1-6


 会議、会議、会議。である。




 つまり、会議三昧である。万歳! やってられるか!








「おばあちゃん、ディックが変だよぉ?」


「こやつがおかしいのはいつものことじゃろう」


「ディックは『馬鹿』で『変態』で『おかしい』ってことだねぇ!」


「――ばぁさん! 頼むからこれ以上イルに変なこと吹き込まないでっ!」


 執務机に突っ伏して屍のようになっていたディックが、辛抱ならんと起き上がって目の前のスライムへ抗議する。




「なんか間違っておるか?」


 ジト目で返され、思わず言葉に詰まる。


「へ、変態だけは撤回して欲しいかなぁ~って?」


「見知らぬうら若き女性の手をいきなり握り、首元のニオイを嗅いで良い匂いと宣ったのは、一体どこの変態じゃったかのう?」


「うぐっ!………お、俺です」




「あの娘が正式に本部へ抗議すれば、いくら英雄と言えどキリア様も庇いきれぬじゃろうて」


 むしろその手のことなら、王女様は喜んでシーウィの味方になるだろう。


「そういえば、その小娘と今日は会う約束じゃなかったかのう? 行かなくてよいのか?」


 ハッと壁掛け時計を確認するが、時刻は13時。ちょうど約束していた時間だ!




「ややややばいっ!」


 慌てて立ち上がると、ガツンッと机に膝をぶつけてよろめき、その先で落ちていた服に足をとられて床に思い切り転ぶ。




「だいじょうぶぅ、ディック?」


「やれやれ、そそっかしいのう」


「……いたい」


 涙目になりながらゆっくりと立ち上がり、傷めた足を庇いながら部屋を出て行った――












「――ということがあったんですよ、シーウィさん! 見てください、膝に出来たこの青痣!」


 ズボンをまくって痣を見せつけてくる竜騎士長の男ディックに、シーウィは冷ややかな眼差しを向ける。




「忙しいのは分かりますが、たかが青痣を理由に約束の時間を遅刻した言い訳になると思ってるんですか?」


「い、いやぁ……遅刻したことは本当に申し訳ない!――でも正直、謝らないといけないことが多すぎて、シーウィさんに会うのが……その、怖くて」




 北域の英雄がなに言ってんだと声に出しそうになったが、ここには彼の正体を知らない一般市民がたくさんいるのを思い出し、代わりに大きく溜め息を吐いた。




 シーウィの職場近くにある喫茶店【フィレッシュ】で、こうして度重なるディックからの言い訳を聞くのは今日で三回目だ。彼がクビになる度ケアも含めて相談や、次の職場を紹介している。


 さすがに何度も駐屯基地に出向くわけにはいかないし、シーウィの職場でもある職業斡旋事務所ブロッサムはあいにく個室がないので落ち着いて話すことも出来ないのだ。




「ディックさん、以前にもお話しましたが……会社にはそれぞれルールがあり、何よりも利益を出さなければ成り立たないんです」


「はぁ……」


「貴方の立場なら、ルールというものがどれだけ大事かは分かっていると思います。ただ、お金に関してはまだ意識が低すぎるんです」


「でも困ってる人がいたら助けてあげたくなっちゃうし……」


「気持ちは分かりますが、商品は店の物なんです。店長や責任者が許可したものならともかく、勝手に誰かにあげてしまうのは窃盗と同じですよ」




「せ、窃盗!?」貴族らしい優雅な所作でコーヒーを飲んでいたディックが、動揺したようにカップにソーサーをぶつけてカチャンと音を立てる。




「そんなつもりないのは周囲も分かっていますし、被害も大きいわけではないので、誰も訴えるつもりはないようですが。次からは気をつけてくださいね?」


「は、はい……すみませんでした……」


 本当に反省したように、しゅん……と肩を竦めて項垂れる彼に、仕方ないなと鞄から書類を数枚取り出す。




「今回は畜産業をピックアップしてみました。ディックさんは飛竜が好きみたいですし、動物のお世話とか向いてるかもと思いまして」


「いいですね、それ!」


「あ、でも変なおやつとか作ってあげちゃ駄目ですよ? 確か決まった餌をあげないと、品質が落ちると聞いたことありますし」




 もしも、その動物に何かあったら大事になりかねない。


 そこはさすがに竜騎士のディックでも理解できるらしく、うんうん頷いていた。




「飛竜も栄養バランスや食材の品質は気を遣いますからね、分かります。無駄な脂肪がつくと飛ぶ速さも変わったり、爪や牙を形成してる組織が弱くなると脆くなりますし」


「あはは……やっぱりそういうの詳しいですね。最初から紹介したかったのですが、他の仕事に比べて給料が低いんです。ディックさんの目的を考えたら、もう少し稼ぎがいい方が良いかと思ったんですが……」




「あ、確かに安い。――畜産とか農業とか、なんで安いのかなぁ。もっと国で支援出来ればいいのに。今度キリア様に聞いてみよっかな」


「……」


 そんな気軽に王女様に聞けるのか。


 どうやらディックとキリア様の関係は、かなり近しいようだ。




 とりあえず資料の中から一つだけ選んでもらい、来週からとある養豚所で働いてもらうことになった。


 喫茶店を出てディックと別れて職場に戻るため歩いていると、ちょうど見慣れた人物が見えた。同僚のコペンだ。彼もこちらに気付いて片手を挙げながら走り寄ってくる。




「シーウィ! こんなとこいたのか……っ、大変なことになってるぞ!」


「……何かあったんです?」


 息を乱し大量の汗を流す同僚に怪訝そうに尋ねれば、彼は顔を引き攣らせて答えた。




「魔獣の軍勢が北西の山から下りてきた!」








***








「わ、我が国の北西にあるパゼルキートン山脈の中腹を縄張りにしていた、数種類の魔獣が群れを形成して麓まで下りてきてます。ぇ、っと……現在は現地の警備団と駐在している騎士数人で事に当たっていたようですが、対処しきれず。ここ北域駐留基地へ援軍要請があり、騎士団から一個中隊を編成。派遣しております!」




「……ん? じゃあ問題ないんじゃないの?」


 シーウィと別れて基地に戻ってきて早々、騎士団から報告にきた青年はディックへ恐々と言葉を返す。


「その……魔獣の中に竜種が確認され、騎士長閣下から竜騎士を数名お借りしたいとのこと、です」


「数人、借りたい……だって?」


 さすがのディックも怒りを隠せず、片眉をピクリと震わせた。




 ――本来、役立たずとは言え竜騎士長であるディックへの報告は、急を要しているとしても上官以上の騎士か、或いは情報部の人間が来るのが常識だ。


 だが目の前にいる青年は一般兵、それも上官からの要請書を持ってるわけでもない。




それだけでもバカにしてるのが窺えるが、それはディック自身が至らないのが原因だからと溜め息で済ませていただろう。


 問題は――、




「竜種の魔獣は何体いるの? その種類や属性は?」


「え、……? しゅ、種類? 属性?」


 ぽかんと口を開けたまま固まってしまった青年に、思わず顔を顰めてしまった。




 魔獣の中には竜に近い形態を持つ個体がいる。飛竜と同じように得意とする属性魔法があったり、種類によっては鱗の強度や弱点も異なるのだ。


 彼はそれすら知らない。そんな兵を人選して送り込んだことも、更にその情報すら分からないのに竜騎士数名送れ、だって……?




 ――俺の部下たちをなんだと思ってんの?




 腹が立つ。


 自分自身が貶されることは別に構わない。でも、竜や部下たちを蔑ろにされることだけは絶対に許せない。


「ひっ」普段温厚そうなディックが怒りに歪めた表情を晒し、それを直視してしまった憐れな青年は恐怖に後退った。




「―――総員、今の会話は聞いてたよね」


 上着の襟に装着してある通信機へ呼びかけると、各隊の班長が《是》と答える。とは言っても会議に参加していた4人の班長だけだが。




「本来パゼルキートン山脈には竜種の魔獣はいないはずだ。だけど地形と環境を考えると、おおよそ寒領竜蛇ブリガナーガと鼬竜レオベティ、あと可能性は低いけど銀碧竜獣リーズブリオンだと思う。今回は【蒼属】が相手だし対属性の【紅属】であるローズを主体とした第4班、それから【緑属】のクィンガがいる第2班を補佐につける」




 第4班班長のファナと、第2班班長のアランがそれぞれ《了解》と通信を切った。連れて行く竜騎士の編成を行っているのだろう。




「第1班と第7班、……それからまぁ聞いてないだろうけど他の班は出撃待機で。第1班はファナとアランが戻ってきたら救護して欲しいから、その準備も宜しく」


《…………こちら、第7のムギ、です。一応、……ファナが言わなかったから、忠告。……ディックさん、も、……出撃しちゃ、だめ、ですよ……?》


「んー? あれぇ、おかしいなぁ~? 声が遠くに聞こえて、よく分からないやー。ごめんねー、ムギ」




 とぼけつつ通信機を切り、居心地悪そうに突っ立っていた一般兵の青年へ目を向ける。


「君、まだいたの?」


「っ、し、失礼しました!」


 慌てたように部屋を出て行く彼を確認し、それから机の下に隠れていたイルを抱きかかえたところで、同じように隠れていたスライムの赤いひとつ目が呆れた視線を送る。




「相変わらず身内や飛竜以外には冷たいのう……」


「そうかな、普通じゃない?」


「ねぇねぇ~、イルも行けるんでしょ~? ディックと一緒に~っ!」


 嬉しそうにじゃれてくる幼い飛竜の頭を撫でながら頷く。




「そうだぞー!……飛竜には乗れないから、馬で現地に向かうけどな」


 自嘲し、それからスライムへ留守番を頼んで一人と一匹は戦地へと赴く。


 馬に乗り駆けていくディックの後ろ姿を窓から見送っていたスライムは、一抹の不安に溜め息を吐いた。


「何事もなければ良いのじゃが」








***


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竜騎士長様は高所恐怖症につき! くたくたのろく @kutakutano6

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