コンビニ帰りの私がスキル【どんでん返し】でダンジョン攻略を試みる話
三浦常春
どんでん返し
目の前に伸びるのは、岩に囲まれた通路。壁には
なぜ私がこんな場所にいるのかというと、それは謎と言わざるを得ない。
「確かコンビニでお酒を買って、それで家に帰ったはず……」
まさかこれ、よくある異世界転移というやつでは?
そう思い当たってみれば、案外この状況にも納得してしまうもので、この世に数多と存在するライトノベルで予習を怠らなかった私は、ひとまず自分のステータスを確認してみることにした。
しかし待てど暮らせどステータス画面は出てこず。
「あれぇ、おっかしいなぁ?」
ダンジョン系の定番といえば、転移者のステータス表示であろう。
一人きりで始まることの多い転移において、早めに主人公の名前と性質を公開することのできる手法――しかし私にはそれが必要ないと言わんばかりに無反応であった。
「もうっ、せっかく私の時代が来たの思ったのに――ん?」
ふと横に目をやってみれば、そこには木の板が掛けられていた。そこに記されていたのは見たことのない文字であったが、私の脳は難なくそれを理解してみせる。
――ここはダンジョンです。頑張って脱出しましょう!
「ダンジョン……やっぱりダンジョンか。よく分からないけど、脱出すればいいのかな」
最深部を目指す、もしくは特定のアイテムをゲットする、というクリア条件でなくてよかった。私は胸を撫で下ろした。
私の手元には武器がない。ポケットには薄いサイフ、携えたビニール袋に五百ミリリットルの缶が入っているが、どちらも武器になりそうな代物ではない。
服装も、コンビニへ出かけた際に着ていた上下揃いのスウェットのみで、お世辞にも防御力に富んでいるとは言えない。
仮に敵が出てこようものなら、対抗する術なくやられてしまうだろう。
どこかで武器を見つけるか、敵に遭遇する前に脱出しなければ。私は乾いた唇を濡らしてから、前方の闇へと歩き出した。
明かりのない、未舗装の通路が続く。転移の特典なのか、視界はそれほど悪くなかった。前方十メートルは視線が通る。
万が一、視界不良の中でダンジョンを攻略しなければならなかったとしたら、ここまで精力的に動くことはなかった。少なくとも壁を這いながら、一歩一歩慎重に進んでいたはずだ。必然的に、ダンジョンの攻略までかなりの時間を要する。
本当に視界良好でよかった。
探索を続けているうちに、私はあることに気づいた。
どうやらここは、迷路は迷路でも、一つ壁を隔てて通路が張り巡らされた立体迷路になっているらしい。洞窟のような、自然に形成されたダンジョンではないようだ。
迷路の攻略法には右手法、あるいは左手法という、片方の手を壁に触れ続けるものがあるが、このダンジョンがどれだけの規模を誇っているか定かではない以上、現実的ではない。
「……ちょっと待って、ほんとに?」
現実的ではないが、確実であることは確かである。ここは闇雲に歩き回らず策を練るのが懸命だろうか。足を止めたその時、
ジャリ。
闇の奥で小石を捻る音が聞こえた。
まさか敵か――息を詰め、闇の奥を注視していると、巨大な足が私の視界を侵食する。
冷静に考えれば、ここで逃げておくべきだったのだろう。しかし現実にはあり得ないその大きさを目にした瞬間、身体が石にでもなったかのように硬直してしまう。
結局私は、それの全貌が明らかになるまで、悠々と待機してしまったのであった。
「みっ、ミノタウロス……!?」
牛の頭に人の身体。手には私の身体など容易に真っ二つにできるほど巨大な斧を握っている。
それは私の姿を捉えるなりと鼻を鳴らし、己の存在を洞窟全土に知らしめるほど巨大な咆哮を轟かせた。
「オオオオオオッ!!」
「こういうのって、オークやゴブリンが定石なんじゃないの!? 難易度設定ガバガバすぎ!!」
悪態をつきながら来た道を戻る。するとミノタウロスも追ってきた。
足音と地面の揺らぎも相まって威圧感は凄まじかったが、鈍足の個体なのか、幸いにも距離を詰められることはなかった。
しかし不運は重なる。私の逃げ込んだ通路は、無情にも壁によって遮られていたのだ。
「なっ、行き止まり!? 嘘でしょ!!」
くるりと身を返し、追手を見遣る。化け物が、すぐそこまで迫っている。鼻輪の奥で大きな口が笑った気がした。
巨体を揺らし、大斧を掲げる。それが私へ向けて振り下ろされようとしたその時、
「へ?」
くるりと視界が反転した。
写るのは天井。眼球を動かして足元を見てみれば、そこには人型にくりぬかれた壁。しかしそれはすぐに破壊された。先程まで私のいた場所――壁を、ミノタウロスの斧が打ち砕いたのである。
破片が飛び、私の上に降り掛かる。幸いにも身体を潰すほどの破片は落ちてこなかったが、それは同時にミノタウロスの怪力を示唆していた。
斧が振り下ろされたら、真っ二つどころではない。身体が粉砕される。
嬉しくない発見だった。
しかし不幸の次には幸福が舞い込んでくるもので、私の耳は随分と久し振りに人の声を捉えた。
――おめでとうございます! こちら、ダンジョン出口です!
私の頭上――私が横たわる通路の先から、眩いほどの光が差し込んでいた。
追い詰められた袋小路、そこの壁を隔てた先にはダンジョンの脱出口があった。
希望が芽生えた。ミノタウロスに掴まらず、あの光に飛び込めばよいのだ。そうすればこのダンジョンから脱出できる。
もう五メートルもない。
足もまだある。
動く。
全身のありとあらゆる力を駆使して、身体を跳ね上げた。
ミノタウロスは歩幅こそ広いものの、動きは俊敏ではない。それは、つい先程の鬼ごっこで証明済みだ。
私は勝った!
「おおおおオオオオッ!!」
そう、手を伸ばしたところまでは覚えている。
スキル【どんでん返し】
背中の触れた箇所が九十度後方へ倒れるスキル。
コンビニ帰りの私がスキル【どんでん返し】でダンジョン攻略を試みる話 三浦常春 @miura-tsune
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます