第86話:変化と拘束
「――【サンダー・テンペスト】!」
ディアイオロスは、得意の雷魔術スキルを使用した。
本来ならば、発動までに時間がかかる魔術スキルだが、悪魔ディアイオロスは独自のスキルで発動を劇的に早めることができる。
だから、効果はすぐさま発現し、縦横無尽に走る雷光が弱き人間たちを焦がし尽くすはずだった。
だが、その認識はまちがっていた。
否。
感覚で言えば、書き換えられていた。
「――機先!」
スキル名を唱える前に、黒いマントを着けた男がそう言っていた。
その言葉に何の意味があるか、ディアイオロスにはわからない。
しかし、あの離れた位置にいる男が何をしようが、もう手遅れだ。
次の刹那には、周囲はまばゆい光に呑みこまれるはずであった。
ところがだ。
気がつけば、マントの男は自分の目の前にいた。
しかも、いつ抜いたかもわからない剣先をディアイオロスの腹部に突きつけていたのだ。
「【ショック・ウェーブ】……」
男が己が胸を突いた瞬間、そう呟いた気がした。
いや、もしかしたら同時だったのかもしれない。
いやいや、もっと前だっただろうか。
わからない。
現状を理解できない。
ディアイオロスは、スキルを発動しようとしてから、たまゆらの時間感覚が狂ってしまっていた。
気がつけば、身体をくの字にされた上、背後に数歩分ほどノックバックされていた。
しかも、呻き声さえだせないほどの衝撃を受けている。
(こ、これは……
ダメージはほぼないが、一切の身動きがとれない。
スタンは、レベル差があっても効果を発揮するので仕方がない。
だが、それも数秒のことだろう。
このぐらいならば、戦況に大きな影響はないはずだ。
それよりも気になるのは、なぜ自分の魔術スキルが発動しなかったかだ。
いいや。
正確には、魔術スキルの発動前に間にあうはずのない敵の剣先が自分に届いていたのかである。
(私の魔術スキルが発動したはず……。まるでそれがなかったかのように、奴のスキルが先に発動していた……)
何かがおかしい。
しかし、それはあとで考えるとしよう。
まずは目の前の雑魚どもを一掃するところからである。
(よしよし! スタンから回復し――)
顔をあげた途端、目の前にいたのは黒マントの男と同時に走りよってきていた金色の鎧の女。
「――【シールド・スマッシュ】!」
その女に、大きめの盾で横殴りにされる。
また、呻き声もだせずに数歩、後ずさりさせられる。
(――またもやスタン!)
これもまたダメージは大したことないが、やはりまた動けない。
ディアイオロスは、そこでやっと気がつく。
(先制をとりながら、なぜと思ったが時間稼ぎか! しかししかし、なにを……)
スタン中でも、今度はなんとか正面を見すえることができた。
愚かどもが10秒に満たない時間稼ぎをして、いったい何をするつもりなのか。
そう思っていたディアイオロスの目に飛びこんできたのは、3つのドーム状をした光の障壁だった。
(あれは、【フルシールド・サンクチュアリ】……小癪小癪っ!)
――――――――――――――――――――――――――レア度:★―――――
【フルシールド・サンクチュアリ】/標準取得
必要SP:0/発動時間:0/使用間隔:28800/効果時間:60
消費MP:0/属性:なし/威力:0
説明:半径5メートルの半球型保護膜を張り、敵の侵入、及びあらゆる外部からの攻撃を防ぐことができる。ただし、内部から外部へダメージを与える攻撃もおこなえない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
3つが横並びになった白色の光を放つ【フルシールド・サンクチュアリ】の中には、1パーティよりも多くの人間が入りこんでいる。
たぶん、4パーティ分を詰めこんでいるのだろう。
見れば、金鎧の女もすでにその中に退避していた。
そしてその安全な場所から、ディアイオロスに向かって弱体魔術スキルが次々と放たれている。
魔術封殺、魔術防御力低下、物理防御力低下、体力低下、速度低下、被クリティカル率アップ、麻痺、毒……。
8時間に1度しか使えないスペシャル系スキル【フルシールド・サンクチュアリ】は、その中から攻撃することはできない。
ただし直接、ダメージを与えない弱体系の魔術スキルならば、内部から外部へ放つことができてしまう。
重ねられるように、ディアイオロスの身に降りそそがれる不快な波動。
しかも、こちらはからは何も手出しができないという不条理さ。
(このように思い通りにならぬことが腹立たしいとは……楽しい楽しい!)
ディアイオロスとて、いくつかは
が、それでも複数人で同じ弱体魔術スキルを何度もかけてきては、運悪く
(しかし、まさかまさか【マジック・ジャミング】が効いてしまうとは……)
魔術封殺スキル【マジック・ジャミング】を初っ端に喰らったのは、ディアイオロスにとって手痛い誤算だった。
そのスキルのせいで魔術スキルが使えなくなり、攻撃はもとより、強化や防御、回復の術が使えなくなってしまっている。
本来ならば、【マジック・ジャミング】は強力が故に、
これほど離れたレベルの者から、喰らうことはまずない。
だが実際、敵は一発で【マジック・ジャミング】を決めてきた。
(なるほどなるほど……。少なくとも1人、【アブソリュート・オラクル】を使って……)
――――――――――――――――――――――――――レア度:★―――――
【アブソリュート・オラクル】/標準取得
必要SP:0/発動時間:0/使用間隔:28800/効果時間:30
消費MP:0/属性:なし/威力:0
説明:効果時間内に唱えた魔術スキルは、絶対に標的からレジストされなくなる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これもまた、8時間に1回しか使えないスペシャル系スキルだ。
1人1つしか覚えられないスペシャル系スキルは、どれもレベル差というものが一切考慮されず効果が発揮される強力なスキルだ。
これだけのレベル差がある、この戦いならば確かにスペシャル系に頼るのは正解だろう。
(しかし、このあとどうするというのか。いくらか私の防御力を下げたところで、わが一撃は……)
そこまで考えて、ディアイオロスはふと違和感を抱く。
先ほどから、こちらがなにもできないことをいいことに、敵は一方的に防御をさげるデバフ効果を浴びせてきている。
さらに、自分たちに対しても攻撃力アップ等のスキルを使用している。
それは、あまりにも偏っている。
(そうだそうだ……なぜ……なぜ、私の攻撃力を下げてこない?)
敵にとって一番恐ろしいのは、ディアイオロスの攻撃力のはずだ。
その力は、一撃でパーティを壊滅させる力をもっている。
だからこそ、ディアイオロスが魔術スキルを発動する前に止めようと、黒いマントの男と金の鎧の女が飛びこんできたのではないのか。
それなのに、なぜそのもっとも驚異となる攻撃力を下げず、防御力を下げたり行動阻害を目的としたスキルばかり使ってくるのか。
それに自分たちにかけているスキルも、攻撃力が上がるものばかりで、防御系のスキルを使っている様子がうかがえない。
(これはどういう……)
ディアイオロスはそんなことを考えながらも、【フルシールド・サンクチュアリ】の方に近寄っていった。
そしてギラリと全体を睨めつける。
目の前の弱き者たちは、確実に何か企んでいる。
それがなにかはわからない。
しかし、それがなんであれ、力でねじ伏せればいいだけだ。
なにしろ、今は一方的にデバフ系魔術を浴びさせられているが、【フルシールド・サンクチュアリ】には時間制限がある。
効果が切れた途端、その場にいる愚かどもを一気に薙ぎはらってやればいい。
「にひひひひ。好き勝手やってくれる。もう少し遊んでからと思ったが、一方的にやられているだけなのはつまらんつまらん。私も力をすべて出しきれる姿になるとしようか」
そう言うと、瞬きひとつの間に黒い靄がディアイオロスを包んだ。
悪魔は本来、形が不定形だ。
ただし、こちらの世界に顕現するときに、宿となる体が必要となる。
召喚時に体となる媒体が用意されていれば、それに受肉することもある。
しかし、受肉する体が用意されていない場合、その体は新規に形成される。
新規形成される体は、悪魔自身に望む姿があれば、その姿となる。
ところが、多くの悪魔は望む姿などもっていない。
自分たちの世界ならば、どんな姿にでもなれる彼らにとって、今さら「なりたい自分」などないのだ。
では、望む姿がなければどうなるかと言えば、召喚主のイメージや媒介、その他諸々の影響を受けて体が自然に形成される。
ちなみに今のディアイオロスの姿である、「角のある老紳士」というのも、召喚主のイメージから来ているようだった。
ディアイオロス自身、この姿は悪くないと思っている。
自分では、絶対にセレクトしない見た目。
だからこそ、よい。
しかし、この体では困ることがある。
【
だからディアイオロスは、姿を変えることとする。
現世で受肉した悪魔による、一時的な身体変化。
人間たちは、これを「第二形態」「最終形態」「真の姿」などと好き勝手に呼ぶが、どれも実際とは異なる。
これは単に力の放出を効率よくするため、イメージを広げて肉体として具現化するだけだ。
敵を萎縮させ、一撃で殲滅できる恐怖を象徴するかのような姿。
それはその時々のイメージの仕方によって変わったものとなる。
「にひひひひひひひひ!!」
巨大なライオンのような口で、雄叫びのように笑って見せる。
全身を赤黒い肌に包まれた身長は、7~8メートル近くはあるだろう。
トカゲのような尻尾は長く太く、一振りで10人ほどはなぎ払える。
体もトカゲのようだが、脚はカバのように太い。
対して腕は人のものに近いが、異様に長く床に届いている。
石畳の床をつかむように突き立てている、黒光りする爪も、1本で人間を2人ほど串刺しにできそうなぐらい長い。
ディアイオロスにとって、この場に適したイメージはこの形だった。
獅子がウサギを狩るように、巨大な竜がアリを踏み潰すかのように。
「さあさあ。その光の壁がなくなったときが貴様達の最後最後。はたき、串刺し、斬り裂いて殺してやろうぞ!」
獅子の頭を長細く変形させたような顔には、縦に3つずつ並ぶ6つの目が並んでいる。
その眼球をバラバラにギョロギョロと動かして、視線で獲物を捕らえる。
そして無駄だとはわかっているが、威嚇としてその爪や尻尾で、【フルシールド・サンクチュアリ】を叩いてみせる。
確かに大量にかけられた弱体スキルで、防御能力は数レベルは下げられている。
しかし、この邪魔な光の壁が失われれば、繰りだしているどの一撃でも、目の前の一集団ならば瞬殺する攻撃力がある。
きっとその瞬間も、あと少しだ。
だからディアイオロスは、また油断してしまったのかもしれない。
いや。好き勝手に人間たちにやられたせいで、実のところ冷静ではなかったのかもしれない。
「――【グラビティ・スタンプ】!」
その声は、ディアイオロスがギラギラとした目で見張っていた3つ光のドームとは、まったく関係ないところから聞こえてきた。
それどころか、誰もいないはずの彼の背後から聞こえてきたのだ。
「――!?」
だが、ふりむいて声の主を確認することなどできなかった。
突如、全身に見えない圧力が重くのしかかってくる。
身動きどころか立っているのもままならず、その場で片膝をつき、両手も床について巨体を支えるのがやっとだ。
指一本、動かすことができない。
そして思いがけぬ大ダメージまではいる。
(くっ……。【グラビティ・スタンプ】……ということは、またもやまたもや
――――――――――――――――――――――――――レア度:★―――――
【グラビティ・スタンプ】/標準取得
必要SP:0/発動時間:1/使用間隔:288000/効果時間:20
消費MP:0/属性:なし/威力:500
説明:敵に対して強力な重力場を発生させ、防御力無視の物理ダメージと共に敵をスタン状態にする。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
人間たちとて、【フルシールド・サンクチュアリ】から出てくるところをディアイオロスが狙うことはわかっていた。
だから、黒マントの男のスタン攻撃の後、最初から1人だけ【フルシールド・サンクチュアリ】に入らず、【ステルス・インビジブル】等の姿を隠すスキルで身を隠していたのだろう。
そしてディアイオロスが【フルシールド・サンクチュアリ】に気をとられているところを同じくスペシャル系スキルである【グラビティ・スタンプ】を背後から決める。
(なんと大胆大――ぐはっ!)
そこに次々と攻撃が浴びせられる。
今まで【フルシールド・サンクチュアリ】にいた者たちが、一斉に飛びだしたのだ。
「――制覇せよ、【光断ちのクリスタリア】!」
「――【インバーテッド・マウンテン】!」
「――【アース・アロー Lv.3】!」
まずは巨大な光の刃が体を貫いた。
さらに巨大な山が逆さまに降ってきたり、大量の石つぶてが襲ってきたりする。
「――【バースト・スマッシュ】!」
「――【ダンシング・ブレード】!」
「――【アトミック・バースト】!」
さらに武器による物理攻撃も一斉に浴びせられる。
肌が斬り裂かれ、肉を抉られ、骨にまで響くほど殴打される。
多くの傷は大したことはないため放置をする。
だか、大きな損傷を受けたところは、HPを消費することで回復しなくてはならない。
無論、HPが0になれば死んでしまうが、まだまだ余裕はあるだろう。
(しかし、スタン中の一斉攻撃……まさかまさか……)
【グラビティ・スタンプ】のスタン効果時間は20秒。
その20秒が終わる直後、ディアイオロスの予想通りの事が行われる。
「――【グラビティ・スタンプ】!」
激しい痛みと再びかかる圧力。
まさに絶妙のタイミング。
(まさかまさか、スタン中に私のHPを削るつもりか……)
スタンしている間に一方的に攻撃。
戦略的にはありえるだろう。
それならば、こちらの防御力を削ることと、自分たちの攻撃力を上げることだけに特化したこともうなずける。
(……だが、あまいあまい。一か八かが過ぎるぞ、愚か者ども!)
今、使用されているスタンさせるための【グラビティ・スタンプ】は、スペシャル系スキルだ。
人間たちが使えるスペシャル系スキルは全部で6種類あるが、1人が覚えられるのはそのうちのどれか1つだけである。
4パーティー、すなわち24人のうち、何人がもっているのかわからないが、せいぜい10人前後ではないだろうか。
もし10人だとすれば、200秒。
今の減り方を見ても、この間に体力を削りきることなど不可能に等しい。
(面白い! 【グラビティ・スタンプ】が打ち止めになった時、そこからが本当の勝負というわけか。にひひひひひ……)
ディアイオロスは、苛立ちながらもひたすら攻撃に耐え続けた。
人間たちがスタン状態が維持できなくなったときのことを考えると、この状態さえも彼にとって愉楽となっていたのである。
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