第90話:照準と発動
「かっ……勝ったあああぁぁぁ!」
ディアイオロスが光と消えて束の間、誰かが雄叫びのごとく勝利を宣言した。
それに誘発されたかのように、その場のメンバー達が同じように歓喜に満ちた声をあげる。
たちまち、大部屋の中が歓声であふれていく。
(勝った……本当に勝ったんだ……レベル90に……)
フォルチュナは、ログウインドウを確認した。
そこに表示される今まで見たこともない取得経験値は、この奇跡の勝利を真実だと語ってくれる。
おかげでレベルも上げることができた。
もちろんフォルチュナとて嬉しいし、この結果に安心もしている。
しかし、素直に喜べない部分もある。
(…………)
仲間たちは、WSD時代に難関クエストをクリアした時と変わらない、達成感でお祭りのような雰囲気になっている。
横を見れば、シニスタとデクスタもまた、手をつないで踊るように喜びを表現している。
でも、フォルチュナにはわだかまりがあった。
(もちろん、斃さなければ私たちが死んでいたんだけど……)
どうしても抜けないゲーム感覚。
リアルをまるでゲームのように感じてしまう、この思考の違和感を拭いきれない。
そのことがフォルチュナの胸中でモヤモヤとしてしまう。
「でもさ、生き残れて本当によかったけど、なんかさ……」
「ああ。あの悪魔、死んだんだよな……」
ふと誰かのそんな感慨深い声が聞こえてきたかと思うと、それは瞬く間に広がった。
気がつけばほとんどの者から、先ほどまで見せていた単純な喜悦が消えていた。
そこにあるのは、今の安堵感に混ざった悲愴感。
誰もが複雑な表情を浮かべている。
(そうか。やっぱり、みんなわかっている。けど……)
フォルチュナは、このモヤモヤが自分だけのものではないと実感する。
いくらゲーム感を出そうとも、自分の命が賭けられていたのだ。
そして、対する相手の命も賭けられてることに、当然ながら誰もが気がついている。
命を奪うとしても、戦わなければならないとわかっている。
この世界で冒険者として生きるのに必要なのは、悲
少なくともここにいる冒険者達は、そのことを胸に刻んでいるようだった。
「しかしさ、あの最後に悪魔が言った言葉、どういう意味だったんだ?」
「ああ。わいも気になってたわ」
誰かが投げかけた言葉に、TKGが付けくわえる。
「悪魔と呼ばれるべきは……ってなこと言っておったけど、悪魔は悪魔やろうが」
「それは、デーモン族を人間族が勝手に
フォルチュナは、それに答える。
「『悪魔族』という呼び名は、生を顧みない恐ろしい力、すなわち悪しき魔力をもつデーモンに対して、この世界の人間族がつけただけなのです。デーモン達は自分たちを『デーモン族』と呼びますが、『悪魔族』とは名のっていません。ただ、デーモンたちにしてみれば、人間の善悪の判断なんてどうでもよくて、自分たちを畏怖して『悪魔』と呼ぶなら、好きに呼べばいいと思っているようです」
「なるほどなぁ。つまりあれだ、ディアイオロスは『我らを悪魔と呼ぶけど、ロストはんの方がよっぽど悪魔っぽい』と言いたいわけやな」
全員の視線が、一気にロストに向けられる。
対するロストの表情は、苦虫を噛みつぶしたように見える。
「ちょっ、ちょっと皆さん。人聞き悪いことは言わないでくださいよ。僕に悪意なんてありませんから!」
慌ててみせるロストをみんなの笑い声が包む。
もちろん、全員わかっているはずだ。
ロストがあの作戦に悪意などという無駄な要素を挟む余裕などなかったことを。
例えば、最後に使えもしないのに【グラビティ・スタンプ】と唱えたのも、相手に絶望を与えて反撃を遅らせるため。
その一瞬の間に、レアたち先鋭が核を壊す作戦だったのだ。
さすがのロストも今回の戦いは、余裕などないギリギリの賭けだったはずである。
そして今、全員が笑っていられるのは、その賭けに勝ったからである。
「それはさておきぃ~、問題たるは【グラビティ・スタンプ】の連発よのぉ~」
なんちゃってながら、歌舞伎風の言い方と見得の切り方で、【味付けのり】が、むむっとロストにかるく迫る。
「あれはぁ~さすがにありえんなぁ~」
その言葉に、そうだそうだと他の【ダンジョン・サバイバー】メンバーからも声が上がる。
特に【グラビティ・スタンプ】連発戦法が得意な【ダンジョン・サバイバー】にしてみれば、屈辱にも近いことかもしれない。
なにしろ、パーティーで6回しかできないことをロストは1人で7回も行使してしまったのだ。
「あれはさすがにチートじゃない?」
ダークアイも少し責める口調でロストに迫る。
それにロストが乾いた笑いだけを返すと、代わりにとばかり横から雌雄が否定する。
「あれはチートではありませんよ。されど
「どういうことよ。チートでもなく、あんなの毎回連発されたらゲームバランスが崩れちゃうじゃない」
ダークアイが今度は雌雄へ少し詰めよるよう問うた。
雌雄はまるでお伺いを立てるようにロストへ視線を送る。
「あははは。毎回連発は無理ですよ」
その視線を受けてかるく笑いながらロストが答えた。
「今回と同じことをするには、準備に最短でも約3ヶ月かかります」
「3ヶ月!? どういうことよ!」
「こういうことです」」
――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★★―
【ディレイ・スキル90D】/報酬取得
必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:1/効果時間:10
消費MP:0/属性:なし/威力:0
説明:本スキルの効果時間内に使用した最初のスキルは、7776000秒後に実行される。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
空中に浮かぶ半透明のディスプレイモニター――フローティング・コンソールに、ロストは自分のスキルを表示させた。
変わったスキル名と、説明文の数字にフォルチュナは目を奪われる。
「いち、じゅう、ひゃく……777万秒!? それって何秒やねん!」
「777万秒だろうが!」
TKGのボケにTKGの仲間がツッコミをいれる。
息の合ったボケ・ツッコミに、ちょっと笑い声が混ざる。
「スキル名の90Dというのは、90日という意味ですよ」
その笑いが収まったタイミングで、雌雄が説明した。
しかし、多くの者がその「90日」の意味がすぐには理解できず、一呼吸だけ静寂が通りぬけた。
「7776000秒って……90日!? つまりこのスキルを使ったあとのスキルは、90日後に発動するってこと!?」
ダークアイの言葉を合図かのように、ほとんどの者が「えーっ!」と声をあげる。
フォルチュナもさすがに声をあげた。
きっとロストのことだからとんでもないハズレスキルを見せてくるのだろうとは思っていたが、まさかスキルを使って90日後にならないと発動しないスキルとは、どこまで気長なスキルなのだろうか。
「この90日が一番長いですが、こんなのをいくつも持っています」
――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★★―
【ディレイ・スキル3D】/報酬取得
必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:1/効果時間:10
消費MP:0/属性:なし/威力:0
説明:本スキルの効果時間内に使用した最初のスキルは、259200秒後に実行される。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
見たらすぐにわかる。
「3D」は「3日」という意味だろう。
つまり【ファイヤー・ボール】を放っても3日経たないと発射されないわけだ。
そんなスキル、何に使うというのか。
(あ。でも、場合によってはアリバイを作っての密室殺人とかできるかもしれない?)
などということも考える。
WSD時代では殺しても復活してしまうので意味はなかっただろうが、今ならそのようなことも意味を成すのかもしれない。
ただ、たとえ何かに活用できたとしても、かなり限定的になることはまちがいない。
「このスキルを見せたということは、例えば【ディレイ・スキル3D】を使ったあとに、【グラビティ・スタンプ】を使う。【グラビティ・スタンプ】は使用し終わったことになるが、【ディレイ・スキル3D】のせいで3日後に発動する。その直後にまた【グラビティ・スタンプ】を使えば、2連続で【グラビティ・スタンプ】を使ったように見える……ということでしょうか?」
ナオト・ブルーが指を立てながら、まるで名探偵さながら謎解きをする。
すると、周りから「おおぉ」と声が上がるが、すぐに反論があがる。
「いやいや。それはさすがに今回は無理ちゃいますか? 90Dとか3Dとか色々種類があったとしても、それをあの戦いの最中にすべて合わせて発動するようにするのは、いくらロストはんでも無理やろ!」
TKGの言うとおりだ。
ディアイオロスに対する【グラビティ・スタンプ】発動は、秒単位で合わせていた。
いくら先読みが得意なロストでも、90日前からそれを合わせることなどできるわけがない。
(そうだ。これを成すには、もうひとつは要素が必要……これを止めてタイミングよく……)
フォルチュナは何かヒントがないかと探るように視線を泳がしながら考える。
自分が知らないスキルならば仕方がないが、知っているスキルを応用しているのならば、それをぜひ当ててみたい。
(雌雄さんは、知っているって言っていたっけ……)
雌雄の方に視線を動かすと、彼は楽しむように周囲を観察している。
誰が答えを出せるのかと、考えているのかもしれない。
(そう言えば雌雄さんは、なにか説明を大部屋で聞いていたって……)
なんと言っていたかなと思いだそうとする。
そこにヒントがあるのかもしれない。
(確か……確か……)
記憶をほじくり返して、1つの雌雄の言葉が蘇る。
――これはキャストタイムやリキャストタイムまで止まっているのですか?
「――あっ! 【ディセーブル・スキル】!?」
フォルチュナは思いついたことを口にして、ロストの反応をうかがう。
「正解です」
するとロストは微笑しながら、フローティング・コンソールをまた操作した。
――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★★―
【ディセーブル・スキル】/報酬取得
必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:1/効果時間:―
消費MP:0/属性:なし/威力:0
説明:指定した自分が覚えているスキルを無効化する。もう一度使用することで解除できる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「このスキルは、僕が持っているパッシブで動作してしまうハズレスキルを無効化するために使っているのですが、ちょっと特殊でして。何が特殊かというと、この説明にある『無効化』の方法なのです」
「指定したスキルを発動しないようにする……ということではないのですか?」
「結果的にそうなる……というべきでしょうか。具体的には、スキルを凍結するスキルなのです」
「凍結? ……ああ。だから、キャストタイムやリキャストタイムまで止まるって言っていたんですね」
「ええ。このスキルを使うと、指定したスキルのすべての動作がその時点で一時停止するのです。その発動さえもその時点で一時停止します」
「ちょっと待ってください。それなら、長い詠唱の魔術スキルを使用して発動の寸前で、【ディセーブル・スキル】を使えば、あとは好きなタイミングで解除するだけで発動できるということですか!?」
ナオト・ブルーの言葉に、言葉にロストがうなずくと、デクスタが間を置かずにロストに迫る。
「そんなのアタリスキルなのですわ! どうしてそれがハズレスキルになったのかわからないのですわ!」
横でシニスタも激しく同意とばかり、首をコクコクと縦に振る。
「気がつかなかったみたいですね、誰も」
「え? そんな簡単なことに?」
「こういうのを試す時を想像してみてください。この説明を見たら『無効化』だから、普通は【ファイヤー・ボール】のような単純な魔術スキルに使って見て、『ああ、本当に発動しないや』みたいな感じで確かめませんか? わざわざ長い詠唱の魔術スキルを使って、その発動寸前やリキャスト中に、その魔術スキルに対して【ディセーブル・スキル】を使ってみよう……なんて方はまずいないと思うんですよ」
「た、確かにですわ……」
「つまり、こういうことですの」
ラキナが腕を組みながら開口する。
「【グラビティ・スタンプ】の発動直後に【ディセーブル・スキル】を使うとしても、【グラビティ・スタンプ】は即時発動だからかなりタイミングが難しいですの。それに【ディセーブル・スキル】が凍結ということなら、【グラビティ・スタンプ】は使用できなくなってしまうので、さっきのような連発はできないですの。そこで【ディレイ・スキル】を使用するというわけですの」
その説明にロストがかるくうなずくのを確認すると、ラキナは続きを口にする。
「たとえば、【ディレイ・スキル3D】を使用後に【グラビティ・スタンプ】を使用するですの。その時間を正確に覚えておき、3日後の発動寸前に【ディセーブル・スキル】を【ディレイ・スキル3D】に対して使用するの。すると【ディレイ・スキル3D】が凍結されるから、【グラビティ・スタンプ】も発動寸前で停止するの。しかし、もともと使用した【グラビティ・スタンプ】は『発動した』と判断されていて、その『発動した』とう状態を【ディレイ・スキル3D】が引き継いでいるだけですの。つまり、【グラビティ・スタンプ】は再使用できる状態になっている……というわけですの」
「はい。ラキナさんの仰るとおりです。3日後の1秒前に【ディセーブル・スキル】を使用して止めています」
「――って、ややこしいわ!」
TKGがツッコミをいれるが、それはほとんどの者がそう感じていただろう。
フォルチュナとて混乱寸前だった。
(つまり……こういうこと?)
①【ディレイ・スキル3D】使用。
②【グラビティ・スタンプ】使用。
③【グラビティ・スタンプ】発動(【グラビティ・スタンプ】からみたら処理完了)。
④しかし、【ディレイ・スキル3D】に処理が引き継がれ、実際の発現は延長。
⑤3日後の発現1秒前に【ディレイ・スキル3D】に対し【ディセーブル・スキル】発動。
⑥任意のタイミングで【ディレイ・スキル3D】に対し【ディセーブル・スキル】解除。
⑦1秒後に【ディレイ・スキル3D】により【グラビティ・スタンプ】の効果が発現。
整理してみても、ややこしい。
しかも、この手順の①から⑤を【ディレイ・スキル】の回数だけ繰りかえさなければならない。
さらに、一番長いのが90日――約3ヶ月と言っていたが、⑤の1秒前に止めるタイミングをミスすれば、また3ヶ月待たなければならないわけだ。
「ずいぶんと仕込みに時間がかかるんですね……」
思わず漏れた言葉にロストが苦笑する。
「ええ。非常に。だからこそ、まさに
ここまでは、納得できた。
しかし、実はまだ謎は残っている。
フォルチュナは、そのことについても尋ねるか悩んでしまう。
躊躇する理由、それはもう1人の
しかし、それは無駄な気づかいとなる。
「でもよ、それでも変じゃないですかい?」
デモニオンにしては小ぶりの角の辺りを書きながら、御影が疑問を口にしてしまう。
「【ディレイ・スキル】はいわゆるレイト系のハズレスキル。なら、発生位置は遅延対象のスキルを使用した場所のはずでは?」
「え? そうなんか? レイト系ってよく知らんけど、そういうもん?」
TKGの言葉に、御影は「それは――」と言って言葉を詰まらせる。
そう。レイト系は、雌雄の得意なスキルであり、彼が【
その秘密を知っているのは、たぶん【鳳凰の翼】でナオト・ブルーとダークアイを抜いたメンバー、それに【ドミネート】のメンバーだけである。
下手に説明すれば、それが他のメンバーにもバレてしまう。
事情を知らない者にとっては奇妙な沈黙が場を支配する。
「レイト系にも違いがあるのですよ」
それを破ったのは、雌雄だった。
彼はフローティング・コンソールを操作すると、プロフィール・ビューを表示させる。
――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★――
【レイト・マジック1S】/報酬取得
必要SP:10/発動時間:0/使用間隔:1/効果時間:10
消費MP:0/属性:なし/威力:0
説明:本スキルを効果時間内に使用した最初の魔術スキルは、1秒後に実行される。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「これがわたくしが使用するレイト系スキル。名前は違いますが、説明文はほぼ同じでしょう。そしてわたくしが【
「おっ、おい! 雌雄さんよ、それは――」
「いいんですよ、御影さん」
大慌てする御影を宥めるように雌雄は静かに語る。
「我が主が信じて、とっておきの種明かしを皆さんにしたのです。ならば、わたくしもそれにならうのは当然至極」
「まあ、あんたがそう言うなら……」
御影にゆっくりと一度だけうなずき、雌雄は言葉を続ける。
「説明を見れば、この【レイト・マジック】が主の【ディレイ・スキル】と同系統だとわかりますが、名前と同じように異なる部分があります。それは遅延させられるのが魔術スキルに限定されていること。ちなみに、種類は1秒から10秒までしか存在しません」
「つまり、あれやな? 【レイト・マジック】は時間が実用的な分、魔術スキルに限定。一方で【ディレイ・スキル】はスキル全般に使えるけど、時間が実用的やないハズレスキルってわけやな?」
「いいえ。そう一概には言えないのですよ、TKGさん。人によっては【レイト・マジック】もハズレスキルと言われていましたからね」
「なんやて? でも、雌雄はんはそれを活用しとると……」
「ええ。わたくしはこの【レイト・マジック】を使って時差攻撃を行い、まるで同時に魔術スキルを行使しているように見せています。しかし、自分で言うのもなんですが、数秒後の敵の位置を計算したり、その場に誘導したりしながら、使える人間は限られているのですよ」
「そ、そりゃそうやな……」
「もちろん、【ファイヤー・ボール】のような直線的な攻撃ではなく、たとえば
「なるほどなぁ。でも、それがさっきの話とどうつながるんや?」
理解できないTKGが、疑問を最初に口にした御影の方に視線を投げた。
それに気がついた御影が応じる。
「わからないでやがりますか。【レイト・マジック】で発現した魔術スキルは、
「ああっ! それか! 確かにそやな。ロストはんは、【グラビティ・スタンプ】を好きなところに放っとったわ」
「それは魔術系のスキルと、通常のスキル――ファンクション系のスキルのプロセス上の違いがあります」
そのロストが語ったヒントに、ナオト・ブルーが「ああ!」と口を開く。
「いわゆる詠唱時間ですね」
「はい、ナオトさん。そのとおりです」
「えっ? で、でも、無詠唱とか……できる、よね?」
シニスタの疑問に続けてロストが答える。
「無詠唱は口にださないだけで、心では唱えています。無詠唱と言うことがほとんどですが、正確に言うときは『心意詠唱』と言います」
「そ、そうなんだ……」
「はい。さて、魔術スキルのプロセスは、音声または心意の詠唱、照準設定、発動時間、発動というフローとなります。実際は皆さんもわかっていると思いますが、詠唱の意識を始めると、ターゲットが必要な魔術スキルの場合は
「90パーセントで確定されてしまうのです?」
「ええ。デクスタさん達はまだ長い呪文が必要な魔術スキルはもっていらっしゃらないから知らないかもしれませんね。長い呪文がわかりやすいのですが、90パーセントまでは詠唱を中断することができますが、それを超えてしまうと発動が確定します。つまり実質、残りの10パーセントは唱える必要はないのです。たとえば、95%の時点で詠唱者が殺されても、魔術スキルはその場できちんと発動します」
「し、知らなかったですわ」
「まあ、これは心意詠唱と音声詠唱の差異を埋めるための処置かもしれませんが、そこで発動が確定してしまうため、スキルごとに設定された発動時間のカウント前にターゲットが確定してしまうわけです。レイト系スキルが処理を受けもつのは発動時の部分なので、遅延発動した時には確定したターゲットの場所で発生することになります」
そう言いながら、ロストはフローティング・コンソールからプレゼンテーション・スクリーンを表示して図を書いてみせる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
例:【ファイヤー・ボール Lv.1】の場合
①【ファイヤー・ボール Lv.1】詠唱
②照準設定←ターゲットが確定し連動して発射位置も確定してしまう。
③発動時間←【ファイヤー・ボール Lv.1】は1秒。
④発動←【ファイヤー・ボール Lv.1】から見ると発動したことになるが、事前にレイト系スキルが発動している場合は、実際の処理はそのレイト系に渡される。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「このような感じですね。ターゲットの処理は魔術系のスキルの場合、似たような処理になるので共通処理で行われています。これがファンクションスキルを中心とした一般的なスキルだと……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
例:【グラビティ・スタンプ】の場合
①【グラビティ・スタンプ】心意詠唱。
②発動時間←【グラビティ・スタンプ】は0秒。基本的に即時発動がほとんど。
③照準設定+発動←【グラビティ・スタンプ】から見ると発動したことになるが、事前にレイト系スキルが発動している場合は、実際の処理はそのレイト系に渡される。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「このような流れに変わります」
「え? 詠唱はあるのにターゲットは発動と一緒?」
フォルチュナもこれはよく知らなかったため、説明に驚いてしまう。
「はい。ここには①に心意詠唱と書きましたが、実際には詠唱というほどではなく実行の意志を見せれば一般的なスキルは発動することを皆さんもご存じでしょう。ですから、確認ダイアログが出るもの以外、詠唱破棄や詠唱中断というのは基本ありません。それから一般的なスキルは、【グラビティ・スタンプ】のようにターゲットが必要なものもありますが、【スローイング・アースブレード】のようにターゲットは不要で勝手に地面を目指すものもあります。また、【ムーブ・ポイント】のように『何もないところを指定する』という特殊条件があるものも多いです」
「つまり多種多様……」
「はい。そのために一般的なスキルは、各スキル専用の処理ルーチンとしてターゲットと発動を処理しているのです」
「なるほど。それだから、魔術スキル以外のスキルを【ディレイ・スキル】で遅延させた場合は、発動時にターゲットができるということなのですね」
「はい。これで説明は全部です。おわかりいただけましたか?」
ロストがそう言うと、周りがざわめく。
「わかったような、わからんような……」
「3ヶ月かけて仕込むとか……」
「ってか、よく思いつくな……」
感想は色々あるようだが、どの感想にもフォルチュナはもっともだと同意する。
準備は3ヶ月だとしても、いろいろなことを試しながらこの方法を思いつくのに、いったいどれだけの年月をかけたのだろうかと感心してしまうのと同時に少し呆れてしまう。
どれだけハズレスキルの研究が好きなのだろうか。
「ねぇ、ロスト。そっちの説明は終わったの?」
少し離れたところからレアの声が響く。
声の主を探すと、彼女はいつの間にか宝箱の前にいた。
「今さ、ラキナに宝箱の罠を解除してもらったの。だから、あんたが開けなさいよ」
ロストの説明に飽きたのか、それとも途中で理解したのか、ともかくレアの興味はとっくに宝箱へ移っていたようだ。
さっきまでこの会話の輪の中にいたラキナも、いつの間にか引き抜かれていた。
そして自分の物欲センサーが怖くて、ロストに開けてもらうのを待っていたのだろう。
「やれやれ。レアさんは相変わらずですね」
ロストは苦笑しながらも、レアの元に歩みよった。
「何が出ても僕のせいにしないでくださいよ」
「何が出ても、ぜったいにわたしよりいいはずだから大丈夫!」
苦笑いしてから、ロストがおもむろに宝箱の蓋を開ける。
「――えっ!?」
「――はいっ!?」
「――なんで!?」
宝箱の中身を見たロスト、レア、ラキナが声をあげる。
ロスト近くにいたフォルチュナは、何事かと宝箱に駆けよって中身を覗きこんだ。
「うそ……」
そして同じように驚く。
宝箱の中には、何も入っていなかったのである。
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