第17話 伝えられない相手を探して

2019年12月


虹丸は本当にいたのだろうか……ヨーグルトだらけのテルテル坊主の臨終に似た言葉が耳を掠める。


『オレ、マダナニモシテナイノニ、イイノカ、カネモラッテモ』


良いのだ。あの時点で、虹丸との未来はないと私の心が囁いたのだから……サヨナラ、最早テルテル坊主に戻ってしまった可愛い黒子の虹丸……汚れたティッシュ……


お隣のA姉ぇは本当にいたのだろうか……私の高校卒業間近で、A姉ぇ一家が引っ越して途切れた関係。


『ミイチャンニモオナジコトヲシタインデショ……』


A姉ぇの口癖。もう過去の繋がりさえないのだから、サヨナラ。二度と……合わないはずの……初めての女……


あれからどのくらいの年月が過ぎただろうか……

弥砂羽の子が大学を卒業する。


本当にいたのだろうか……私の記憶の中の彼らは……

町は未だにテルテル坊主が溢れている。彼らは此の空の下の何処かで寝起きして、呼吸して、悩んだり笑ったり、感情を持った生活する者として実在するのだろうか……マンダリンポルシェはPCゲームに負けてとっくに廃業し、ネットカフェになった。あの頃に私と関わった人たちは何処にもいない。


弥砂羽……夭逝した従姉……


『みいちゃんが悪い子だからかと思った……』


家族を失ったことに怯え震えて泣いていた弥砂羽……


弥砂羽……弥砂羽……

今の時代はスマホがあってラインができるよ、弥砂羽。


懐かしいはずの名前を唄のように口遊んでみる。けれども其の名前は過去の風のように実体のない幻となって、最早、胸の木立をざわめかせることはない。私の毒牙が弥砂羽の首筋を噛むことは、生涯一度たりともなかった。いくらでもチャンスはあったのに、私のプライドは、私に立場を踏み越えさせることを許さなかった。


時が経つとはこのようなことだろうか。私は弥砂羽から貰った聖書を片手に売れない文学をやり、還暦を過ぎても未だに独り身で、足腰は軋むが心はもう何処も痛まない。切なさの時は駆け足で過ぎ去った。神の憐れみに守られて……


そして、私は此のまま惚けて、いつか徘徊するようになり、見知らぬ町と成り果てた未来の此処で、木刀担いだ金髪弥砂羽をあの頃のように探し回るのかもしれない……愛していると伝えられないまま、昼も夜もずっと名前を呼び続けて……







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ポルノアルデヒド 藤森馨髏(フジモリケイロ) @hujimori-keiro

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