今日のこと、忘れないって言えますか?

モノ柿

心に傷なんてありません


「あ、島司さんも来て~!」


 上司からそんな風に呼ばれて、私は作業の手を止める。

 何か、問題でも起きたのだろうか。

 顔を上げた私に、手招きする上司。


「写真撮るから、ほら、早く!」


 わらわらと人の集まるその場所に、私はぞわりと背筋を何かが這うような感覚に堪えながら目を向ける。

 呼ばれているからには、行かなければならないだろう。

 ズンと重く鈍る足を無理矢理に動かして、椅子から立ち上がる。


 写真。

 集合写真を撮る。


「年度末で、異動とかでそろそろ人がいなくなっちゃう時期だから、うちの部署は毎年恒例なんだよ」


 朝礼で部長がそう言っていた。たしかに去年も撮った。

 嫌すぎて、すっぽり頭から抜けていた。


「ほら、島司さん小さいから前の方ね」


 入社が一年早く、私より一年遅くこの部署に配属になった一応先輩の男性社員が背中を押してくる。

 私は流されるままに前に並び、少しかがむ。


 隣も女子の社員で、


「いっつも前で、本当もっとおっきく生まれたかったですねぇ~」


 と楽しそうに笑う。

 私はその笑顔に空笑いで返し、


「そうだね」


 なんて思ってもいないことを言う。


 人が並び終わり、総勢五十人の記念撮影となる。

 隣のスペースを使っている部署の1年目の男性社員による「はい、とりまーす」という一言で全員がピタリと体を固める。

 私は、その雰囲気にお腹の奥の方から湧き上がるようにして上ってくる吐き気を、ぎゅっとお腹の前で握りこぶしを作ることで押さえ込む。


「はい、チーズ」


 スマートフォンのシャッター音が鳴り、「もう一枚お願いします」とカメラを構えながら言う。


 まだ終わらないの!?

 私は気持ち悪さを堪えながら、男性社員に毒づくが、一方で彼は悪くないと自分を叱責する。


 再びかけ声がかかり、シャッター音がすると「はいオッケーです」の一言で並んでいた人たちが動き出す。


 それを合図とばかりに、私は急いでお手洗い向かった。



 ・*・*・*・



 三月。


 私は春という季節が嫌いだ。


 別れの季節。

 そんな風に形容されて、美化されて、いつも私の日常を壊す。

 

 小学校は楽しかった。

 仲の良い友達と、いつまでも遊んでいられると思っていた。


 中学校も、楽しかった。

 ようやくできた親友と、いつまでも仲良くいられると思っていた。


 高校、もう、楽しむ気力なんて残されていなかった。

 折角積み上げたものを、時間経過の移ろいで、壊されてしまうから。



 専門学校に行って、忙しくしているうちに就職が決まって、1年目の終わりの三月。

 体調を崩した。

 心因性のもので、理由は私にもわからなかった。


 四月には体調も戻り、職場に復帰すると隣の席で働く同僚が、別の人に変わっていた。

 昇進して、別の部署に移ったのだという。


 その話を聞いて、私は便器にその日食べたものを全て吐き出した。


 次の日から三日入院して、結局何もわからないまま次の日から会社に行った


 2年目の三月。

 また、体調を崩した。

 かかりつけの医師には、何か特別なトラウマがあるのではないかと聞かれたが、そんなものはなかった。

 

・*・*・*・


 四年目の今。


 無理矢理体を動かして会社に出社して、私はこうして個室の中で一人嘔吐いている。


「気持ち悪い……。ぅ……」


 私は三月が嫌いだ。

 どうして、放っておいてくれないのだろう。


 

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