だれがプリンを食べたのか
雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞
プリン
私は山田。
下の名前はわからない。
私は〝私のプリン〟を、だれが食べたのかを突き止めなくてはならない。
ここは我が家のお茶の間だ。
冷蔵庫のなかから忽然と消え失せたのは私のプリンだ。
有名店の数量限定プリン。
生クリームとフルーツのトッピングが美味しそうなプリンだ。
「おねぇちゃん、私のプリンを食べたでしょ?」
ちゃぶ台の対面に座る姉に向かって、私は詰問をぶつけた。
彼女の口元にはべっとりと生クリームが付着しており、最有力な容疑者と思えた。
だが──
「食べてないわよ。私にプリンを食べさせたらたいしたものよ」
……そう。
彼女はプリンアレルギーだ。
卵や砂糖、バニラエッセンスは問題ないが、プリンを口にすると全身から虹色のアロハウェーブを照射し、家屋を倒壊させてしまう危険を秘めている。
そんな姉が、プリンを食べるわけがない。
「じゃあ、だれなのよ!」
私は、ちゃぶ台を思いっきり殴りつけた。
すると姉の全身からアロハウェーブが照射され、家屋が外側に向かって倒壊していく。
床面がせり上がりそそり立ったとき、場面は私の住む県へと移っていた。
目前には革張りのチェアに腰掛けるヒゲ。
県知事だった。
「県知事が私のプリンを食べたのね?」
我ながら名推理だと思った。
なぜなら県知事のヒゲにはたっぷりと生クリームが付着していたからだ。
だが──
「ノンノンノン! ワタシ、プリン食べてまセーン!」
やけにたどたどしい日本語で、彼は私の推理を棄却した。
確かに、県知事というのはプリンを口にすると報酬が半分になると聞く。
だいの大人がそんな愚行をおかすわけがない。
「じゃあ、だれなのよ!」
私は思いっきり県知事の机を殴りつけた。
すると県庁は崩落し、外側に向かって壁が倒れていく。
地面がそそり立ち、現れたのは日本国だった。
今度こそ、私は確信を得た。
「ソーリがプリンを食べたのね!」
そうに違いなかった。
ゴルフウェアに身を包んだ総理大臣の手には生クリームがこびりついたスプーンが握られており、これは間違いないことだと間違いなく私に印象づけた。
だが──
「えー、わたしが申し上げたいのはですね。プリンを食べてはいないと言うことでして、つまりプリンを食べてはいないと言うことです。プリンを食べていないことについて伝わらないのはわたしの問題であり反省しようと思い、つまりプリンを食べていないことについて伝わらなかったことを反省しております」
当然の理屈だった。
プリンを食べていないことを説明するためにはプリンを食べていないと言うべきなのは確実であり、それは私にプリンを食べたのは総理大臣ではないということを確信させて信じさせるには十分で、つまり総理大臣はプリンを食べていないと私は確信したのである。
「じゃあ、だれなのよ!」
全力で首相官邸を殴りつければ、首相官邸は消し飛んで、地核が盛り上がりそそり立ち、現れたのは地球だった。
「よーし、解った! 犯人は地球! おまえの悪事はまるっとお見通しだ!」
地球だけにまるっと!
地球だけにまるっと!
大事なことなので二回言ったが、地球の大部分を包み込む雲は生クリームに近いなめらかさをしているのだから、これは確証と言っても間違いなかった。
だが──
「今日はプリンを食べてないよ。プリンは明日食べようと思っていたんだ。アースだけに。アースだけに!」
大事なことなので(略)。
しかし、繰り返し言うということは、それが事実ということなのだろう。
地球ですら、私のプリンを食べていないのである。
「カステラなら食べたけれどね」
テラだけに!
テラだけに!
「じゃあ、だれなのよ!」
渾身の力でコアを殴りつければ、太陽系第三惑星は圧壊し、外側へ向かって爆散した。
そして、銀河系がそそり立つ。
「銀河が私を呼んでいる」
「俺の話を聞けぇ! 簡単なことさ、プリンなんて食べちゃいないって!」
高らかに熱唱しながら抗弁されれば、私も信じないわけにはいかない。
いかにミルキーウェイが生クリームの色をしていても、歌は共通言語なのだからヤックデカルチャー。
「じゃあ、だれなのよ!」
螺旋の力を宿した拳を銀河中央殴り込みすれば、宇宙は砕け散り、外側に向かって倒れていく。
そそり立ったのは三千大千世界。
そこに
「おお、仏陀! 私のプリンを召しあがったのですか!」
その威容はすでに衆生の観測範囲を超えており、生クリームのように霞んでみえない。
今度こそ、私はプリンを食べた犯人を見つけたと思った。
だが──
「われ、すでにひとにあらず。食事にあたわず」
オーマイ菩提樹!
すでに仏陀は煩悩から解き放たれていた! 欲望がないのなら食事も必要ないと悟った私は正気度チェックです。
「じゃあ、だれなのよ!」
鬼に逢うては鬼を殴り、仏に逢うては仏を殴る私の拳が、世界のすべてを破壊する。
この世のあらゆるもの、一切すべてが外側に向かって崩れ落ちたとき、そそり立ってきたのは〝無〟だった。
そして──私は、唐突に理解する。
「そうか、そういうことだったのか。世界とは、プリンとは──」
聳え立つは黄金色の山脈にして流れ落ちるカラメルソース。
殺到する生クリームに溺れながら、私はすべてを識り、そして視た。
「だれかがプリンを食べたのではない。プリンこそが──世界を飲み込んだのだ」
それこそは唯一無二の真理。
虚空すらも内包する超時空連続体〝プリン〟の姿だったのだった。
終わり.
だれがプリンを食べたのか 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo
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