俺がチョコを貰えるわけがない……はずだった。

無月兄

第1話 俺がチョコを貰えるわけがない……はずだった

「今年もまたバレンタインの季節がやって来ました。ここ、○×デパートでは……」


 ――――ピッ


 テレビでチョコの特集を見るのはこれで何度目だろう。

 今日は二月十四日、世の中はバレンタイン一色だ。だけど俺には関係ないし興味もない。本当だぞ、本当だからな。


 普通に学校に行って、バレンタインとは何の関係もないバカ話で盛り上がる。今日もそんな、普段と何も変わらない一日になるはずだた。




 学校までの道すがら、女の子の待ち伏せにあうなんて事ももちろん無い。いつもと同じ登校風景だ。その後もいつもと同じように校門をくぐり、いつもと同じように教室に入り、いつもと同じように席に着く。

 いつもと違う何かに気付いたのは、その時だった。


「何だこりゃ?」


 机に教科書を入れようとして、既にその中に何かが鎮座している事に気付く。取り出してみると、それは奇麗な包装紙でラッピングされている小さな箱だった。まさか、まさかこれは――――


「――――っ!」


 次の瞬間、俺はその箱を隠すように鞄に入れると、あっという間に教室を飛び出した。後になって思えば、もっと周りに気を配るべきだっただろう。もしこんなものを誰かに見られたら、なんて言われるか分からない。


 と言うわけで、やってきたのは人気のない空き教室。そこで再び鞄から箱を取り出し、丁寧にラッピングを外していく。そして、その中身がついに姿を現した。


「――――チョコだ」


 中に入っていたのは、紛れもないチョコレート。しかもハート形で、その上どうやら手作りらしい。


 バレンタインのチョコ。今までのシチュエーションからある程度想像はしていたものの、いざ目にするまではどうしても信じられなかった。いや、本当は今だってまだ信じられない。


 もしかしたら、これは全部夢じゃないかとすら思った。こんなあり得ないアホな夢を見ているんじゃないかと。

 だが試しに頬っぺたをつねってみたら痛かった。どうやらこれは現実らしい。


 しかし俺は、この期に及んでまだこの現実を受け入れられないでいる。


「そうか、イタズラか。そうだよな、きっとそうに決まってる」


 これを仕掛けた犯人は、慌てふためく俺を見て笑っていたに違いない。まったく悪趣味な奴だ。


 しかし、手にしたチョコを見ながら改めて思う。

 さっきも言った通り、どうやらこれは手作りのようだ。さっき剥がしたラッピングも、そうとう手が込んでいた。果たしてただのイタズラで、これだけの手間を掛ける奴がどれだけいるだろうか?



 とするとこれは本命か?まさかそんなわけないと思うが、本命チョコなのか?


 いったい誰が?箱の中を更に見てみると、チョコの他に一枚のメッセージカードが入っていた。残念ながら差出人の名前は記されていなかったが、そこにはこう書かれていた。


『本命チョコです。もしよかったら、今日の放課後屋上まで来てください。二人だけで会いたいです』


 …………嘘だろ。


 しつこいようだが、この期に及んで俺は、どうしても、どうしても、どーしてもこの状況を受け入れられない。

 同じクラスに、こんな風に俺を想っている奴がいるなんて信じられない。だって、だって……


「この学校、男子校だぞ」










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇











 その日の放課後、俺は屋上へとやってきた。

 なにも、チョコをくれた相手と付き合おうってわけじゃない。だが相手が一体誰なのか、どういうつもりでこんなものを贈ってきたのか、それをどうしても確かめたかった。


 もしかしたら、全部手の込んだイタズラかもしれない。だがそれならそれでいい。思い切り笑われてやろうじゃないか。

 そう思って向かった屋上。そこには既に、俺を待っている奴がいた。


「まさか、チョコを贈ったのはお前なのか?」

「ああ。ビックリさせてごめんな。けど、それが俺の気持ちだ。言っとくけど、イタズラや冗談なんかじゃないからな」


 そいつは、クラスメイトの一人だった。時にバカなことを言い合って笑いあう、そんな友人だった。少し恥ずかしい言い方をすると、一番の親友だと思っている奴だった。


 だがもちろん、そこに恋愛なんて一切ない。少なくとも俺はそう思っていた。


「一応、ありがとうって言うべきなのか? だけど、どうして俺なんだよ」

「好きになったから。そんな答えじゃダメか。お前の真っすぐなところも、たまに優しいところも、笑うと実はかわいいところも、気が付けば好きになってたんだよ」


 そう答えるコイツの目に、一切の迷いはない。実を言うと、今の今までイタズラなんじゃないかという思いをずっと捨てきれずにいた。

 だけど、今のコイツを見て、本気なんだと確信する。


「けど男同士なんて、俺、すぐには受け止めきれねえよ」


 狼狽えながらなんとかそれだけを告げる。こんな形で告白してきたんだ。きっと、凄く緊張して不安だったに違いない。なのにこんな言葉しか返せない自分が悔しかった。

 なのにこいつは、それを聞いても一切落胆することなく、むしろ落ち着いた様子で言った。


「男同士か。多分、それがお前に惚れた一番の理由なんだろうな」

「お前、何言って————?」


 意味が分からない。男が好きだって言うなら、男子校であるここなら、それこそ俺でなくたって沢山いるだろう。

 だけどなぜだろう。それを聞いた瞬間、俺の中に今までにない緊張が走る。いや、本当はこの時、既にどこかで予想していたのかもしれない。この後、こいつが何を言うのかを。


「だってお前、本当は女の子だろ」

「なっ――――!?」


 驚きのあまり、つい口から高い声が漏れる。いつもやっている、少し作った低めの声でない、俺本来の声が。


「お前は好きな先輩を追いかけて、男装してうちの学校に入学した。違うか?」

「ど、どうしてそれを。俺の――私の最大の秘密を!」


 決定的な言葉に、もはや自分を取り繕うことができなかった。


 こいつの言っている通りだ。中学のころ大好きだった先輩と少しでもお近づきになりたくて、高校もその人と同じ学校にしようと決めていた。

 なのにその人の進学した先は男子校。それでも諦めきれなかったわたしは、男として入学することにした。


 長かった髪を切り、低い声を作り、胸――はそのままで問題なかった(泣)

 戸籍や中学の頃の資料など、諸々の工作に苦労した。参考資料として、『花ざかりの君たちへ』を読み漁った。


 そうして何とか入学したけれど、その頃先輩には、他校に通う彼女ができていた。私の苦労はいったい……


「ずっと、本当の自分を隠してきたんだろ。だけど、俺の前では本当の自分を見せていい。見せてほしい。ずっとそう思っていたんだ。こんなの、迷惑か?」


 そう言った彼の顔は、これまでで一番心細げにも見えた。実際、どんな答えが返って来るのか不安でたまらないんだろう。

 だけど――――


「迷惑なんかじゃない」


 私もまた、勇気を出して本心を告げる。それが、勇気を出して告白してくれた彼に対する、精いっぱいの誠意だと思ったから。


「先輩に彼女がいるって分かって、この学校にいる意味もなくなって、退学しようかなとも考えた。だけどそんな時、お前と一緒にバカやってると、楽しかったんだ」


 不思議だ。いざこうして声に出すと、今まで考えもしなかったことが、次々と言葉になっていく。


「気が付けば笑ってて、失恋の痛みなんていつの間にか忘れてて、もっとここにいたいって思うようになってた。全部、お前がいてくれたからだ」


 コイツは親友で、そこにあるのは男同士の友情。そう思っていた。

 だけど今なら分かる。俺は、私は、いつの間にかコイツに、こんな想いをいだいていたんだと。


「好きだって言ってくれて、凄くすごく嬉しい。こんな私でよければ、どうか付き合ってくれ!」


 ほとんど叫ぶように告げた返事。それを聞いた彼は、目を大きく見開いて驚き、それからとても幸せそうに笑った。


「お前、その告白の返事、男前すぎるだろ」

「えっ、そうか? ずっと男演じてきたから、いつの間にかこれが素になっていたのかも。うぅ……こんな女じゃ嫌か?」

「バカ、そんなわけあるかよ。好きに決まってるだろうが」

「――――っ!」


 気が付けば顔を真っ赤にして、それでも笑っている私がいた。








 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








「じゃあ、俺達が付き合ってるってのは、みんなには内緒でいいんだな?」

「ああ。俺が女だってバレたら、間違いなく退学だからな。危険に繋がるものは避さけといた方がいいだろ」


 屋上での告白を終え、一緒に廊下を歩く私達。いや、俺達。

 さっきも言った通り、俺が女だとバレるわけにはいかないから、付き合うにしても慎重にいこう。


 そう思いながら、帰るため靴箱までやって来る。そして自分の靴箱の扉を開けた瞬間、中からそれは転がり落ちて来た。


「――――チョコだ」


 床に転がったそれは、紛れもないチョコレートだった。しかもハート形で、その上どうやら手作りらしい。


 さらにそれには、メッセージカードが添えられていた。


『突然こんなものを贈ってゴメン。だけど俺、本気だから』


 これは、どう見ても本命チョコレート。しかも当然の如く、差出人は男のようだ。


「またかよぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 放課後の校舎に、俺の絶叫がこだました。

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