第88話:時間とHP
一方的に次々と与えられるダメージに対し、ディアイオロスはひたすら耐えた。
石の礫をぶつけられ、岩石の槍で突かれ、弓で刺され、剣で斬られ続けた。
しかし、全身を襲う痛みと、なんとも屈辱的な仕打ちに、激しいいらだたしさと怒りを感じながら、どこか心の奥にはふつふつとわきあがる高揚感を抱いていた。
(反撃の時を待ちわびるのは、まさに退屈からの解放と同じ同じ! 人間どもよ、覚悟しておけ)
最初は、【グラビティ・スタンプ】と【グラビティ・スタンプ】の間のほんのわずかな隙を突いて反撃しようかと考えていた。
しかし、敵は戦い慣れている。
そのような隙など作るそぶりもなく、無駄はあるもののギリギリで【グラビティ・スタンプ】を重ねて使ってきたのだ。
こうなると、継続する
まずは思考。
苦痛は感じるが、思考できないほどではない。
ただし、思考操作でスキルを実行することはできない。
そしてもうひとつは、HP(ヘルス・パワー)の利用だ。
この調整は、問題なくおこなえている。
この世界に受肉したさい、人間族と同じようにデーモン族は自分の資質によりHPという数値で表される力を手にいれる。
これを人間たちは「体力」と呼んでいるが、正確には「健康体維持力」という。
例えば怪我をすると、その受けたダメージの半分ぐらいはHPで
もっと具体的に例を挙げれば、100ダメージを受けて剣の斬撃で腕が切り落とされたとする。
しかし、HPが50消費される代わりに50ダメージとなり、刃が途中でとまり腕が斬り落とされないですむ。
実際はそれほど単純ではないが、ともかくHPを消費することで実際の肉体のダメージを減らすことができる。
また、意図的にHPを使って肉体のダメージを減らしたり、回復することもできる。
先ほどの例で言えば、HPを100減らせば腕はまったく斬られず、肉体的にはダメージがないことになる。
半分、腕を斬られた状態からでも、「HPを使用する」と念じれば腕を完治させることも可能である。
逆にこれを行わないと、腕を半分斬られるような大きな怪我の場合は、継続ダメージとして、傷の具合によりHPが自動的に消費されていく。
その間は肉体の傷が酷くなっていくことはないが、腕が使えない上に、痛みとも戦わなくてはならなくなる。
だから普通、HPが残っている間は、HPを意図的に消費して大きな傷を修復し、小さな傷は放置する。
小さな傷を治さないのは、HPをやたらと消費するわけにはいかないからである。
なぜならHPが0になると、どんな健康的な肉体を維持していようと死んでしまうのだ。
「――【グラビティ・スタンプ】!」
ディアイオロスは、8回目の【グラビティ・スタンプ】を喰らう。
全身がミシミシと軋み、激しい痛みに包まれる。
だが、この痛みにも慣れてはきた。
それにもうすぐ、この相手の一方的な攻撃も終わるはずである。
(だが残念残念。我がHPは、まだ半分ほど残っている。あと、2~3回の【グラビティ・スタンプ】では削りきれまい)
そもそも敵の中には、ディアイオロスとレベル差が大きい者もいるのだろう。
与えてくるダメージは、個々でかなりの差があった。
もちろんレベル差を何とかするために、人間たちもいろいろと工夫を凝らしている。
例えば、ディアイオロスは雷属性のため、効果が高い土属性の精霊魔術スキルを重ねてきている。
同属性の魔術スキルを連続して使うと、対象にその属性が付与される。
今、ディアイオロスには土属性が付与されている状態なのだ。
そして付与されている属性と、同じ属性の精霊魔術スキルは
また、あらゆる
さらにとどめは、
この効果は防御行動がとりにくくなるというもので、結果的に
レベル補正はあるものの、クリティカルが発生すれば、物理攻撃も魔術攻撃も防御力が計算されないため、まともにダメージを喰らってしまう。
さらに
おかげでレベル差がある者の攻撃でも、しっかりとダメージとして入ってしまう事が多々あった。
(それでもそれでも、届かぬ届かぬ……にひひひ)
耐えに耐えて、とうとう9回目の【グラビティ・スタンプ】の終わりが見えた。
ディアイオロスの予想では、せいぜい多くても10回が限度。
指折り数えることはできないが、あふれんばかりの待ち遠しさに魂の核が破裂するのではないかとさえ感じてしまう。
(やはりやはり、貴様が最後か……)
順番を忘れないようにするためか、先ほどから【グラビティ・スタンプ】を使用する者たちは、順番に同じ場所――ディアイオロスの正面――に立っていた。
その場所に今、あのリーダーらしき男が立っている。
(こやつの攻撃は、他の者と一線を画す。かなりかなりの高レベル……)
この男の攻撃は、片手剣をひたすら投げつけるものだった。
しかも1回投げられた片手剣は、ダメージを与えてきたあとに全て破損して失われている。
それは強い攻撃の代償なのだろう。
他の者の攻撃とは違って、この攻撃にはHPを使用しなければならないダメージがある。
HPをすぐさま消費しなければ、腕が千切られたり体にいくつも穴を開けられてしまったりしたかもしれない。
なんとも憎らしいことだ。
だから、ディアイオロスは心に決めていた。
まず最初に殺すのは、この
いやいや待て待て。こいつを残しておいて他の者を全て殺した方が、楽しい反応が見られるかもしれない。
いずれにしても、血祭りにすることには変わらない。
その想いをぶつけるように、ディアイオロスは男を睨んだ。
まるで呼応するように、目の前の男は片手をあげて掌をこちらに向けた。
「――【グラビティ・スタンプ】」
スキルのイメージを強めるためか、そんなポーズを取った男が10回目の重力縛りを浴びせてきた。
だがディアイオロスは、縛りがこれで終わりだと確信した。
なにしろ男は【グラビティ・スタンプ】を使ったのにも関わらず、その場から動いていない。
つまり交代すべき、次に【グラビティ・スタンプ】を放つ者が他にいないからだ。
それに「【グラビティ・スタンプ】」と唱える声も、他の者のように張りがない。
静かに、終わりを告げるかのように淡々と響かせていた。
(予想ぴったりとは、楽しい楽しい……)
とうとう裁きの刻が訪れる。
つまらないハズレ仕事かと思いきや、高揚感で口角がこれ以上はないほど上がってしまう。
この世界で好き勝手に過ごしてよいという対価も楽しめそうだと思ったが、それよりも今、この瞬間の方が楽しいかもしれない。
(あと10……)
刻を数える習慣の失われたディアイオロスが、人と同じように時間を数える。
20秒とはどのぐらいの間かということも忘れていたが、さすがにこれだけ20秒続くスキルを喰らい続ければ、感覚も掴めるというもの。
(あと……んっ!?)
だが、あと残り5秒程度になって、根詰まりでも起こしたように感情の高ぶりがとまった。
それどころかほんの1秒程度で急激に心が冷たくなる。
原因は、目の前の男。
男が剣を投げてくるのをやめて、すーっと腕を上げると、また掌をこちらに向けてきたからだ。
(……はぁ?? )
まさかと嫌な想像が思い浮かぶ。
しかし、それはできないとわかっていた。
いや、ありえないはずだ。
なのに、なぜこれほどまでに心が掻き乱されるのか。
(いやいや、まさかまさか……8時間に1回のはず……)
しかし残り3秒ほどになってから男の口が動く。
「――【グラビティ・スタンプ】」
できないはずのこと、ありえないはずのことがおきた。
すべての常識をハズレることがおきた。
ディアイオロスに、11回目の重力が降りそそいだのである。
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