中央で仁王立ちし、睨み付けるように山本を窺っていた。


「どうして?」

「それは、その店が……」

「コラァッ! このガキ、また貴様か! 営業妨害で訴えるぞ!!」

「っ……!」


 少年が何か言い掛けた所で、餅屋から店主らしき男が現れ怒鳴り散らした。

 少年は即座に踵を返して逃亡し、後には山本と餅屋の店主が残される。


「はぁ、はぁ……あのガキ、今度来やがったら……っと。

 へへへ、お客さんでごぜぇやすか? くだらない所を見せちまいやしたね」

「いえ、お気になさらず」

「この町、小さな町でやしょ? 旅の方がマトモな食事を取れる店なんて、ここくらいしか在りやせんよ」

「そうですか。それでは、後で寄らせてもらうかもしれません」


 山本は店主に軽く会釈をし、一先ず角を曲がるまで、自然な足取りで歩を進めた。




 「用心棒協同組合」というのが、この国の日雇いナンデモ屋が集まる組織だ。

 山本が用心棒として登録を行い、軽く依頼を探してみると、行方不明事件に関わる依頼が数件あった。

 依頼人の名と住所を控え、各家を周って情報を集めると、そこには意外な共通点があった。

「こちらの娘さんも、好物がだったのね」

「へぇ、餅のロンでござんす。それが何か?」

「……いえ、まだ調査中ですので」


 これまで回った3件の被害者宅。

 その家族の証言によれば、被害者の好物は餅だったのだという。


 山本は異世界から召喚されて以来、現実の出来事に対しても「メタ読み」をする悪癖があった。だから今回もこう考えた。

 これは流れ的に、餅屋が犯人なのでは? と。


 最後の1件となる長屋を尋ねると、そこには先程餅屋の前で会った少年がいた。


 ほらやっぱり、と山本は思った。


「餅屋だ……あの餅屋が、父ちゃんを殺したんだッ!!」


 ほら、やっぱり、と山本は思った。





「いらっしゃいやせぇ! おっ、さっきのお姉さんじゃねぇですかい」

「お勧めは何?」

「へい、この『3種の餅セット』が人気でごぜぇやす」

「なら、それで」


 再び餅屋を訪れた山本は4人掛けのテーブル席につくと、メニューも見ずに注文を済ませる。


「あ、そうだ。店主さん、お名前聞いていい?」

「あっしの名前でやすか? 半任太郎はん にんたろうと申しやす」


 ほらー、やっぱりー! と、山本は思った。


 店主は不思議な質問に妙な顔をしたものの、特に何か問い返すこともなく、そのまま厨房へ入ってゆく。

 山本はその隙に店内を観察することにした。


 清潔な店舗だ。見た目は普通の飲食店。怪しい物は特にない。

 徒歩の旅の後なので、少し喉が渇いたが、水の無償提供サービス等はないらしい。

 追加で注文しようかと、テーブルに置かれた品書きを確認する。


「……飲み物のメニューはないのね」


 餅は餅屋。ならば餅屋は餅以外を出すべからず。

 つまり、そういうことなのだろうか。


『危険! 危険! このまま待っていると5分後に死にます!!』


 そんな訳があるまいと山本は思っていたが、彼女の危機感知スキルがそのメタ読みを裏付ける。


 店主の様子を確認すべく、山本は気付かれないよう厨房へ向かった。





 ある異世界転移者曰く。

 彼の世界で最も多く人を殺した生き物は、指先よりも小さな虫だったという。


 では……世界で最も多く人を殺した食べ物は?


 その異世界人の住んでいた国において、フグ毒による中毒死者は、10で300人足らず。


 対して、「餅」を喉に詰まらせた窒息死者は、たった1でそれを上回る。


「へっへっへ……また間抜けなカモが来やしたぜ……この俺が開発した特殊な餅、超絶粘度増強餅で客の喉を詰まらせて殺し、ドロップアイテムを回収……それを他所の町で売り捌いてボロ儲けでやす!」


 厨房には、怪しげな表情で己の罪を独白しながら餅を搗く店主の姿があった。


「飲食店に偽装した凶悪な殺人鬼め! 言い逃れはできないわよ!」


 山本は言い逃れ様のない状況に対し、杖を構えて厨房へ乗り込んだ。


 店主は慌てて隙を晒すかと思いきや、立てかけてあった筒のような物を拾い、即座に応じる。

 そう。このような状況は、店主にとって何度も経験した事態であり、最初から予想済だったのだ。


「へへへ、侵入者め! 熱々の餅を食らえっ、必殺トリモチ砲!」


 バネ仕掛けの発射装置によって、筒から餅が発射された。


「わっ、昔の漫画でよく見るやつ!?」


 恐らく手製であろう、餅を飛ばす道具。

 その意外な存在に反応が遅れ、高温の餅が山本の帽子に絡みつく。


 【炎熱耐性】スキルで熱さはそれほど感じなかったが、逆にその所為で殺傷能力がなくなった餅に【危機感知】スキルが反応せず……回避することができなかったのだ。


「この隙に餅を食わせちまえば、お終いでやすなぁ!」


 餅を手に迫る店主!


 絶体絶命の危機と思われた山本。

 しかし、【危機感知】スキルが発動していない以上、こんな状況は危機でも何でもないのだが。


 餅の重さに引かれて落ちる帽子。

 その下から現れたのは、3本の角。


「へぁっ、あ、頭に角!? まさかアンタ、《人鬼》のヤマモトでやすかぁ!?」

「ま、また知らない二つ名がついてる……まぁたぶんその山本よ!」


 ★★★★★星5スキル【改良変異】により種族の平均を大きく凌駕する身体能力を得た山本は、その副作用により頭部に3本の角が生えている。

 諸国を漫遊するついでに各地で世直しの真似事をしていた彼女は、テール将国内でも道中で悪徳商人をこらしめたり、連続殺人鬼を捕縛したりしていたのだ。

 人の命の軽いこの世界では、悪徳商人も連続殺人鬼もそれほど珍しくはないので、名前を売るには困らない。


「へへー、命ばかりはお助けを……ッ!」


 餅屋の店主は瞬時に抵抗を諦め、素直にお縄についたのであった。





 餅屋の悪行と事件の解決を用心棒組合に報告した後、山本は被害者の家を周り、事件の解決を報告した。

 命の軽い世界でも、身内の命が失われる悲しさは変わらない。


 餅屋の跡地は補償として被害者達が共同で譲り受け、御萩おはぎ屋を開くことになったそうだ。

 もう二度と、餅を喉に詰まらせて死ぬ人がないように。




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以上で、このお話は完全に完結となります。

お読みいただきありがとうございました。


折角なのでこの機に宣伝なのですが、現在は


『燎原の森エルフ ~外れスキルをレベル999に育てて調子に乗ってるやつらがむかつくので、当たりスキル【火魔法】をレベル999に育てて焼き尽くす~』

https://kakuyomu.jp/works/16816452221402889705


という話を連載しています。

エルフの成人女性が無双する感じで、

不意に得た強大な力に溺れる人がたくさん出てくるお話です。

読んでもらえると喜びますので、宜しくお願いいたします。

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