おまけ

トクソウホンブ

 二ヶ月半前に起きた殺人事件と似た手口で新たな被害者が出た。

 世間では連続通り魔殺人かと色めき立っている。

 まだ犯人の目星も付いていなかった特捜本部でも連続殺人事件として帳場ちょうばを立て直した。


「あらためて確認する。一人目の被害者ガイシャは水沢翔太、三十二歳。犯行日は本年八月二十五日、死亡推定時刻は前夜の二十三時から二時のあいだ。独りもんで建築資材の販売会社に勤務。営業担当だ」


 県警本部、捜査一課の飯田課長が前面に置かれたホワイトボードの写真を指し示しながらダミ声を張り上げる。


「そして昨夜、榎木町で発見された遺体ホトケは坂本一樹、二十六歳。死亡推定時刻は零時から三時。コンビニのアルバイト店員、こちらも独身だ。両名とも似た手口で殺害されている。鑑識!」


 大声で指をさされた一団の中から、鑑識課の添田係長が立ち上がった。


「最初の被害者は左胸を正面から鋭利な刃物で刺されています。凶器は刃渡り十五センチほどの幅の狭いものと思われます」


「はい」新たに増員されたとみられる年配の刑事が右手を挙げた。

 正面に座る飯田が黙ったまま振りかぶるように指をさす。


「果物ナイフのようなものと考えてよろしいでしょうか」

「はい。おそらくそのようなタイプのものと考えられます」


 立ったままだった添田が話を続ける。


「昨夜の被害所も同様に左胸を正面から刺されています。凶器も同じものと思われます。それと――」


 話を始めそうになった飯田を見て、添田が急いで言葉を継いだ。


「両件とも変わった特徴があります。凶器を引き抜く時に出血するはずなのですが、衣服の表面に板状の何かで血をこすったような跡があります」


 先程とは違う刑事が手を挙げた。


「返り血を何かでふき取ったということですか?」

「ふき取ったというよりも返り血を浴びないように何かで抑えたような印象です」


 質問した刑事の方へ体ごと向き直って答えた添田が腰を下ろした。

 再び飯田がダミ声をあげた。


「次、地取りじどり班!」

「はい! 一人目の被害者、水沢翔太は仙川町の居酒屋で同僚と二十二時まで一緒にいたことが分かっています。

 その後同僚と別れてからの足取りはつかめていません。自宅への経路から外れているため、一人で別の店へ飲みに行こうとして事件に遭遇したとみて聞き込みを続けていますが、目的となる店はまだ判明しておりません。

 これといった目撃情報はないのが現状です」


 管理官の長沼が机の上に乗せた手を組んだまま渋い顔を見せた。

 飯田が長沼の表情を気にしつつ報告を促した。


「昨日の被害者ガイシャの方は!」

「はい。坂本一樹は二十三時までバイトをしており、二十三時三十分にコンビニを出たことが確認されています。その後の足取りはつかめておりません。

 こちらも目撃情報は今のところ出て来ておりません」


鑑取りかんどりはどうなってる」


 長沼が初めて口を開いた。

 すぐに一人の刑事が立ち上がる。


「はっ! 水沢翔太は一人暮らしで会社での評判は良好です。怨恨や女性とのトラブルといった話は上がって来ていません。引き続き交友関係を調べるとともに、二人目の被害者である坂本一樹との接点も洗っていきます」


 それぞれの報告が終わったところで長沼が姿勢を正し、この会議室にいる職員を見渡した。


「本件は犯行の手口から連続殺人事件として捜査を行う。ただし、通り魔的な犯行の可能性は低い。二つ目の事件までの間隔が空き過ぎだ」


 長沼の話の途中に、一人の職員が飯田のもとへ書類を届けた。

 一礼して去っていく様子を長沼も目の端で確認し、話を続ける。


「引き続き被害者の交友関係を中心に洗い出しを行う。特に二人の接点、もしくは共通の知人を徹底的に洗うように」


 そこまで話すと目顔で飯田を促した。


「いま昨夜の被害者ガイシャの司法解剖結果が出た。死因は鑑識からの報告どおり、鋭利な刃物による失血死。そして傷口から透明な樹脂片が見つかったそうだ。報告は以上。それでは解散!」


 飯田のダミ声による号令とともに四十名ほどの職員が一斉に立ち上がった。

 途端にあちこちで言葉が飛び交い、一気に騒がしくなる。

 所轄の高橋が後輩の神崎と共に正面のホワイトボードへ歩み寄った。

 そこに書かれている情報をあらためて確認しながら首を捻る。


「どうした? 何か気になることがあるのか」


 高橋とコンビを組む、県警本部の井上が声をかけた。


「ええ、ちょっと」

「なんだ。言ってみろ」

被害者ガイシャはどちらも百七十を超える身長です。決して華奢な感じではありません。それを正面から左胸を刺すって……」

「管理官のいうとおり、おそらく顔見知りの犯行だな」


 井上の言葉にも納得しきれない表情を高橋は浮かべていた。

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危険なかおり 流々(るる) @ballgag

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