拝啓 私のお姉ちゃんへ

響華

拝啓 私のお姉ちゃんへ

 机の上に、手紙が置いてあった。

『私が帰るまでに読んでください』なんてかかれた、妹からの手紙だった。夕飯作りをいい感じのところで切り上げて、ゆっくりと手紙を持ち上げた。


『拝啓 私のお姉ちゃんへ』


 そんな、どこかかしこまった……他人行儀な感じすらする最初の一文から始まっている。


『まずは、いくつかの感謝したいことから。お姉ちゃん、いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとうございます。勉強で分からないところを教えてくれてありがとうございます。』


 急にそんなことを言われると、思わず照れくさくなってしまう。

 これが手紙でよかったな、向こうも手紙だからこういうことを言えるのかな。なんてことを思い浮かべながら、文の続きを指でなぞる。


『お姉ちゃんは、私が困っているとやれやれなんてわざとらしく言いながら、いつだって手を貸してくれました。だから、私は……あなたの優しさに、ずっと甘えてきてしまった。』


 とん、と。なにかに押されるように、そこで妹の書く文の感じが、少し変わったような気がした。なんでか続きを読むのが少し怖くなりながらも、次の文へと目を移す。


『私は、あなたに謝らなきゃいけません。あの日から、ずっとその思いを抱えてきました。』


 あの日、いつの事だろうか。

 ――事故で両親を失って、三人になってしまった日の事だろうか。


『私はお姉ちゃんのことが大好きです、優しくて、美味しいご飯を作ってくれるお姉ちゃんのことが。』


 書かれた文字が、少し震えている。


『そして、私はあなたの事が大好きです。妹として、それだけでは無い、同等の思いとして……あなたの事が大好きです。』


 手紙を読むのを、やめようかとも思った。

 もう遅い、半分以上を読み進めておいて、今更見なかったことになんて誰ができるだろうか。反芻する、何度も、何度も、見ていたくないはずなのに、しっかりと刻みつけるように見てしまう。


『ごめんなさい、他にも謝らないといけないことは沢山あるのにね、負担をかけてごめんとか。でも、一番これを伝えるべきだと思ったんです。お姉ちゃんは、どう答えますか?』


 手紙を取り落とした。最後の一文には、こう書かれていた。


『いつか、あなたと二人で生きていけたら、いいなと、私はそう思っています。』



 ◇



「ただいま」

「……おかえり」


 扉が開いて、少女の声が聞こえてきた。


「手紙、読んでくれた?」

「……うん」


 少し優しげな声の問いかけに、なんとか絞り出すような声で答える。何かを決意した時の妹は迷わない……心の底から、羨ましいと思う。


 気まずい間が起こる。何か言わなきゃ、そう思っていると、妹がこちらをぎゅっと抱きしめてきた。

 ビクッと身体がはねる、あの手紙の後だから? それとも、後ろめたいことがあるから? ただ一つ、分かることがあるなら……妹が、震えてるということだけだった。


「ねぇ」


 声が、かけられる。



 寂しそうな声だった。


「もういいよ、お姉ちゃんを……三人を演じなくて大丈夫。私は、私とお兄ちゃんの二人がいれば、それで充分」


 どれだけ、妹を辛い目に遭わせてたんだろう。彼女を守るためだったけど、彼女はずっと強かった。


「……手紙の答えは、今度でいいよ。でもね、約束」



「お兄ちゃんは、お兄ちゃんでいて。どんなお兄ちゃんも好きだけど……お兄ちゃんでいる時が、私は一番好きだから」

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拝啓 私のお姉ちゃんへ 響華 @kyoka_norun

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