Don't cry

維 黎

watch over

 はっ!

 言っておくが俺はガキが嫌いだ。特に泣き声。

 耳障りな甲高い声で、ワーキャー、ワーキャー泣いたり喚いたりしやがるガキどもの声を聞くと、頭がおかしくなっちまいそうだ。

 無理やりにでも黙らせたくなっちまう。

 まぁ、実際のところ、あらゆる手段を使ってガキどもを始末――黙らせてきたがな。

 子供は、特に小さな子供は泣くことも仕事だ――なんぞ抜かしやがる阿呆あほうな連中がたまにいやがる。


 はっ!

 そういう奴らに限って、近所に幼稚園だの保育所だのを作るのは反対とかぬかしやがるんだ。何故か?

 うるさいからに決まってる。

 うっとしーからに決まってる。

 そうさ。ガキなんてうるさくてうっとーしー生き物なのさ。だから俺は嫌いなんだ。


 はっ!

 あいつ等には理屈が通用しない。

 思考的論理に沿った行動をしない。

 大人しく座って積み木遊びをしていたかと思うと、積み木片手に急に立ち上がり、大型テレビに向かっていくと唐突に投げつけたりしやがるんだ。


「何さらしとんじゃ、ぼけぇぇぇ!!!」


 と、もう少しで怒鳴り散らすとこだったぜ。あんときゃーよー。


 はっ!

 世の中にゃ、俺とまったく正反対のガキどもが好きって人間がいることは知ってるよ。

 よく子供たちは『未来の宝』だ――とかほざいてやがる。

 何が宝だ。俺に言わせりゃ、ピーピー、ピーピー壊れた防犯ブザーってなもんだぜ。

 

 はっ!

 自分も子供のころがあっただろ、子供には優しくしろよと俺を攻める奴もいたな。

 あったり前だろーが。いきなり大人で生まれてくる奴なんざいねーよ。ンなことが子供に優しくする理由になるかっつーの。

 


 何度でも言うが、俺はガキが嫌いだ。特に泣き声が憎悪に近しいほどに嫌いだ。

 だからあえて言おう。


「この世からガキどもを――ガキどもの泣き声をなくしてやるとっ!!!」





 一時間ほど遅くなるとあらかじめ事前報告をしていたとはいえ、遅れを取り戻すべく俺は身支度を急いでいた。

 ガシャン! というどのロッカーでも代わり映えのしない音が響く。

 目線より少し下あたり、自分の名が印字された名札が差し込まれたロッカーに今まで着ていたカジュアルな私服入れて、さらにラフな格好へと着替えた。

 今の俺の服装と言えば、動きやすさ重視のストレッチパンツにTシャツ、その上からをひっかけたというだけの、ファッション? それおいしいの? 的な格好だった。 

 

 更衣室を出ていくつかの角を曲がり、自分の職場せんじょうとなる一室に入る――前にマスクをし、消毒薬で入念に手を除菌する。その様はまるで――


(――手術前の医者だな)


 ふと、取り留めもないことを思って自虐的に笑う。

 室内がよく見える大きな窓のついた扉を開けて部屋の中へと入る。


(――ガキども……)


 目の前には何がおかしいのか、キャッキャ、キャッキャと騒ぐ小さな子供たちの集団。

 しかし、こいつらはちょっとしたことですぐ、あの耳障りな泣き声を発しやがる。

 ちょうど、バランスを崩してぽてんと座り込み、手にしたおもちゃが放りだされたあのガキのように。


「きぃぃぃやぁぁぁー」


 耳をつんざくような泣き声。

 ガンガンと耳に響くその泣き声に、俺は眉根を寄せる。

 今日の最初の獲物はあのガキだ。

 必ず黙らせてやる。見てろよ。


「あっ! さとうせんせい。その子、お願いしますね」


 カクヨム保育所の"泣く子も黙るさとうせんせい"の二つ名は伊達じゃないってとこを見せてやろーじゃねぇーか。

 

 この世からガキの泣き声をなくしてやる!

 その為に俺は保育士になったのだから――


「おー、ゆうたくん、どーしたのかなぁ?」


 不用意に近づいて手を貸したりはしない。下手をすればさらに大泣きする恐れがある。

 まずは見守り、様子を見るのだ。

 一人じゃないよ、ちゃんとそばにいるよ、と安心感を与えることが必要なのだ。


 

                         ――了――

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