第87話:作戦と鬨の声

 ――悪魔ディアイオロスとの戦闘開始1時間前。


岌岌きゅうきゅうたるでんいっせんじんらいに耳をおおいとまあらず!」


 雌雄は【天界十英傑の剣】の一振り【機先剣ファストック】を抜き身で前方に構えたまま、そう唱えた。

 そして、そのまま腰に下げていた鞘に戻す。

 鞘に完全に納刀される瞬間、剣は「キンッ」と高めの澄んだ音を合図のように鳴いた。


「なるほど。それで準備は完了ですか?」


 ロストがそう尋ねると、雌雄はコクリとうなずいた。


「はい。詳細説明も確認しましたが、これで敵がわたくしを対象に含む敵対行為を仕掛けた時に、わたくしが剣術スキルを発動してから抜刀することで、ユニーク武器スキル【星行電征せいこうでんせい】が成立します」


 いくつかの★5のユニーク武器では、通常の武器ステータスの説明とは別に、複雑な条件の武器スキルや武器の能力に関して、専用の詳細説明が追加で用意されている。

 その詳細説明は、その武器をある一定時間所持していると、その所持者の脳内に直接伝達させる仕組みになっており、他に開示できないようになっていた。


「1度しか試していませんが、まるで時間を遡るような不思議な感覚で……」


「なるほど。WSD時代にはできなかった芸当ですね。さすが腐っても神様。時空や因果まで曲げますか。自分の失敗は巻き戻せないくせに」


「ふふふ。まあ、『じゅうは咎めず』ですよ。……ちなみに、単に鞘から抜いてしまうだけでも、スキルが発動したことになってしまいます。例えばここで抜いてしまうと、条件が整わず失敗して終わってしまいます。再使用まで1時間必要となります」


「使い方によっては強力なスキルなだけあって、条件は厳しめですね。しかし、あなたなら大丈夫でしょう。初手はあなたの動きにかかっているので、よろしくお願いします」


「承知いたしました。それではその作戦、ぜひお聞かせください」


 ロストは、コクリとうなずく。

 作戦の説明をする前に、雌雄に【機先剣ファストック】の準備をしておいて欲しいと頼んでしいたのだ。

 ユニーク武器スキル【星行電征せいこうでんせい】は鞘にしまった時点で「使用した」とみなされる。

 つまり、今から1時間後には、すぐに再使用できる。

 必要になるかはわからないが、これもまた念のための策である。


「では、皆さん。作戦を説明します」


 そしてロストは、不安を浮かべる全員を集めて、まずはザックリとした作戦の流れを一通り説明した。

 作戦と呼べるかも怪しいような、大胆な内容。

 ロスト自身、話しながら不安がなかったわけではない。

 しかし、それを顔に出さないようにしながら、むしろ自信を見せるかのように説明を続けた。


「――と、いう作戦です」


 大理石の廊下に座りこむメンバーの様子は、思った通りに様々な反応を返していた。


「そんな馬鹿なことが……」

「勝つには確かに……」

「無理だろう……」

「そもそも足りるのか!?」


 簡単に同意できないことはわかっていた。

 ロストとて、この成功率はまだわからない。

 作戦を実行するには、確認しなければならないことがあるからだ。


「これは要するにあれよね? 『ずっと俺のターン作戦』ってやつ?」


 レアの言葉に、ロストは笑いながら応じる。


「ええ。他の言い方をすれば、『スタンはめ』と呼ばれるやつです」


「なるほどね。成功すれば安全だけど、普通のスタン系スキルだったらたかがしれている。つまり要となるのは【グラビティ・スタンプ】だけど、使えるのは何人?」


 レアの理解はやはり早い。

 【グラビティ・スタンプ】は、スペシャル系のため対人戦には使えないが、大ダメージを与えた上に、20秒間一方的に攻撃できる優秀なスキルだ。

 とは言え、6種類あるスペシャル系スキルの中には、他にも優秀なスキルが揃っている。

 現状、24人がいる中で、単純に6種類で割れば4人程度しか持っていないことになる。

 しかし、今回のメンバーの組み合わせは幸いだった。


 ロストのパーティーでは、ロストのみ。

 雌雄の【鳳凰の翼】では、御影のみ。

 TKGのパーティでは、2名。

 そして、ダンジョン・サバイバーは全員、つまり6名とも【グラビティ・スタンプ】の使い手であった。


「おおよぉ~。そのスタンはめ戦法は、我々の得意とするところでござるからのぉ~」


 ダンジョン・サバイバーのリーダーである【味付けのり】が、自慢げに胸を張る。

 黒子のベールで表情は見えないが、忍者装束の肩を揺らしながら「ふっふっふっ」と笑っている。

 あらゆるダンジョンにもぐることが信条の彼らにとって、ほとんどの敵に効果があるスタンはめはなくてはならない戦法であることは、ロストも知っていた。


「ええ。だからこそ、この作戦を思いついたとも言えます」


「つまりぃ~、これは我らの功績ということかいなぁ~?」


「ええ、まさに。おかげで10回分、つまり約200秒、1秒重複させて使用することを考えてもだいたい180秒程度の時間を得ることができました」


「じゃがのぉ~。問題は、その時間で斃すのは不可能だということでござろうのぉ~」


「はい。そこで皆さんにも予想して欲しいのです。あの悪魔を斃すのに、どのぐらいのスタン時間が必要であるかを」


 全員がDPS(ダメージ・パー・セコンド=1秒間に与えることができるダメージ量)を予測を始める。

 敵の体力概算、自分たちの火力、その火力がどの程度のダメージとなるか。

 敵の防御力、自分たちの強化度合い、スキルの再利用可能時間、多くのことを考えなければならない。


 これこそが最も大事なことであるのと同時に、たとえトップクラスのハイランカーでも難しい予測でもある。

 ロストとして予測は立ててみたが、やはり自信があるわけではないのだ。

 だから意見を求めてみたのだが、メンバーの多くが悩んでいるものの答えがなかなか出せないでいた。


「5分……かのぉ」

「5分ぐらいですね」


 そんな中、しばらくすると答えるものが出た。

 流石と言うべきか、最初に答えたのは、味付けのりとラキナであった。

 しかも、ほぼ同時である。


「私も5分程度だと思います」


「ええ。そうですね。わたくしも5分が目安と考えます」


 続いたのは、なんとフォルチュナと雌雄だった。

 雌雄はまだしも、フォルチュナもその数値に辿りついたことに、ロストは内心で非常に驚いた。


 確かにここ最近、彼女の成長は目覚ましいものがあった。

 命の危機を感じる戦いから、多くの訓練、そしてハイレベルな者たちとの戦いを体験、そしてもちろん彼女自身の努力によって、彼女の能力は大きく開花したと言えるだろう。

 それに、もともと彼女は情報の整理が得意である。

 それが戦闘に対しても才覚となって現れたのかもしれない。


 思わず、ロストはフォルチュナに向かって微笑してしまう。


「なっ、なんですか、ロストさん。その子供の成長を喜ぶ父親みたいな顔は!」


 珍しく少し怒るフォルチュナに、ロストはちょっと慌ててしまう。


「いえいえ。そういうわけでは……。でも、仲間の成長は嬉しいのですよ。すごいですね、フォルチュナさん」


「も、もう! からかわないでください……」


 ぷいっとそっぽを向かれてしまう。

 ロストとしてはからかったわけではないし、フォルチュナも本気で怒っているわけでもなさそうなので、この話はここまで。

 ロストは本題に入る。


「それでは必要なのは、5分。つまり300秒程度と考えます。その場合、必要な【グラビティ・スタンプ】の回数は、15回。1秒の重ねがけをしたとして、大目に見て17回程度は必要になります。つまり、あと7回分が必要。もちろん、これは概算による数値ですから、ある意味で賭けになるでしょう」


「いやいや、賭けにもならんやろう。この賭けにベットするためには、ロストはんが言うたとおり【グラビティ・スタンプ】が使えるもんが、あと7人も必要ということや。そんなの、どこから調達するねん!」


「調達はできません。なので、その7人分の140秒は、僕が1人で担当しましょう」


「はいっ!?」


 鴉の目玉が大きく見開く。


「ロ、ロストはん、あんさん何言って……って、まさか今度は、高レベルにもスタンかけられるハズレスキルをいろいろともっとるとか、そういう話か!?」


「まあ、少し違いますが、概ねそんな感じですね。細かい説明は省きますが、140秒ならばギリギリ稼げます」


 一瞬で全体がざわつく。

 さすがにそのインパクトは大きかったのだろう。

 なにしろ自分1人で敵を2分以上もの間、敵を行動不能にしておけるのだ。

 これはさすがに反則技に思われても仕方がない。


「マジかいな……。そんなのもはや、チートやん!」


「ですね。もちろんズルをしたわけではなく、普通にスキルを使っているだけですが、僕もさすがにひどいと思います。ですから実験以外、ゲームの攻略で使ったことはありません。が、今の世界において、チートだとか関係ないでしょう。やれることは、すべてやるべきです」


「そ、そうやな……」


 TKGがうなずくのと一緒に、メンバー達も納得したのかざわめきが収まった。

 今は生き残ることだけを考えるべきである。


「だから皆さんは、今から30分以内にもっとも効率よくDPSをだせる技の組み立てを行ってください。相手がスタン状態である以上、攻撃は単なる作業です。みなさんがどれだけ効率的に動けるかが、勝負の鍵となります」


 最高効率での攻め。

 これはまさに、タイムアタックを得意とする【鳳凰の翼】のメンバーの得意とするジャンルだろう。


 ロストがそう思いながら雌雄を見ると、雌雄がまるでその意図を汲んだようにかるくうなずき返す。


 本当に、この男は頼りになる。

 雌雄のことをレアから聞いたとき、ロストは彼のことをできるかぎり調べていた。

 性格、嗜好、能力……どれをとっても、今の【ドミネート】に絶対に欲しい人材であった。

 だからこそ、【鳳凰の翼】との戦闘では、面倒でもいろいろと策を巡らせたのだ。


(領土が急激に広がった今、とにかく欲しいのはまず人材。とくに僕のサブとして動いてくれる人物。僕だけではどうにもなりませんからね)


 たぶん、雌雄もそのことにはすでに気がついているのだろう。

 自分に期待をかけられていると。

 そして彼は、いろいろとわかった上で積極的に協力してくれている。


「組み立てが終わったら、リハーサルをします。誰かがミスすれば、それで全員死ぬかもしれない綱渡りです。いえ、失敗しなくても計算外があれば、それで僕たちの負けです。相手のレベルと未知の存在ということを考えれば、危険な賭けですが勝ち筋はこれ以外にありません。みなさんの命、預からせてください!」


 ロストは深々と頭をさげる。

 それは策とかではなく、真摯なる想い。


「任せなさい!」


 レアの気合の入った一言をきっかけに、ときの声が廊下中に響きわたった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る