第3話 縋り付く / 乙女心 3
「俺は何も聞いてないな、山城はどうなんだ」
「私も特に何も。でも最近元気がないときあるかも」
僕の話を聞いて二人はそう答えた。普段そこまで水野と接する機会のない日向はともかく、クラスが一緒でどうやら仲もいいらしい山城さんには気になるものがあったらしい。共感してくれる人がいるのは嬉しいことだけど、同時に僕の気のせいでなかったと考えると複雑だ。
「元気がないときがある……か。最近ずっと元気がないんじゃなく」
日向は山城さんの言い回しが気になったらしい。山城さんは悩ましげな表情で手元のたこ焼きを転がしている。水野の様子について思い出しているのだろう。
「えーっとね……、うん。いつもじゃなったと思う。ときどき、ふっと影が差すような、そんな感じ」
「具体的にはどんなときだったか思い出せるか?」
「うーん、教室、ではそんな感じなかったかな。普通に廊下を歩いてたりするとたまに。あ、あと体育の時間もなんだか元気がなかった気がする」
「今女子の体育ってバレーだっけ」
山城さんは小さくうなずく。この高校は全クラスを二つに分け、さらに男女別で体育の授業を行っている。僕と日向がいる1組は4組と、山城さんと水野の2組は3組と一緒だった。
「体育で何やっているかはあんま関係なさそうだけどな。あいつのことだからそのくらいのことはお前らのどっちかにはすぐ言いそうだ」
日向の言い分には僕も賛成だった。確かに彼女の性格上、気に入らないことがあればすぐに吐き出すだろう。なのに誰にも言わず一人で落ち込んでいるとは、一体何があったのだろう。
「一つ思ったことがあるんだけど」
山城さんは手を挙げた。はい山城さんどうぞ、とこちらも手で促す。
「優希ちゃん永瀬君といるときずっと元気なかったんだよね」
優希ちゃんは水野の下の名前だ。僕が思い出せる限りはそうだったと思う。
「だったら原因は永瀬君にあるんじゃないかな。日向君は覚えてる?先週優希ちゃん、一回図書室に来たよね」
「あー、そういや来たな。山城を撫で繰り回してすぐ帰ってったけど。あのときの水野はいつも通りだったよな」
「私もそう思う。だから、やっぱり優希ちゃんに何かがあったというより優希ちゃんと永瀬君の間で何かあったんじゃないかな、と思うんだけど」
「だそうだ永瀬」
ドンマイ、と日向は親指を立てる。それを見た山城さんも同じ
様に親指を立てた。ええ、僕ですか……。そう言われてもなあ。
「僕が原因だったとしても、その心あたりが全くないんだけど」
「そうさな、水野の元気がなくなったのに最初に気づいた日の前後に何かなかったのか?」
何か、何かかー。頑張って思い出そうとするけれど、流石にそんなに前のことは中々思い出せない。水野の変化が印象に残りすぎて、他のことが影に溶けたかのように真っ黒だった。
「駄目だ、全くわからない」
「流石に厳しいか、となると……」
日向は山城さんのほうに顔を向ける。
「私?」
「うむ、頑張って思い出せ。俺は自分でもびっくりするくらい心当たりがなかった」
そもそも今あいつとはほぼ共通項ないからな、と付け加える。そんなに胸を張って言うことだろうか。
山城さんは日向の言葉に対しては特に突っ込むことなく、視線を彼の手元に落としていた。真面目な顔して何を見ているんだろうと思ったら、その先には日向のたこ焼きがあった。もちろん、山城さんの手元の容器にそれはない。日向はため息をついて自分の容器を差し出した。容器から山城さんの口へと運ばれる一個のたこ焼き。むさい男に食べられるより、かわいい女の子の口の中で果てるほうがこのたこ焼きも本望だろう。ところで普段なら相変わらず仲いいなあと思えるけれど、今日ばかりは一体何を見せられてるんだろうと言いたい気持ちのほうが強かった。一体僕は何を見せられているんだろう。
「心当たり……。あ、そういえば」
お、何か思い出せることがあったのだろうか。
「優希ちゃん髪切りたいとか言ってた」
なるほどそれは……、この件には関係なさそうだなあ。そう思った僕とは裏腹に日向は何やら難しい顔を浮かべている。
「どうしたの日向、何か気づいたことでもあるのかい?」
「いや、なんか引っかかってる気がしてな」
「へー、してそれは?」
「それがわからんから今悩んでる」
これは仕方ないか…と言いながら日向はスマホをいじりだした。調べものだろうかと思ったけどすぐに手が止まった。今度は驚いた表情をしている。
「今度はどうしたの?」
「はあ、こいつは相変わらずわけがわからんな……。それはいいとして永瀬、この名前に見覚えがあるか」
日向スマホの画面をこちらに見せる。そこには僕らがよく使っているSNSの画面が映しだされている。相手からのメッセージには加藤理恵、とだけ書かれていた。僕はこの名前を知っていた。
「加藤さんはテニス部のマネージャーだけど、なんで日向が加藤さんのこと知ってるのさ」
「知ってるのは俺じゃないんだがまあ今はいい。山城はどうだ」
「加藤さんは知ってる。3組の子だよね、そんなに仲良くはないけど……、あ」
「何かわかったか」
「うん、今のでわかった。そっか優希ちゃんそれで」
水野が落ち込んでいる理由がわかったのだろうか。でもそれならどうして山城さんはそんなに楽しそうな顔をしているんだろう。
「わかったなら教えておくれよ。水野はどうして元気がなくなっていたんだい」
「永瀬君……、ごめんね、その前に」
山城さんはそう謝ると日向に耳打ちをし始めた。しばらくうんうんと言っていたが、最後には彼もへー、と笑顔になっていた。一体何があったっていうんだい。
「悪いが永瀬、これはちょっと教えられんな」
「やっぱそうだよね……、ごめんね永瀬君」
ええ、そんな。僕は彼女にそんなひどいことしただろうか。そうだとしたら日向のあの悪い笑みを見る感じ、相当ろくでもないことをしているに違いない。
「心配するな。お前は多分何もしていない、むしろしなさすぎてるまである」
もうわけがわからなかった。しなさすぎてる?
「それは、何かサボっているってことかい?」
「そういうことでもないんだが……、とりあえずお前は今から水野に連絡を入れて現場待機、そして水野と合流したら一緒に帰る。それで多分どうにかなる」
「どうにかって……それだけで彼女の機嫌が直るの?これまで僕と一緒にいるときずっと元気がなかったのに?」
「それはお前次第だが、多分大丈夫だろ。おっと、そろそろ時間だな。じゃあ俺らは帰るから」
日向はわざとらしくそう言うと腰を上げてホームに向かう。山城さんも「頑張って」と言ってあとに続く。えちょっと待ってよ。
「あ、そうだ。わかってると思うが間違っても俺らに言われて待ってたなんて無粋なこと言うんじゃないぞ。めんどくさいことなるから」
それだけ言い残して、二人はホームに出ていってしまった。
考えても何も出てこなかったので、とりあえず水野に駅で待ってるという旨のメッセージだけ送った。何を送ればいいのか教えてくれなかったけれど、多分彼の文脈からするとこれで間違っていないはずだ。それよりも水野が来るまでどうやって時間を潰すかが問題だった。次の汽車が来るまであと四十分はあるのだ。
特にやることもなかったのでさっき図書室で読んでいた小説を開いていたが、頭の中には水野が来たときのことばかり渦巻いていて何一つ内容が入ってこなかった。
「おまたせー、ってあれ、永瀬一人?」
「や、やあ水野。部活お疲れさま」
悩んでいる間に本人が来てしまった。結局何も思いつかなかったし、これはどうするのが正解なんだろうか。
「てっきり日向と凪もいると思ったんだけど、二人は一緒じゃなかったの?」
「うん、二人は先に帰ったみたいだよ」
あれ、この返しはもしかしたら墓穴を掘っただろうか。しかし、水野は気にする様子はなく
「そう」
とだけ答えた。
「とりあえずホームに行こうか」
「そうね」
仕方がない。様子を見つつ本人に直接訊いてみよう。
それから僕らは汽車を待つ間、汽車の中でたくさんの話をした。世間話から最近あった授業のことまでいろいろ。さっき山城さんが言っていたことを訊いてみたら、どうやら水野は髪を切るのはやめにしたらしい。しばらくあんな状態だったからか、なんだか水野と話をするのは久しぶりのように感じた。
「ありがとう」
別れ際、水野は僕にそう言った。どうしてそんなことを言われたのかさっぱりわからなかったけれど、今日の水野は元気そうだったのでまあいいかという気になった。
ん?だったら僕は一体何をしなかったんだろうか?
「あの二人大丈夫かな」
「大丈夫だろ。永瀬は何気アドリブのきくやつだからな」
俺と山城は永瀬と別れたあとすぐに来た汽車に乗った。ゴトンゴトンと大きな音を立てて揺れている。乗客は俺らを含めて五人ほどだった。
水野の元気がなかった原因は間違いなく永瀬にあった。どうやら最近あいつは役職か何かは知らないが部活の関係マネージャーとやり取りをすることが増えたらしい。今日昼飯を食ったあと用事があるとか言ってすぐに教室を出て行ったのも、そのためだろう。俺が引っ掛かっていたのはそこだった。要するに、水野は妬いていたのだ。もしかしたらそこまでじゃなく、単に仲の良い友人が別の人間にとられたような気になっただけかもしれないが。ともかく、教室でなく廊下で急に落ち込んだのは、永瀬か加藤、もしくはその二人が一緒にいるところを見たから、体育は加藤のほうと一緒だったからいろいろ思い出してのことだろう。水野にしては可愛すぎる悩みであるが、思春期の人間のする悩みなんてそんなものだろう。まあこの件に関しては、欲しい情報を俺が聞くよりも先に送ってきたわけのわからん友人と、集めた情報からこの推測を組み立てた山城ならともかく、何も役に立たなかった俺はあまり偉そうなことは言えないのだが。ちなみに俺がこれを永瀬に言わなかったのは、その結果さらに二人に気を遣わなければならない可能性を考慮してのものでああった。気を許せるのが友人なのに、それに気を遣うなんて冗談じゃない。何もしていないってところに、水野をほったらかしにしているというヒントを含んだつもりだったが、多分伝わってないだろう。頭にクエスチョンマークを浮かべながら話す永瀬を想像すると、ちょっと面白かった。
「でも流石に少し遊びすぎたか……、そうだ山城、って寝てるし」
相変わらず気持ちよさそうに寝ている。それを見るとなんだか俺も眠たくなってきた。降りる駅を過ぎる前に起きれますように、と祈りながら、俺の意識は溶けていった。
完成に至るまで かなやわたる @kanayawataru0308
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