とある勇者の使命

沢菜千野

最終決戦:魔王城

「必殺! バミューダドライバー!」


 何となくそんなことを叫んでいた。

 この一発で何かが変わるわけではない。それは決定事項であった。


「あれ、嘘……。なんで……」


 バミューダドライバーと呼ばれた、風の圧縮魔法が到達するよりも早く、レリーナの腹に穴が開く。

 彼女は、お腹から突きだした巨大な脚を見つめ、力なく呟いた。


 次の瞬間、脚が引き抜かれたレリーナは、その場に崩れ落ちた。

 辺りには、赤い水溜まりが広がっていく。

 そのあとすぐに、バミューダドライバー光線がその上を通過し、後ろの壁に当たって弾けた。


「勇者よ。お前が救いたかった者は死んだ。俺の脚によってな。残念だったな。ああ実に」

「この野郎! 許さねえ。許さねえぞ!」

「吠えても無駄だ、勇者よ。お前は守れなかったんだ。愛するものの一人だって救えやしなかったんだ」


 勇者にとって、レリーナは守らねばならなかった。それが使命だから。

 いや、いつからかは、ただの使命で終わらない存在になっていた。


 愛していたから。

 旅をともに続ける中、たくさんの場所を訪れた。

 一緒に綺麗な景色を見た。一緒に難しい依頼をこなした。一緒に頭をひねり、難しい問題にも挑んだ。一緒に美味しいご飯を食べた。レベルアップもした。

 時には笑い、時には怒り、悲しみ、喜んだ。


 すべてがかけがえの無いものとなっていた。


 魔王を倒したら、結婚しよう。

 そんな約束をした。

 フラグを立ててしまった。立てられたフラグは回収される。それが運命だから。


「許さない」

「何だって?」

「許さないって言ったんだ!」

「今のお前に何ができる。愛しき人を失ったお前に。やる気も何もないだろう」


 魔王はその長い脚を広げ、高笑いする。

 広間を邪悪な笑い声が反響し、折れかけた心を削っていく。

 何かが荒んでいく。おかしくなっていく。抑えが効かなくなっていく。


 このままでは心が爆発してしまう。

 勇者がそう感じたそのとき。


「ぐああっ! 何だ何者だ! どこから現れ――」


 突然狼狽える魔王。

 何かを言いかけていた途中、言葉が途切れた。


 何事か。勇者は顔を上げ、周囲を見回した。


 灰色になった室内。魔王も片足をあげたまま、驚きの表情を浮かべて固まっている。


 ぐるりと顔を動かしていると、不意に、その中の一点に謎の生物を捉えた。

 クマのような見た目をしているが、ネコのように小さく、長い尻尾がついている。ぬいぐるみのようなそれは、青色の目をぱちくりさせる。


「やあ、勇者。君は条件を満たした。だから、ボクの力で君は、もう一度立ち上がることができるよ。さあ、手をとって!」


 そう言うと、謎の生物は前足を地面から離し、二足立ちへと移行する。

 伸ばされたのは、茶と白が斑になった毛が生えた短い腕。


「さあ、早く。時間を止めていられるのも、そう長くはない」


 差し出された手を見つめ、勇者は考える。

 一体この生物は何なのか。見たことのないそれの言うことを、果たして信じて良いのだろうか。


 わからない。


 ピシッ。


 灰色の世界にヒビが入る。

 外の世界から、光が差し込んでくる。


「ダメだ。もう持たない! 時空結界が壊れそうだ! 早く!」


 謎の生物が叫んだ刹那。


 手を取りますか?

 【はい】  いいえ


 視界の真ん中に、文字が浮かんだ。

 その少し下には、徐々に減っていくバーが設置されている。


「え?」


 外の世界から射す光とは別の光が、『はい』と『いいえ』を往き来する。

 バーがあと少しになったとき、『はい』が強く光り、一面が真っ白になった。


 轟音が鳴り響き、全てを包み込んでいく。


「ありがとう。君は全ての救済の道を選んだ。それは、果てしなく続く一歩かもしれない。でも、確かに一歩目を踏み出した。もしまたボクが君に会うとしたら、そのときは……」


 その途中、全てを無が呑み込んだ。



 Now Loading.......



 システムメッセージ

 New Game+ が解放されました。

 魔王に破れた際、特定の条件を満たしたデータをロードすることで、経験値や一部を除くアイテムを引き継いで、ゲームを新たに始めることができます。


 対象データ

 No.3

 No.6

 New No.7

 魔王戦において、「バミューダドライバー」を使用しながらも、AGIが足りずにレリーナ姫が死亡してしまったため。



「また世界を救えなかった……」


 無慈悲にも巻き戻った世界は、新たなる勇者の誕生を、今か今かと待ち望んでいる。

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とある勇者の使命 沢菜千野 @nozawana_C15

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