第91話:役目と覚悟
「フフフフ……とうとう……とうとうロストも、わたしと同じくまともな欲に呑まれたわね!」
空の宝箱を見たレアに、笑いながらロストは指さされた。
だが、もちろんロストには何のことだかわからない。
眉を顰めているとなぜかレアは勝ち誇ったように声をあげる。
「……あなたの欲がまとも?」
「そこに疑問をもつな! いい? ロスト。あなたもハズレアイテムではなく、アタリアイテムが欲しくなったのでしょ! きっとレアなアイテムが出ろと願って、今は宝箱を開けたはず! でも、あんたの物欲センサーの反応はわたしよりもはるかに強い! だから、レアアイテムが欲しすぎて、ハズレアイテムが出るどころか、アイテムが1つもでなかったという大ハズレという結果になったのね!」
「そんなわけないでしょう……」
何を言いだすかと思えば、とんでも理論。
ロストは少し呆れてため息をつく。
「僕よりレアさんの方が物欲センサーの反応がはるかに強いでしょう。あなたの物欲は、悪魔も引くほどです」
「ひどっ!」
「そんな僕よりはるかに強い物欲を放っているレアさんでさえ、報酬アイテムだけではなく薬類まで宝箱から出なかったことがありますか?」
「……あ。確かに……」
ボス部屋の宝箱を開けたとき、普通はクリア報酬アイテムと言われる、武具がスキルエッグなどが宝箱に入っている。
これは宝箱から取りだす楽しみを味わえるようにという運営のこだわりから、データではなく実際のオブジェクトとして宝箱の中に存在しているのである。
ちなみに場合によっては、クリア報酬アイテムとして鎧一式や長い槍などが入っていることもあるため、宝箱は大きめの棺サイズのことが多くなっている。
ただ、ダンジョンにもよるが大ハズレの場合、レアの言うとおりクリア報酬アイテムが1つも入っていないこともあるのだ。
その時は、大きな宝箱を開けたのに、中身が寂しいという悲しい結果ということになる。
だがそれでも、まったく空ということはありえない。
少なくともポーション系や魔石系の回復アイテムは、必ず入っているはずなのだ。
今までこれらが入っていなかったという事象は、見たことも聞いたこともない。
「これはあれ? 誰かが先に開けて持っていった?」
「いやいや。オレらより先に入っている奴がいるわけない!」
「だいいち、鍵もトラップも生きてたじゃないか」
メンバー達がガヤガヤと話すが、その通りだ。
鍵はしっかりと閉まり、ラキナがトラップも解除していたはずである。
「でもさ、トラップはまた仕掛けることができるだろう。罠師系のスキルをもっている奴なら……」
「それはないでしょう」
メンバーから聞こえてきた声を雌雄が否定した。
「入金ログがでていますから」
そうなのだ。
ロストもそれが引っかかっていた。
先ほど視界の右上に、報奨金が自分の財布に入金されたことを示すログが先ほど流れたのである。
ボス部屋の宝箱を開けると、これもまた絶対に報奨金が手に入る。
しかし金銭だけは、宝箱の中に入ってはいない。
なぜなら、このゲームにおいて金銭は、オブジェクトとして存在しない電子マネーだからだ。
そのため宝箱を開けた瞬間、報奨金は各メンバーに自動的に直接配分される仕組みとなっていた。
(宝箱が空いて報奨金が入った。つまり、事前に宝箱は誰も開けていないことになる)
逆を言えば、宝箱の中身は何かの理由で最初から入っていなかったか、もしくは誰かが宝箱を開けず中身だけ運び出したことになる。
そして今回はまちがいなく後者であり、だとすればロストはひとつしか答えが思いつかない。
「こ、これ……ももも、もしかして……オバケが宝を盗んで……いったとか?」
シニスタがワナワナと震えながら、デクスタにしがみつく。
するとデクスタがその手を自分の手で包むように握りかえした。
やはりこういう時はまるでデクスタの方が姉のように見える。
「オバケ……まあ、似たような
「うん。そうだね。たぶん……というか、それしかないと思う」
デクスタもフォルチュナも気がついたのだろう。
2人でうなずくと、そろってロストを見る。
「宝を持ち去ったのは……影の魔王【ベツバ】。そうですよね、ロストさん」
「ええ。ということになりますね」
ロストはかるくうなずいた。
なにしろ、ダンジョンの出口側から入ってきてボス部屋に侵入できるような非常識な相手なのだ。
宝箱の鍵穴から入って、中身を持ちだすことなど簡単なことだろう。
(だからこそ、腑に落ちないこともある……)
もちろん、ロストは早々にその事実に気がついていた。
だがロストは、そこからまた別のことが気になっていたのだ。
「わ、わたしのレアアイテムを魔王が盗んだって言うの!? ぜっーたいに許せないわ!」
「いやいや。なんでレアはんのアイテムってことになってんねん!」
レアの私欲あふれる言葉に、TKGが突っこみをいれた。
それをきっかけに、またメンバー達がいろいろと話しだす。
ロスト≫ フォルチュナさん、ちょっといいですか?
そんな中、ロストはプライベートチャットでフォルチュナだけに話しかけた。
フォルチュナ≫ は、はい。なんでしょう?
ロスト≫ シャルフの館から悪魔召喚の資料が盗まれたとき、他の宝も盗まれましたよね?
フォルチュナ≫ はい。【幻像の鏡】の入っていた宝箱が開けられて……。
ロスト≫ その宝箱、蓋が開けられていましたか?
フォルチュナ≫ はい。開けられていました……あっ!
フォルチュナ≫ そ、そうでした。気がつかずすいません!
ロスト≫ なるほど。ということは第一発見者は……
フォルチュナ≫ わ、わたしから話を聞いておきます!
ロスト≫ いえ。村に戻ったら私から聞いてみますよ。他にも気になる事がありますので。
この問題は、ロストにとって大した問題ではない。
ただ今後どうするつもりなのか、それを本人には聞いてみたい。
なにしろ【幻像の鏡】を盗んでから、犯人に変化がないのだ。
だからと言って犯人が【幻像の鏡】を売るとは考えられない。
「さて、みなさん」
その問題は後回し。
ロストは気を取り直すように、手を一度叩いてから全員の顔を眺める。
「残念ながら、魔王に回復アイテムさえも持っていかれたために、かなり休憩が必要になりそうです。幸いにも時間もまだありますし、ここは安全ですからゆっくりとここで――っと、ちょっとお待ちを」
唐突にロストは、セリフを途切れさせた。
なぜなら緊急チャットの呼びだしがロストの元に届いたからだ。
しかもそれは、ずっと気になっていた相手である。
ミミ・ナナ≫ ロスト、始まった。おまえの言っていたとおり。
ロスト≫ 避難はされているんですよね?
ミミ・ナナ≫ してない。ミミはここにいなくてはならない任務。
ロスト≫ まったく……融通の利かない方ですね。とにかく今からでも逃げて――
ミミ・ナナ≫ 無理。もうミミのいる天蓋は囲まれている。
ロスト≫ ならば抵抗せずに大人しく――
ミミ・ナナ≫ 大人しく捕まるのは性に合わない。
ロスト≫ ちょっ、ミミさん!?
そこでチャットは止まった。
ミミのステータスを確認すると、先ほどまで「オンライン」だったものが、赤い文字の「チャット不可」という表示に変わっていた。
もちろん、この世界にオンラインもオフラインも存在しないが、相手の状態を表す用語としては未だに使用されている。
そして赤文字の「チャット不可」は、自らの意志でのステータス変更ではなく、何かしらの妨害が入った時に表示されるものだった。
試しにロストはシャルロット女王等、ダンジョン外にいるメンバーのステータスを確認してみるが、まとめてすべて「チャット不可」となってしまう。
(なにかしらの思念遮断結界ですか。あるんですねぇ、そういうのが……)
少なくともゲーム時代、プレイヤーが使える中にそんな結界が作れるアイテムやスキルはなかった。
しかし、ダンジョンによっては外部だけでなく、パーティーメンバーともチャットできなくなる仕掛けも存在はしていた。
もしかしたら、裏設定でNPC側にはそういうアイテムやスキルが存在していたのかもしれない。
もしくは、こっちの世界になったときに、あの適当な神がそのあたりの設定を具体化した可能性もある。
(面倒ですね。
これは外で待ち受けている者達が企んだ、ロストたちがダンジョンの中から外部へ助けを呼べないようにするための処置なのだろう。
(ダンジョンがクリアされたことは、出口の門が開くことでバレることはわかっていましたが……さて)
思念遮断以外は、だいたい予想範囲内だ。
ただ、こうなる前にミミには逃げてもらうつもりだった。
逃げないという想定もしてはいたが、どこまで抵抗するつもりなのかは予想がつかない。
(たぶん、英雄としてのアドバンテージは失っているからなぁ。無茶をしなければいいけど……)
推測では、今すぐに殺されることはないはずである。
ただ、最後は殺されることになるのだろう。
(悪魔と相打ちになった……とかでしょうかね、ストーリーとして)
ともかく、スケジュールを早める必要性がありそうだ。
「皆さん。ここでゆっくり……というわけにはいかなくなりました。たぶん、ミミ様は敵に捕らわれたと思います」
「なっ、なんだと!?」
「マジか!?」
「まさか英雄を!?」
メンバーから驚愕の声が上がるが、ロストは掌を皆に向けて静かにするように指示する。
混乱はわかるが、もっと重要なことを伝えなければならない。
「今から大事なことを話します」
ロストはそう告げてから一呼吸置く。
これから告げるのは、覚悟が必要なことだからだ。
「我々はここを出て人……冒険者もいるでしょうが、きっと先住人とも戦うことになるでしょう」
「そ、それはつまり、人を殺す……ということですか?」
フォルチュナの慄くような質問に、ロストはゆっくりとしかし力強くうなずく。
「はい。我々はこれから人を殺すことになるのです」
メンバーの誰もが息を呑み、一瞬の静けさがその場を支配した。
千のハズレスキルを得る男~ハズレ好きな僕は、物欲センサーでアタリばかり引き当てて、唯一のレベル無制限! 芳賀 概夢@コミカライズ連載中 @Guym
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