65.いつも同じもの

※ 視点、人称:新庄智也、一人称

※ 時間軸:本編「彼女がカノジョになるまで」後。具体的な時間は決めていないが季節は夏。



 紗由奈とデートを何度かしていて気づいたことがある。


 例えば一か月に2回ぐらいの頻度で食べに行く店があるとする。

 最初のうちはあれこれとメニューを試してみるのは同じだけど、一通り食べてみたあとの注文の仕方が、僕と紗由奈ではほぼ正反対なんだ。


 僕はいわゆる「定番メニュー」ができる。この店に来たらこれを食べる、ってヤツだ。すごくなじみの店になると「いつもの」でオーダーが通るぐらいだ。恥ずかしいからやらないけど。

 対して、彼女はほぼ毎回注文するものを替える。お気に入りのメニューはあるみたいだけどいつもそれとは限らないし、むしろお気に入りという割には頼まない。


 デートの締めとしてファストフードでご飯、となった時に、注文を終えて出来上がりを待つまでに紗由奈が尋ねてきた。


「ともくんって、食べるもの決めてるタイプだよね」


 紗由奈も違いに気づいてたみたいだ。


「うん、紗由奈はあれこれ替える派だよね」

「せっかく食べに来たんだから、いろんなものにチャレンジしたいんだよ」

「僕は逆だなぁ。せっかく食べに来たんだから、万が一、自分的にハズレを引かないようにお気に入りを食べたい」


 二人してそれぞれの理由になるほどーとうなずく。


「新しいものにチャレンジするのが怖いって、臆病なんだろうけどさ」


 ちょっと自虐気味に言うと紗由奈は慌てたように首をぶんぶん振った。


「そこは手堅く堅実な性格、って言っておこうよ」

「紗由奈は優しいなぁ」

「ともくんには負けるよ」


 彼女がにこっと笑うから、僕もつられて笑顔になる。


「お待たせいたしましたお客様、ご注文の品が揃いました」


 店員の声にはっとなる。


 営業スマイルの女性店員さんの顔が「とっとと行けこのバカップル」と言っているように思えてしまって、トレイをもって頭をペコペコさせて、そそくさとカウンターを離れた。




 そんな話を松本にした。


「メニューの選び方か。俺はどっちかっていうと一定の範囲でローテーションかな」

「一定の範囲って?」

「一つの店でお気に入りメニューがいくつかできるから、その中で気分で決めるみたいな感じ。新庄と赤城さんの中間ぐらい?」


 そういう選び方もあるのか。


「こういうのって性格出るよな。新庄は見るからに一途って感じだから、一つのメニューに絞られるのも判る気がする」


 いや、その論理だと紗由奈は浮気性ってことになるじゃないかっ!?


「あー、何考えたか判った」


 松本があははと笑う。


「別に性格だけじゃないだろうし、好き嫌いの多さとか、家族とか友達とかの食の好みにも影響されることだってあるだろう」


 そうか、偏食だと食べれる幅は少ないよな。

 僕はそんな偏食というほどでもないけど。


 紗由奈が浮気性かどうかは別問題として(ないだろ、……ないよね?)、彼女が何でもチャレンジしていくアグレッシブな人だってのは性格と同じかな、と納得する。


「食べ物つながりで気になるのは、よっぽど味の好みとか好き嫌いとかがかけ離れてない限り、好きな人の好きな食べ物は自分も好きになるかどうか、ってところだな」


 松本が言う。

 夫婦は長年連れ添うと似てくるっていうのはよく聞く話だ。それは食事の好みにも影響するのか、ってところらしい。


「俺には別に気になる女性ひととかいないし、せっかくくっついたんだからおまえ試してみたら?」


「試すってどうやって?」

「そうだなぁ。例えば、行きつけの店の互いの好みの料理を注文してみて、自分のお気に入りと同じぐらい美味しいと思えるかどうか、とか?」


 正直ちょっと微妙だな。

 紗由奈に聞いてみて、のってくれたら試してみるか。




 次のデートの夕食で、注文を決める前に松本との話を紗由奈にしてみた。

 ちなみに今日は中華系レストランだ。美味しいのにリーズナブルな値段で雰囲気もいいところだ。


「面白そうな話だね。試してみよっか。ともくんがいつも食べてるのってあんかけチャーハン定食だっけ」


 思いのほか反応がよかった。試すとか好きな紗由奈らしい反応かもしれない。


「うん。あんが美味しくてさー。紗由奈は? どれが一番好みとかある?」


 彼女はメニューをペラペラとめくって。あ、これ、と指さした。


「ここで一番注文したのはこれだと思うよ。ピリッと辛いけど後味にイヤミがないのよね」

「麻婆豆腐定食か」


 一度食べた時は普通だなって思ってたっけ。


 試してみることにしたけど、自分の好みと同じぐらい美味しいとは思わないんじゃないかなと予想している。いろいろ食べる紗由奈はもしかしたらこれも好みに負けないねと言うかもしれないけど。


 待つこと十分ほど、ほぼ同時に料理がやってきた。


「いただきまーす」


 僕はレンゲで麻婆豆腐をすくって、紗由奈は箸で酢豚をつまんだ。


 ぱくっと口の中に入れて……、うんっ!?

 なにこれ。

 妙に酸っぱい。

 ピリッと辛いうえに強い酸味。

 全然好みじゃない。

 前食べた時、こんな味だっけ?

 味付け変えたのかな。

 ってかこれ、紗由奈は美味しいと思って何度か食べてたのか?

 でもそれ言っちゃったら紗由奈ディスってることになるよなぁ。


 目だけを紗由奈に向ける。

 すると、紗由奈も似たような感じで僕を見ている。


「えーっと」

「あはは。前衛的な味つけだね」

「う、うん」


 紗由奈の方も微妙、というよりははっきりいってマズいって顔だ。

 えー? あれすごく美味しいのに?

 前衛的なのはこの麻婆豆腐だよ。


 気まずい空気が流れて、どうしようかなって思ってたら。

 厨房から調理制服と帽子、マスク姿の料理人らしき人が二人、すっ飛んできた。


「お客様っ、申し訳ございません! 調味料の手違いがございました!」


 店長さんらしき人が説明してくれた。

 隣の若手料理人さんが酢とみりんを間違えてしまったらしい。いつもはにおいで気づくのに、今日は鼻の調子が悪いらしく気づけずお出ししてしまった、と。


 いつもなら、いつものメニューを頼んでたならすぐに味が違うって判っただろう。なんてタイミングだ。

 紗由奈を見た。彼女も僕を見て、二人して大笑いしてしまった。


「よかったぁ。もう少しですごく正直な感想を言うところだった」

「わたしも!」


 店長さん達はきょとんとしてたけど、僕らの笑いがおさまったら改めて頭を下げた。


「作り直すのに時間がかかりますので、もしよろしければ代わりにこちらのメニューならすぐに召し上がっていただけます。もちろんお代はいただきませんのでっ。なにとぞご容赦のほどを!」


 僕らが注文したのより結構値段の高いセットメニューだった。

 一度は差額も払うと断ったけど店長さんも料理人さんも熱心に頭を下げるので、ありがたくごちそうになることにした。


 値段は正直だった!

 いつも食べてるのより、断然美味しかった。


 でも毎回こんな高いのを食べてられないよね。

 バイト代が入った後のデートなら、ちょっと贅沢してみるのもいいかもしれないね、と紗由奈と笑いあった。




 あと一歩、店長さん達が来るのが遅かったら喧嘩してたかもしれない。危機一髪だった。

 やっぱり自分で選んだものを食べるのがいいね、という結論になった。

 松本には悪いけど、この話はなかったことにしよう。



(了)

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