第82話 これから(終)
――そこから夏が過ぎ去っていき、9月。
学生の感覚でいうと、9月からは明確に秋に切り替わる気がする。外はまだまだ残暑が厳しいし、俺もまだ半袖のシャツだが、8月いっぱいまでは夏、それ以降はもう秋という感じだ。
思えば、あっという間に走り抜けた夏だったように思う。これまでは、時間の流れは平等であって、7月でも8月でもただ一年のうちの12分の1だと俺は考えていた。
しかし、この場所に来てからは、その認識が大きく変化した。泣いて、笑って、楽しく過ごしているうちに、いつの間にか夏が終わっていた。夏休みってこんなに短かったかなと、本気で首を傾げた。
まあ、それだけ濃密な夏休みを過ごしたともいえるが。ただ勉強ばかりしていた高校三年の夏とは違って、今年の夏は色々あったから。
突然妹が来たり、恋人が出来たり、実家に絶縁宣言したり、そして、その後も――本当に色々。
「おはよう、おにちゃん」
「おはよう、三久」
外に出ると、制服姿の三久が俺のことを待ってくれていた。今日から三久の高校は秋服ということで、長袖のブラウスの着用になる。
三久の制服姿は夏服しか見たことがなかったから、ブラウスとリボンしか変わらなくても、とても新鮮な気分になる。
そして、もちろんかわいい。
「あ~あ、夏休みあっと言う間やったね。今日からまた勉強が始まるかと思うと、ちょっとだけユウウツかも」
「まあ、学生の本分はやっぱり勉強だから。次の中間テスト、頑張ろうな」
「ぶ~、先生、最近なんか厳しくありません? おかげで宿題は捗ったけど」
「三久の勉強のことは、慎太郎さんと三枝さんにも頼まれてるし。そこは甘やかさないからな」
「むー、おにちゃんのいじわる。……まあ、そういうところも好きになっちゃったんだけどさ」
そう言って抱き着いてきた三久のことを抱きしめ返して、俺は三久の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「えへへ……おにちゃん、だいすき」
「うん。俺も」
もう何度も何度も繰り返しているが、三久も俺も、よくもまあ飽きもせずイチャイチャできるものだと自分でも思う。
夜寝る前だって同じことをしたはずなのに、寝て、また朝起きると、また同じようにしたくなっている。不思議なものだ。
ただ、このまま恋にかまけてばかりもいられない。夏休みに色々あった分、勉強のほうがおろそかになってしまったから、ここからしっかりと取り戻さなければ。
受験生としての本番は、まだまだこれからなのだから。
「ん? 三久、それ……」
満足するまで三久とじゃれ合って、そろそろ一緒に出発……というところで、三久の首元にきらりと光るものが。
「これ? えへへ、今日から秋服で目立たんくなるけん、こっそりつけちゃおうと思って」
「ダメ、外してきなさい。校則違反でしょ」
「ぶ~、おにちゃんだって肌身離さずつけとうやん」
「俺は服装自由だからいいの。いつもつけなくても、三久がそれを大事にしてくれてるのは、ちゃんとわかってるから」
三久が身に着けていたのは、お盆休み後にあった花火大会で、俺が手渡したネックレスである。俺が怪我を負ったあのバイト前に注文していたもので、カナ姉の昔からの友人で、小さなジュエリーショップを営んでいる人に作ってもらったものだ。
ネックレスには、サイズ違いの二つのリングがあり、大きい方には俺の名前が、そして小さい方には三久の名前が刻まれている。
そして同じものが、俺の首元にも。実は三久も、同じ人に同じものを注文していたのだ。
遊ぶお金が足りないから、と偶然にも同じアルバイト場所で鉢合わせた俺と三久だったが、三久もネックレス代を工面するために、友人である由野さんにあのカフェの仕事を紹介してもらったというわけだったのだ。
花火大会でそのことが判明した時、二人で笑い合ったのを、よく覚えている。
ちなみに俺にとって初めての花火大会だったわけだが、花火自体の記憶は正直そんなにない。
もちろん、約束通りカナ姉の協力で関係者席で三久と二人きりにしてもらったし、そこでネックレスをプレゼントしたわけだが、その時、俺と三久はすでに二人だけの世界にどっぷりと浸っていて、正直なところ、誰の邪魔もないのをいいことに、三久とイチャイチャばかりしていた。
しかも、ちょうどお盆休みの直後で、東京の実家から戻ってきてすぐだったので、その時ばかりは俺も三久も、周囲が呆れるほどのバカップルぶりだったと思う。
こっちに帰ってきたら――ということで三久としていた約束のほうも、もちろんしっかりと果たさせてもらったし。
まあ、今そのことを思い出すと、色々と恥ずかしくなってしまうので多くは語らないが。
俺が出て行って以来、滝本家からの連絡もない。春風からも連絡はないのだが、まあ、あいつなら上手くやっているだろう。来年の夏になったら、またひょっこり現れるかもしれない。
「お待たせ。ネックレス、お母さんに預けてきた」
「ん。じゃあ、行こうか」
こうして、俺と三久は、自転車にのって一緒に家を出た。
青々とした緑から徐々に黄色へと色づいていく遠くの山、時折すれ違う赤とんぼ、涼やかに流れるそよ風。
流れる景色は、すでに秋の始まりを告げている。
「おにちゃん、秋だね」
「うん」
「夏、終わっちゃったね」
「そうだな。ちょっと寂しいかも」
「だけど、これからも楽しいことはいっぱいだよ。体育祭も見に来て応援してほしいし、文化祭は学外の人たちも来てOKだから、おにちゃんと一緒に色々見て回りたいし、それに冬だって――クリスマスとか、お正月とか、バレンタインデーとか……楽しいこと、ドキドキすること、もっといっぱい」
「……そうだな。俺も楽しみにしてる」
そうだ。これからも、俺と三久の日々は続いていく。秋があって、冬があって、そして春が過ぎればまた夏が訪れる。
これで全てが解決したとは思わない。今は穏やかに過ごせているけれど、また何か厄介ごとが起きるかもしれない。
でも、今の俺はもう一人じゃない。俺のすぐ隣には三久がいて、祖母がいて、慎太郎さんや三枝さんがいて、カナ姉がいて、乃野木さんがいて、由野さんや御門さんがいて、そして、春風もいる。
皆に支えられて、そして時には自分が支えて、俺はこれからも笑顔で日々を過ごしていくのだ。
「三久。改めて、これからもずっと、よろしくな」
「うん。これからも、ずっとずっと一緒だよ」
季節は、秋。
大好きな幼馴染と過ごす初めての季節が、今、始まろうとしていた。
(おわり)
―――――――――――
これにて完結です。ありがとうございました。近況ノートにあとがきをのせてますので、興味のある方はそちらもどうぞ。
『お前は家族じゃない』とエリート一家から追放された俺を癒してくれたのは、十二年ぶりに再会した幼馴染でした たかた @u-da
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