人生はハッピーエンドを望んでる

うめもも さくら

ハッピーエンドを望んでる

私はこの書物庫の管理人。

ここにあるのはただの書物ではない。

ひとつ書物を開けばそこには数多あまたの人間たちの人生と記憶が記され、そしてその時代と世界に繋がる扉になる。

過去はこの世界のはじまりから未来はこの世界のおわりまでこの書物庫で管理されている。

それらを管理している私は何か不具合があれば筆を取り加筆訂正かひつていせい添削てんさくをし、時にはその世界に入り込み、物事の修正と対処を行う。

そんな大切な任を負う私たちは冷静で何事にも動じてはならない。

ならないというのに……!

「やぁ!同生どうしょうは今日も美しいね」

私の名を呼びながら私の悩みの元凶である男は私のあごをくいと指で持ち上げながら顔を近づけてくる。

調子ばかりよいこの男が私の同僚だ。

「離せ同名どうめい。それより報告はしてきたか?」

「もちろんだよ、それよりこもりきりは体に悪い。同生デートしよう!」

いつも軽口ばかり叩いて仕事なんて全然出来なさそうだが

「あぁ、ここ。誤字ごじがあるね。これではせっかくした報告とたがえてしまうね。修正しておくよ」

無駄に仕事が出来るから腹立たしい。

「助かったが外出はしない。私たちはここで書物を管理する任をおろそかにすることはできない」

私がそう言うといつも彼はつまらなそうな顔をするがどこかに一人で行くこともなく椅子に座る。

「昔は人間たちの肩に乗ってどこにでも行けたというのに……ここで全ての記録がわかるようになって便利にはなったが退屈たいくつにもなったね……」

そう言うと同名はさも退屈しのぎだと言わんばかりに欠伸あくびをしながら書物をひろげて見ている。

軽口を言いながらも無理強むりじいするわけでなく私の意見を尊重そんちょうし私のそばにいる。

私は堅物かたぶつ面白味おもしろみ可愛かわいげもない女だと自身で理解している。

退屈嫌いの美しい同名とはきっと相容あいいれないとわかっているというのにこの感情はなんだ?

いつの頃からか同名を見ると心がざわざわとして平穏ではいられない。

そんな自分が腹立たしいと思うのに彼が傍にいるだけで安堵してまた心がざわついてしまう。

その心が冷静で何事にも動じてはならないと考える私をひどく苛ませる。

まゆせている私を見た同名が面白いものをみつけた幼子おさなご悪戯いたずらする時のように私の耳にささやく。


「ねぇ、同生。私たちの手でここにある物語を変えてしまおうよ」


突然の悪巧わるだくみに驚いた私は信じられないものを見る目で同名を見た。

「修正する役目の私たちならできるよ。私は常々つねづねこの世界にある物語は全て幸せな終わり方であってほしいと思っていたんだ。頑張った人がむくわれる、そんな当たり前の人生であってほしいと思うんだよ」

彼はそう言うと開かれた書物に向かい筆を取る。

「おい同名!なにをしている!?無断で加筆などしたらただじゃっ……!!」

まだ間に合うと考えた私は同名をめようとあわてて彼に向かって手を伸ばす。

「楽しいことをしようよ、同生」

そんな私の行動を最初からわかっていたみたいに彼はにっこりと笑って私に手をさしのべながらわざと筆を床に落とす。

そして優しく手を掴まれたとき、私自身が同名のかけたわなにかかった野うさぎだと理解した。

私たちは開かれたいくつかの書物の世界へと入り込んでしまう。

「おまえ!はなから私を巻き込むつもりでっ!!」

そう私が強くとがめ立てた声はもう誰もいなくなった書物庫に取り残され消えてしまった。


「ここは……どこだ?」

同名がどの書物を開いたのかわからず辺りを見回すと女連れの貴族がいた。

「貴族……もしくは女の書物だな」

書物を見ればどちらの物語かすぐわかるが中に入り込んでしまうと私たちも登場人物の一人になってしまう。

「貴族の書物だよ」

隣にいる同名が悲しげに彼らを見る。

そんな同名を見て腹立たしいはずなのに胸が苦しくなる。

悲しい物語を変えたいと言う同名。

それは決して許されない事だが私は少し成り行きを見守る事にした。


数分後、女に恥ずかしげもなく歯の浮く台詞せりふを言う貴族に聞いている私の方が羞恥しゅうちで顔が真っ赤になる。

軽口を叩く調子のよさが隣にいる同僚と少し重なり他の女を口説いている姿に苛立つ。

私情で動いてはならないとわかっているが規則通きそくどおり何もせずこのまま帰ってしまおうかと不貞腐ふてくされたところで貴族たちが声をあげる。

「子ができた!?なんて嬉しい日だ。男でも女でもよい。父が何でも用意してやろう!すぐにいろいろ手配てはいせねば」

この言葉には読んだ覚えがある。

この男は生まれてくる子に逢うこともできず……。

まだ続いている幸せな会話にこれが悲しい結末になる事を知っている私は耳をおおってしまいたくなった。

物語はすべからく決められたものであり、私情で変えてはいけない不可侵ふかしんなものと知っている。

知っているけれど。

「そなた、生まれてくる子の世話をしたければあの街に服を買いに行くのはやめておけ!」

悲しげに見ていた同名と突然現れた私にそう言われた男女が驚いた顔をして私を見る。

今ここにいて物語の登場人物だと割りきることは私にはできなかった。

「忠告はした。後は自身が選ぶことだ」

「次の世界に行こう……同生!」

私は私情で規則を破ってしまった事に少し心が苛まれながらも嬉しそうに微笑む同名を見て喜ぶ自分もいた。


「……こいつもだったよな?」

書物が変わり目の前の女連れの城主は子のためにいろいろ手配したが逢う前に不運にも命を落とした。

「確かさっきの貴族の生まれ変わりだね」

同名に言われて成長しない奴だと私は頭を抱えながら城主に子と生きるための忠告をして早々にこの世界から退出した。


「次は……祭りか」

私たちは神社の中、少し開かれた障子しょうじ隙間すきまから遠くに灯る提灯ちょうちんが見えた。

楽しくめでたい祭りの日が悲しい結末になる物語は正直少なくないが私には祭りの日というと思い出す書物がひとつある。

それの結末を思い浮かべながら辺りを見渡す。

「あの子の物語だ」

同名の指の先へ目を向けるとそこには石段に座る女の背中が見えた。

「やはり……そうか。この物語の結末は……」

私は記録と記憶を思い出すように目を伏せた。

彼女は優花という名前の女だ。

祭りの日に神社で不思議な青年と出逢い祭りを楽しく過ごした。

祭りの後も二人は出逢い、そして互いを想いあうようになる。

不思議な青年は人間ではなかった。

薄々気づいていた優花はそれでもその青年を愛した。

けれど青年は自身の恋に気づいた時、人間との恋など成就みのらないと考えた。

どうしたって彼女は先に死ぬ。

それだけで寂しくて悲しくて心が裂けてしまいそうだった。

彼女と恋に落ちる事は人間が犬や猫と恋に落ちるようなものだと思った。

生まれた時から一緒にいても犬や猫の方が早く大人になり寿命を迎えて死んでいく。

それは抗いようのない流れる時間の差があるから。

人間は悲しみを乗り越え幸せに天寿てんじゅまっとうするが死という終わりが彼にはない。

彼は決して乗り越えることなど出来ない悲しみにおびえそして彼女の前から姿を消した。

「結局二人は深い悲しみにおそわれ女はいつかまた出逢えると望みながらこの石段に座って青年を待ち続けた。死ぬその日まで……」

私が物語の最期を言うと同名は静かに私の頭に手を乗せて子供をあやすように優しく撫でた。

「同生、この物語を変えよう?彼女たちの出逢いはこれからだ」

そう言うと同名は障子を開けて障子の傍で彼女を見つめている青年の頭にこぶしを落とした。

「いっ……痛ぇ!急に何しやがるっ!!げんこつなんかしやがってこのばち当たりがっ!」

同名が結構な力でげんこつしたので青年がいつもまとっている不思議な空気など今は微塵みじんもなくただ目尻に涙を浮かべながら抗議こうぎの声をあげる。

「罰なんか当たらないよ。私は君を幸せにするために来たのだから」

同名はピシャリとそう言うとまだ何か言いたそうにしている彼などお構いなしに言葉を続ける。

「それにしても君は女々めめしいよ?男らしいのは口調だけかい?彼女が気になるならここで突っ立ってないでさっさと行ってきたらどうだい?」

何か言おうとする彼に言葉を挟む隙も与えず更に同名の言葉は続く。

「好きになったらそのまま傍にいればいい。余計な事など考えずに。馬鹿の考え休むに似たりだよ?」

「何も知らねぇで簡単に言いやがって!好きになっちまったら傍にいられねぇんだよ!」

「いられるよ。私が君の書物に『君は人となって二人は末永すえながく一緒に暮らしました』って書けばいい」

「は?そんなのアリなのか?」

「アリアリ大アリだよっ……痛い……」

「ナシに決まってるだろう!馬鹿者っ!」

軽々しく言う同名の頭に力強く拳を振り落とし私は青年の方を見る。


「だが一度する、とこの者が言ってしまった以上約束を違えるのは私の信条しんじょうはんする。よかったな」


私はそう言って同名を連れてこの世界を出た。

最後に聞こえたのは。

「こんなめでてぇ祭りの日に辛気しんきくせー表情かおしてんじゃねーよ、ガキ」


書物庫に戻ってくると彼との約束を守るため、そして他の物語を確認するため書物をひろげた。


「おまえにしては珍しいな。怒られるぞ?閻魔大王に」

馬頭めずという門番が声をかけてきた。

「あのバカ同名に言ってくれ」

馬頭にそう言うと共犯だろう?とあきれたような顔をした。

「オレはいいことだと思いますよ?人間だからかな?みんな幸せがいいと思いますから」

馬頭の友人で、ある日事故でここに迷いこんだ人間の男がそう言って笑った。

「この際、全部ハッピーエンドにしたらどうですか?」

そう言って笑う馬頭の友人の後ろから彼に賛同さんどうする声が降ってきた。

「そうだな。手始めに同名と同生は怒られないってそなたらの書物に書こうか」

「「「え……閻魔大王!!!」」」

「ふふふ、悪いことじゃなければいいだろう?人生とはいつもどんでん返しの連続だ」

「ならこのすぐるって人の恋人も助けよう?」

ここぞとばかりに同名がいろいろな書物を持ってくる。


「この書物をつくった者たちは怒っているだろうな」

私が言うと皆は笑って首を横に降りそして笑って言った。

「だって神様はいつだって……」


なら私のこの想いも成就みのるだろうか……。













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