だって勝ちたいじゃないか!!【KAC20205】

aoiaoi

だって勝ちたいじゃないか!!

 新型ウイルスの流行により、クラスターが発生する原因となるイベント等を自粛するべきだとの空気が濃厚になり始めた、今から約ひと月前。

 僕の敬愛する人気ロックバンド「Black Joke」は、この流れにも関わらず従前の予定通りコンサートを開催する旨を発表した。

 チケットを購入したが来場できないファンには返金し、この状況下でも来場してくれるファンのみで行いたいという。

 僕もチケットを買っていたファンの一人だ。


 この選択に、社会は強い批判を浴びせた。

 万一そこで集団感染が起きた場合、本当に責任が取れるのか。


「Black Joke」は、高い芸術性と独特かつ筋の通ったソウルを強烈に打ち出した楽曲をいくつも発表しており、熱烈なファンも非常に多い。そんなバンドの発表だけに、それに対する社会の反応もまた大きかった。

 今は、命にも関わる非常事態だ。「きっと大丈夫だろう」というような判断は、確かに危険すぎる。

 僕も当初はそう思った。


 そうこうするうちに、政府からイベント自粛の旨公式発表が行われ、結局彼らの予定していた全てのコンサートは中止となった。


 ——だが。

 この件は、その後も僕の胸にずっと残ったままだった。


 がっしりとした安定感と思慮深さを感じさせる、あのバンド。

 この状況下で敢えてコンサートを開催しようとした、彼らの真意。

 それを黙々と考え続けるうちに、僕の気持ちはだんだんと変わり始めた。



 多分彼らは、「きっと大丈夫だろう」というような緩い判断で開催を決めたわけではない。

 万一自分たちのコンサートが原因で、ファンの命が危機に晒されたら——その危険性も、間違いなく考慮に含めていたはずだ。

 その上で彼らは、この状況に決して負けたくない、負けずに進もうという姿勢を、強く社会に打ち出したかったんじゃないか。

 そうして、コンサート開催の結果起こる全ての出来事を「自己責任」として負うことのできる強い信頼関係の作れる仲間だけでも、集まって思い切りパワーをぶつけ合わないか——そんな願いを込めたのではないだろうか。


 そう考えると、彼らの貫くソウルとぴたりとはまる気がするのだ。


 ——うん。そうに違いない。



 自分の中でそんな勝手な確信が育てば育つほど、僕の気持ちはうずうずとどうしようもない力で動いた。



 僕も、全く同じ気持ちだ。

 負けたくない。絶対に。

 勝ちたい。

 この状況に。

 こんな空気をぶち破り、心から愛するバンドの突き刺さるような演奏を全身に浴びたい。

 強烈に深い響きを全身全霊で味わいたいのだ。



 こんな風に彼らが社会の批判を浴びたまま、時間が過ぎていくのは嫌だ。僕だけでも彼らの本意に気づいたことを、どこかで声にしたい。

 そんな思いが、ある日とうとう形になった。


『Black Jokeのコンサート中止、すごく残念だった。

 彼らは、僕たちに『一緒に乗り越えよう、俯かずに進もう』と言いたかったんだと思う。

 ファンが全員防護服着て、密閉空間じゃない広い場所での野外コンサートにすればやれるじゃないか……って、やっぱムリかw』


 深夜、あまり人の見ていないような時間に、そんなことをポツリとツイートし、僕は虚しさを振り払うようにばさりとベッドで毛布をかぶった。









 その翌日。

 高校も休みだし、ろくに遊びにも出られない。適当に勉強したら後は大体動画やSNSに流れる。


「ふうー……やってみるとこの生活もキツイな」


 ぼやきながらいつものように開いたTwitterで、予想もしていなかったことが起こっていた。


 昨夜の僕の呟きに、300を超えるファボとリツイートがついており、まだぐんぐん数字が伸びている。そして100件以上ものリプが届いていたのだ。


『君もBlack Jokeファン?

 俺も大ファンで、今回のことは君と全く同じ思いだ。悔しいよな』


『やっぱりそうだよね!

 彼らがそんな安易な気持ちでコンサートやろうとしたはずがないって、私も思ってた! 仲間いたー!』


『私も、実は彼らのコンサート断行には勇気をもらった気がしていたんです。こんなことには絶対に負けないぞ!と。

 ……そんな暗い顔で打ちひしがれてるなんて、嫌じゃないですか』



「……すごい反応」

 一つ一つのリプを読みながら、僕は大きな喜びに浸った。


 ——けれど。

 こういう個人レベルの気持ちの盛り上がりは、結局共感できるファン同士のそういう思いのやりとりで終わってしまうもの。

 仲間とこんな情熱を分かち合う喜びも、一瞬で静かになってしまうのだろう……力なく、僕はそんなことを思った。



 だが、このことはますます大きく動いた。

 海外から、一件のコメントが届いたのだ。


『僕はニューヨーク在住の高校生だけど、Black Jokeは死ぬほど好きなバンドで、いつも心底応援してる。こっちの僕の友達にも彼らのファンはすごく多いんだ。

 ねえ、彼らのために僕達で何か面白いことできないかな? 何かやらかすなら協力したいって友達も乗り気になってるよ』


 このコメントを何となく読み流すことは、どうしてもできなかった。

「やらかす」。なんとも心が浮き立つ言葉じゃないか。


『ほんと? それは嬉しいな!

 あのツイートで書いた防護服着て野外コンサートっていうアイデアは、実はそれほど馬鹿げた冗談でもないんじゃないかと思うんだよなー。マジでやろうと思えば実現可能なんじゃないかって。

 ただ、会場確保と来場者分の防護服と音響の点がすごく難しいけどね……んーやっぱり非現実的かな、あはは』


 すぐに返信が来た。


『なるほどね。僕の友達にもその辺話してみるよ。日本でやるコンサートには行けないけど、その分迫力満点の中継してくれるって条件でね!』


 彼は、冗談とも本気ともつかないそんな言葉をよこした。




 その約ひと月後。

 ニューヨークの彼からのメッセージも、なんとなく待ちくたびれた頃。

 彼からDMが届いた。


『なんとなく、周囲に広く漏れないほうがいいかもと思ってDMにしたよ。

 僕の友人のツテで、そういうコンサートを本気で考えてるなら使い捨て防護服を大量に調達しよう、という申し出が来た。会場借り上げや音響設備にかかる費用も持つ、と言ってる。

 その代わり、開催する運びとなれば、こっちで活動自粛を強いられているアーティストからも参加を募り、スケジューリングしたタイムテーブルに従ってそれぞれ無観客ライブを開き、中継を行いたいそうだ。

つまり、それぞれを中継で繋いで開催する巨大コンサート……ってことになるのかな』



「…………

 え……っと??」


 この話の巨大っぷりに、僕の思考は全く追いつかない。



『ちなみに、この発案者は、君達もよく知ってる◯pple社の人だ』



「……………………」



 その文字に、僕は驚愕し、唖然とした。



『……あのさ。

 ごめん、ちょっと信じらんないんだけど……

 マジな話なの、それ??』


『ああ、大マジだよ。

 あとは、君たち日本のファンがどれくらい本気でそのコンサートを開催したいと考えているかだ』


「……待って。

 今すぐ、僕も動くよ!!」


『頼むよ。発案者の名前伝えておく。もし信じてもらえない場合困るだろ?』








『あのねえ君、冷やかしか何かなの!?』


「Black Joke」の所属事務所へ電話をしたところ、最初はまるで取り合ってもらえなかった。当然だ。

 だが、その発案者の名前やことの経緯を必死に説明するうちに、担当者は静かに話を聞いてくれる姿勢に変わっていった。


「——わかった。

 まずは、彼らに話をしてみよう。君の話が本当なら、こちらも本気で動かなければならないからね。

 君、名前は? 何かあったときのために、連絡先も聞いていいかな?」


「あ……えと、谷元 そうと言います。番号は……」


『——了解。

 ありがとう、谷元君。

 君の気持ちに、まずはお礼を言うよ。

 僕はマネージャーの水野と言います。どうぞよろしく』


 水野という若い男性の真摯な声に、ほっとする。



 ——状況が、大きく動き出している。


 僕の心臓はバクバクと波打った。






 



 奇跡は、まだ続いた。


 そのひと月後、マネージャーの水野さんから電話が入った。


『谷元君!?

 すごいよ、信じられない——コンサート会場、新国立競技場を借りられることになった!!』



「…………は?」



 新国立競技場って……

 今年の夏の、あのスポーツの祭典用のあれか??


『この話を知った東京都知事が、『世界中の人たちを力づけるきっかけになる最高のコンサートを、是非あそこで盛大にぶちかましてください』ってさ。

 あそこなら巨大スクリーンもあるし、音響設備も完璧だ。冗談抜きで最高のコンサートになるぞ』



 夢は、ものすごい勢いで現実味を帯びてきた。しかも、信じられないスケールで。


 負けない。

 絶対に。


 今、世界中の人たちが、同じ気持ちでいるということなのだ。




 コンサート開催日が決定し、参加アーティストも決定した。

 日本からは「Black Joke」を始め20組、海外から約40組のアーティストがそれぞれのライブを世界各地から中継で披露する。

 競技場約6万席のコンサートチケットは、発売後数分で完売した。



 コンサート1週間前に、来場者全員に上質な使い捨て防護服が配達された。


『万一体調の優れない場合は、ご来場をお控えください。

 私たちの力で、このコンサートを感染者ゼロで成功させましょう』


 そんなメッセージがついていた。






 当日。快晴。

 競技場は、防護服を着た観客でぎっしり埋め尽くされた。



 ステージではじけるバンドマンたち。巨大スクリーンに映される世界中のアーティストのパフォーマンス。



 空気が、ビリビリとこれでもかと振動する。

 音が満ちる。

 その旋律が、シャウトが、胸を突き刺し、抉る。


 ——涙がとめどなく溢れる。



 今、世界中の人々が、この中継を見ているはずだ。





「このコンサートのきっかけをくれた、谷元君————

 ありがとう!!


 前を向いて!!

 乗り越えよう!! みんなで!!!」




 Black Jokeのボーカルの声が、競技場全体に響き渡る。



 それに応え、世界中から巨大な歓声が沸き起こった。


 




−End.−

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