74.隠し部屋

※ 視点、人称:新庄智也、一人称

※ 時間軸:本編「彼女がカノジョになるまで」後。特に決めていない。



 いつもの学食のいつもの席で、僕達四人はご飯を食べ終わって談笑していた。


「隠し部屋って男のロマンだよな」


 何の脈絡もなく松本が言い出した。


「ちょっとそれ間違ってるよ。男だけのロマンとは限らないわ」

 紗由奈が反論した。

「一見なにもなさそーなところに隠し扉。奥にはひっそりとした部屋。それを見つけた時の胸のすく思いは最高だと思う」


 それ、仕事の話入ってないか?

 思わず紗由奈を見たら陶酔から醒めた顔。ちょっと焦ってるな。


「それってゲームの話か何か?」


 水瀬さんが助け船を出した。


「あっ、うん、そうそう」


 ナイスフォローでした。


 紗由奈がバイトで諜報員やってることは、松本は知らないからな。

 一人だけ仲間外れみたいで申し訳ないが、ペラペラ明かすことでもないしなぁ。


「で、松本はなんでいきなり隠し部屋の話題?」


 僕も話をそらす、というか戻すことでちょっと貢献しておこう。


 松本はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりの顔で話し始めた。


「親戚の夫婦が家を建てることになって注文住宅にしたんだけど、旦那さんの方が隠し部屋が欲しいって言って、奥さんの方がそんなのは無駄だって反対したんだよ」


 あー、だから「男のロマン」なのか。


「結局、旦那さんが『お客さんが急に来た時に、ささっと片付けられるよ』って提案して奥さんがそれはいいねって同調したんだ」

「あはは。その説得うまいね」


 その家のリビングの壁が隠し扉になって、奥に旦那さんの趣味のアイテムを収納しておく隠し部屋が誕生することになったらしい。


 ふと、親戚の隠し部屋の思い出話が頭に浮かんだ。


「親戚の家といえばさ」

 僕が言うとみんなが注目してきた。


 もう何年も前の話なんだけど。

 大叔父さんが田舎の方にあって、大叔父さんが亡くなった後に家の整理をしに息子さん夫婦が行ったんだって。

 その、父のいとこにあたるご夫婦には小さいお子さんがいて、古い大きな家の中を探検してたら、階段横に目立たないドアがあって、隠し部屋だーって喜んで開けて入ったんだ。


 そこには大叔父さんと大叔母さんの思い出の品がしまってあったんだって。アルバムとか、お互いに贈りあったものとか。息子さんが小さい時の思い出の品とかもあったそうだよ。

 保存状態が良くて、息子さん夫婦も孫達もすごく喜んで持って帰ったみたい。


「うわぁ、いいねぇそういうの」


 みんな、ほっこりした顔してる。


「田舎の家の隠し部屋つながりなんだけど、俺が聞いたのは怖い話だ」


 松本が口を開いた。


「冬に入りかけた頃、大掃除するために別荘にしてる家に行ったら、半地下になってる、めったに使わない物置部屋に熊が入り込んでたんだって!」

「熊ー! 冬眠してたのかな」

「それは怖い! 極めし者でもなかなか野生の熊には勝てないよね」

「で、どうなったんだ?」

「人間、本当に怖い時には声も出ないって本当だね、って。そっと戸を閉じて警察に電話した、って。捕獲されたみたい。そっからどうなったかまでは聞いてないけど」


 扉を開けたら熊が寝てたとか、僕だったら逃げ出して通報なんて頭に浮かばなさそうだ。


「何が隠れてるか判らない、ってなったら途端にミステリーかホラーだよね」

「よくドキュメンタリー番組とかで、隠し部屋に女の子閉じ込めて、とかあるよね。ああなったらロマンどころか犯罪だよ」


 そんなのを見つけたら水瀬さんなら「悪、即、斬!」って蹴っ飛ばしそう。


「隠し部屋、とはちょっと違うんだけどさ」


 今度は紗由奈が話しだす。一体どんなエピソードが?


「ネットで見た話なんだけど、男の子がカノジョの家に遊びに行ったのね。で、彼女が部屋を空けてる時にふとパソコンの電源がつけっぱなしなのに気づいて、好奇心からちょっと触ってみたら、隠しフォルダがあるのに気づいたんだって」

「なんだそれ。ちょっと触ったレベルで隠しフォルダなんて見つかるのか?」


 松本のツッコミに水瀬さんも僕もうなずく。


「まぁそれは書きこむときのフェイクかもしれないけど。とにかく彼氏は隠しフォルダの存在に気づいてしまったのよ。で、何を保存してるのか気になって気になって仕方なくなった彼は、開いちゃったんだって」

「うわぁ、勝手にパソコン触るだけでアレなのにサイテーだね」


 水瀬さんの感想に僕も松本も同意した。


「で、何が入ってたと思う?」


 紗由奈の顔は、怪談をする時みたいに深刻でいて反応を楽しんでいる。


「日記?」

「ううん」

「浮気相手とのメールとか

「ちがーう」」

「……まさか犯罪計画?」

「まさか。――それはね」


 みんな固唾をのんで紗由奈の次の言葉を待つ。


「ボーイズラブなえっちなマンガの数々」


 ……なに、って?

 みんな目が点になった後、顔を見合わせて大笑いだ。

 つまり、その、アッー! なマンガをそこに隠してたわけだっ!?


「彼氏びっくりで固まってるところ、彼女が部屋に帰ってきてキレちゃって大げんかして別れたんだって。『一生BL恨む』の一言でしめられてたんだけど、ねぇ」

「自分でパンドラの箱開けちゃって恨むも何もないよねー」

「希望すら残ってなかったってか」


 ちょ、松本、誰がうまいこと言えと。


 ひとしきり笑って、でもやっぱ、隠してるのを開けるのはよくないね、という話で落ち着いた。




 隠し部屋から思わぬ方向に話が飛んで面白かったけど。

 もしも紗由奈のパソコンの中に秘密部屋があったら……。

 極秘の捜査資料とか、あの話とは違う意味で中を見るのが怖い。絶対に開けないぞ!



(了)

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