75.生涯でただ一度
※ 視点、人称:赤城紗由奈、一人称
※ 時間軸:本編「彼女がカノジョになるまで」の間とプラスアルファ
ともくんを初めて「新庄智也」と認識したのっていつだっただろう。
大学三年になってゼミ替えがあって、初めて一緒になった人だな、とは思っていた。
彼のお友達の松本君が人当りのいい好青年って感じで目立ってて友達も多いタイプだったから、そのおまけ的に名前を知った感じかな。
そんなこと思ってたなんて彼にはナイショ。
彼自身、自己評価は低い方で、多分わたしがそう言ったとしても「やっぱりね」って苦笑するぐらいだろうけど。
でも全然気にしてないわけじゃない、むしろ気にしぃな彼をわざわざ傷つけることはないでしょ。
わたし達のゼミの教授はIT関係の会社に勤めてた人だとかで、将来そっちの方面に進もうかと考えている人達が集まるゼミだ。
ともくんは特に将来は決めてないみたいだけど、松本くんと同じゼミの方が心強いから、みたいな動機だったと自己紹介でぽつぽつと話してたっけな。
この時点ではまだ彼をゼミの人の一人ぐらいの認識だった。
六月ぐらいになると「松本くんの友達の新庄くん」ぐらいになってたっけ。
話す機会はあったけど、圧倒的に松本くんの方が話しやすかった。
けど、悪い人じゃないなとは、思ってた。
細かい気遣いのできる人なんじゃないかな、とも。
うーん、でもこれは今だから言える話かもね。
とにかく、ゼミの中の一人という位置付けが大きく変わったのは、やっぱりバイト中にばったり遭遇した時かな。
とある会社が暴力団と関係しているんじゃないかって情報を調べてたら、その暴力団の人達が追いかけてきた。証拠ゲット、なんだけど、とりあえずは逃げた。
あるお店のバックヤードに逃げ込んだ時だった。
ともくんはバイトが終わって駐車場からバイクを出しているところだった。
わたしも驚いた。まさかこんなところに知り合いがいるなんて思わないよね。
結局追いかけてきた男は極めし者の力を使って追い払ったというか打ち倒しちゃったんだけど。
ともくん、ずーっとぽかーんとしてた。
顔文字にしたら ( ゚д゚) こんな感じ。
言っちゃ悪いけど、おまぬけな顔だった。うぷっ。今でも笑いが込み上げてくる。
戦いで気分が高まってたのと相まって、かなり乱暴なふるまいだったけど、その後で行った喫茶店で、ともくんの意外な一面を見た。
どうやって口止めしよう。ごまかせるかなー? とかあれこれ考えてたわたしに、放っておけないって言ってくれたんだ。
この人なら、バイトで諜報員やってると言っても受け入れてくれそうだし、口外しないでくれるかもしれないと思った。
実際、話してみたら馬鹿にしたりとか、なかった。
危険だから近づかない方がいいって言ったのは本音だけど、……ちょっと愚痴とか聞いてくれる相手になってくれたらなぁって、思わなかったとは言えない。
だからかな。次の日にトラブルになった時に、ともくんのバイト先近くに逃げてったのは。
カップルの演技してごまかして、……気づいちゃった。ともくんの気持ちに。
でもそれは確信めいたものじゃなくて、なんというか、ただの勘だった。
もし本当に好かれてるなら、自分から近づくなって言っておいてなんだけど嬉しかった。
わたしのことを口外しない約束を果たしているのか見張る意味で視線を投げてたけど、いつの間にか、彼の行動自体を確かめたい、気持ちを知りたいって思い始めてた。
これも、今思えば、なんだけどね。
そして、あの事件が起こった。
竹中くんっていう人が、ともくんに勝手に勝負を持ち掛けて、勝手にわたし達も巻き込んだ。
その時に、ともくんの気持ちを聞くことになった。
単純に好きと言われるより、もっとぐっとくる言葉。
『賭けの商品みたく扱うなんて赤城さんに失礼だ。赤城さんは物じゃない』
私のことを大切に思ってくれてるんだ、って、じんとした。
単純かもしれないけど、すごく嬉しかった。
素直に言えずにもどかしくて睨んじゃったりしちゃったけど、それでもともくんはわたしのことを好きだって言ってくれた。
危険だから、わたしは嘘吐きだから、そんな言葉を並べて試すようなこともしちゃったけど、ともくんは気持ちを替えなかった。
竹中くんの策略に心底腹立てたわたしに同調して、神奈ちゃんの汚名も晴らしてくれた。
こんなの、好きにならずにいられないじゃない!
ヘタレとか言われてて本人もそう思ってるけど、そんなことはない。すごくしっかりした
わたしにも、周りにも、とても誠実な人だ。
だから、お返事をする時は、好きだって言われて応えるんじゃなくて、わたしから付き合ってほしいとお願いする気持ちも大きかった。
今日、ともくんんがわたしの誕生日を祝ってくれる。
ともくんとの待ち合わせの場所に着くまで、今までのことをずっと思い出してた。
人生で初めて、彼氏のいる誕生日だ。生涯にただ一度の経験。「初めて」っていうのはそういうこと。
なんて考えたら大げさだろうけど、きっと今日のことはすごく思い出に残るんだろうな。
駅の前で待ってると、ともくんが嬉しそうな顔で走ってきた。
その笑顔を見るだけで、すごく幸せな気持ちになる。
ありがとうともくん。大好き。
(了)
僕のカノジョはエージェント 御剣ひかる @miturugihikaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます