第89話:悪魔とデーモン
雌雄≫
雌雄がアライランス向け会話で全員に注意喚起する。
それがなければ、あまりの驚愕に呆然として攻撃の手を止めていたかもしれない。
雌雄≫ 今は主を信じて攻撃を続けるのです!
それはわかっている。
しかし、驚くなというのが無理な話だ。
スペシャルスキルは、キャラクター作成時に必ず1つだけ選べるスキルである。
対人戦には使えないが強力なスキルであるため、8時間(WSD時代はリアルで2時間)に1度しか使えないスキルだ。
後から、あるクエストをクリアすることで他のスペシャルスキルに変更することはできるが、決して複数のスペシャルスキルを覚えることはできない。
ましてや、同じスキルを覚えて連続で使用するなどということもできないはずである。
「――【グラビティ・スタンプ】」
なのにロストはすでに3連続でスペシャルスキルを使用している。
このようなことチート以外にありえない。
レア≫ まさかこんな隠し球をもっているなんて!
この中で一番つきあいが長いはずのレアの言葉に、フォルチュナは驚く。
フォルチュナ≫ レアさんも知らなかったんですか!?
レア≫ 知らなかったわよ!
レア≫ ホント嫌になるわ、あいつの悪い癖!
フォルチュナ≫ え?
レア≫ 秘密主義と、他人を驚かせる悪趣味!
フォルチュナ≫ ああ……。
ラキナ≫ 同意です。
デクスタ≫ わかりますわ!
シニスタ≫ あ、あるある……。
ロスト≫ ちょっと皆さん!?
ドミネーターメンバー全員に太鼓判を押されたロストがツッコミを入れるが、動きは変わらず機械的に剣を投げる攻撃を繰りかえしている。
いったいプラチナ・ロングソードを何本用意しているのだろうというのも気になるが、今はそれよりも気になる事がある。
「――【グラビティ・スタンプ】」
連続4回目のスペシャルスキル。
ここまでくると、まるで普通のスキルとして使っているようにしか見えない。
たぶん一番驚いているのは、敵であるディアイオロスだろう。
何が起きているのか、まったく理解できないはずだ。
「――【グラビティ・スタンプ】」
ディアイオロスにしてみれば、悪夢以外の何物でもないはずだ。
反対にフォルチュナから見たら、一方的な蹂躙でもしている気分である。
それは他のメンバーも同じように感じているはずだ。
シュガーレス≫ しかし、この戦い方はあまり気分がいいものではないのぉ。
シュガーレス≫ サンドバッグでも叩いているようだのぉ。
味付けのり≫ いやいや~、これもぉ~正々堂々。
味付けのり≫ 相手がぁ~耐えられたら我らの負け! 耐えられなければ勝ちの一本勝負よのぉ~!
シュガーレス≫ もちろん、『試合』ではなく殺し合い、言うなれば『
シュガーレス≫ ならば卑怯も何もなく、全力で挑むが筋だがのぉ。
TKG≫ それにそもそも、我々は不利な条件やしな、これ!
TKG≫ ってか、いったいあと何回できるねん!
TKG≫ まさかこのままあと4回続けられるんか!?
雌雄≫ 皆、お喋りはその辺で。
雌雄≫ あと4回は続けられると思いますが、主にとっても
雌雄≫ この勝敗は、我々がどれだけダメージを入れられるかにかかっています!
御影≫ ってか雌雄、あんた知ってやがりましたね!
確かにと、フォルチュナも思った。
今の言い分もそうだが、そもそも最初の注意喚起も、ロストが2度目の【グラビティ・スタンプ】を使用した直後、誰もが驚きの声をあげる前に行っていた。
こんなのは予め知っていなければ行えないはずである。
雌雄≫ 知っていたというより、予想していただけですよ。
雌雄≫ もちろん、
雌雄≫ たまたまでしょうが、先ほど廊下であるハズレスキルの応用方法をお伺いしていました。
雌雄≫ 詳しい話は後ほどしますが、ともかくそれを使われるだろうと推測したのです。
確かに雌雄はロストから、この手前の廊下でなにやらロストのスキルの説明を聞いていた。
しかしそれがまさか、レアさえも知らないスキルだとは思わなかった。
(わたしが同じように聞いたら、ロストさんは教えてくれたのかな……)
もやもやとした気持ちで、そんな疑問がふと浮かぶ。
それは嫉妬心のような気もするが、それならば相手は雌雄ということになり微妙な気持ちになる。
ロストは雌雄を自分の片腕にしようとしている。
それはまちがいないし、今の雌雄もまたそれを望んでいるのだろう。
そのことにフォルチュナとしても異論はないし賛成である。
賛成……ではあるのだが、どこかもやもやとした感情を抱いてしまう。
自分は異性としてロストのことが好きである。
それはもう自覚した。
同時に、ロストの力にもなりたいと思っている。
だが、いったいどういう形で力になりたいのだろうか。
それがわからない。
雌雄に嫉妬するような感情がわくのは、自分は雌雄のような存在になりたいということなのだろうか。
それとも、たった数時間でロストに急接近できた雌雄に対して思うところがあるのだろうか。
「――【グラビティ・スタンプ】」
そんなフォルチュナの感情とは関係なく、また悪魔ディアイオロスに圧力の檻が課せられる。
(……今は、とにかく攻撃に集中しないと)
ディアイオロスの残りHPは、もう20%をきっていた。
§
(こんなこんな……)
ディアイオロスは、困難を楽しんだ。
思い通りにならないことを楽しんだ。
しかし、それは最後に自分が勝つという前提があってのことだ。
(このままでは
自分の望みを叶えることには飽きた。
だから、他者である召喚主の望みを叶えて楽しみたいと思っていた。
しかし、このままでは不甲斐ない結果に終わってしまう。
(それもこれも……)
ディアイオロスにとって計算外、というよりも計算不可能な事象が起こっている。
こんな世界の法則を無視したようなことが起こっていいわけがない。
「――【グラビティ・スタンプ】」
一矢も報いず、このまま終わる。
違う。
違うはずだった。
無力を感じて斃されるべきは、目の前の人間たちのはずだった。
それなのに、どうして、いつのまにこうなったのか。
きっとそれは、すべて目の前のこの男の所業。
「――【グラビティ・スタンプ】」
淡々としたその声は、数多の打撃音や斬撃音にかき消されもせず、なぜかディアイオロスの耳から入り脳髄まで響く。
それはまるで終末までの階段を登る足音のよう。
なんとかしたい。
なんとかしなければならない。
心がざわめき、魂の核が焼けきれそうになる。
こんな焦燥感など、長き生の中で味わったことなどなかった。
そもそも自分が困っているということ自体に困惑する。
「――【グラビティ・スタンプ】」
もう次を喰らえば、HPはなくなるだろう。
「死」という概念がもうすぐ自分に迫る。
考えたこともなかった事象。
自分には関係ないと思っていた事象。
それを考えたとき、初めてディアイオロスは自分の今の状態を認識する。
(生……そうか……これが……生きているということ……)
ディアイオロスは生死という概念を考えたことがなかった。
そもそも考える必要がなかった。
自分たちの世界では死ぬことはなく、自分よりも強い悪魔に攻撃されても完全に滅ぶことはない。
どこかで必ず復活する。
受肉することで死滅という可能性があるこちらの世界に来ても、彼を斃せる存在など皆無である以上、考える必要などなかったのだ。
だから彼は初めてそれを考え、そして恐怖した。
生があるから死があるのではない。
死があるから生がある。
死がない生は生ではない。
つまり悪魔ディアイオロスは、まさに今、生を得たのだ。
その得た生の本能が、早々に彼へ働きかける。
(――生きたい……)
せいぜい暇つぶし程度しか、自分に対する望みなどなかった。
ところが唐突に、大きな望みが生まれてしまう。
だが、無情にも最後の審判をくだす掌がこちらに向けられる。
目の前の男は、まだ【グラビティ・スタンプ】を撃てるのだろう。
終わる。
生が終わる。
無力で無慈悲で無価値な生が終わってしまう。
その瞬間が、ゆっくりと流れ始める。
男の双眸が、こちらに向けられる。
その瞳に怨みもなければ怒りもない。
ただの無。
まるでこれから閉じゆく生を嗤うがごとく、なんの感情も感じない瞳。
口がゆっくりと開き始め、そして聞き飽きた言葉を放つ。
「――【グラビティ・スタンプ】」
考えてみれば、何度も唱えたその言葉からも、なんの感情も感じなかった。
そもそも、なぜ唱えるのか。
このスキルに詠唱による変化はないのだから唱える必要さえもないはずだ。
なのに、男たちは唱え続けた。
まるでそれが断罪の言葉かのように。
(…………)
わかっている。
この全身を軋ませる力は、自分にこれからものしかかり続ける。
そして生をそのまま閉じさせるのだ。
(……ん?)
だが、今回は違った。
ふと、体が重圧から解放される。
「おや。打ち止めのようですね」
目の前の男が、呑気そうにそう語る。
故に凝り固まった体を動かせることを認識するまでに少し間があった。
(……耐えきった?)
つまり、死から逃れた。
つまり、生をつないだ。
生きのびた。
(ああ……ああ……ああ……わたくしは生きのびた! なんとなんとなんとなんと、なんという至高の喜び!)
ディアイオロスは今まで味わったことのない至福を感じる。
耐えて耐え抜いたあと、与えられる希望はなんと甘美なことか。
「にひひひひ! 潰えたな! これで貴様らは最後――」
刹那、ディアイオロスは腹部あたりに今までよりも強い衝撃を複数感じる。
視線を下にすれば、そこには数人のものたちが自分の体にいくつもの剣を突き刺していた。
「残念。ハズレです」
「……へ?」
「もうあなた、自分の核を守れるほどHPは残っていないでしょう」
見なくてもわかった。
ディアイオロスは自分の魂の核が、複数の剣によって貫かれ、砕かれたことを。
「…………」
喜悦からの絶望。
それもまた今まで感じたことがない、最高の痛嘆。
味合わせたのは、目の前の人間。
「名を……聞こう……」
「僕はロスト。呪いでもかけますか?」
「よい……よいな。呪いとして、その名……我が同胞に伝えよう……」
ディアイオロスは自分の意識が消えていくのを感じる。
「にひひ……『悪魔』と呼ばれ……べき……我ら……なく……貴様こそが……」
最高の快楽と絶望を与える存在。
ディアイオロスは、死滅する間際に真なる悪魔を見たと確信したのであった。
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