お見合いなんてしたくない

いとうみこと

お見合いなんてしたくない

 5回目のお見合いがダメになって、ママはかなり落ち込んでいた。今回は、まあいつものことだけれど、かなり張り切っていたからショックが大きいみたいだ。


「だってあなた悔しいじゃない。あちらのご両親たら、まるで沙羅ちゃんが悪いみたいに言うんだもの」


 ママはそう言うと、ひときわ大きな音を立てて鼻をかんだ。テーブルには使用済みティッシュの小さな山ができている。


 昼間、見合いの席に現れたのは、派手な赤いジャケットを着た見るからにキザな男だった。いいところのお坊ちゃんで、育ちが良くて、何よりとびきりのハンサムだとママは言っていたが、恐らく写真は盛ってあったのだろう。貧弱な体つきで、やたら鼻が高いだけのもやしみたいな男だった。


 しかもこの男、自分の母親が何か話すたびにうっとりとした目で見つめるのだ。私はすぐに見抜いた。だからふたりきりになった時にはっきり言ってやった。「マザコンは嫌い」と。


 途端に男は大声で怒鳴り始めた。隣の部屋にいた男の母親が駆け込んで来て、いきなり私に平手打ちをした。


「うちの子に何したのよ!」


 私は部屋を飛び出した。悔しくて情けなくて、パパが見つけてくれるまで駐車場の隅で泣いていた。パパは大きな温かい手で、私が落ち着くまでずっと頭を撫でてくれた。


 私はパパが好きだ。ママの好むシュッとした若い男なんかより、パパみたいにどっしりと頼りがいのある逞しい男の人がいい。


 それに、私は恋がしたい。ママには悪いけど、ママが選んだ男じゃなくて、私が好きになった相手と燃えるような恋がしてみたい。


 ママはまだ鼻をグズグズさせている。私はママに気づかれないようにそっとベランダに出た。マンションの建ち並ぶ空にまん丸の月がぽかりと浮かび、時折薄い雲がその上を滑っていた。恋人と一緒に過ごすなら、この上なくロマンチックな夜だろう。


 私はベランダに置かれたベンチに座って月を見上げた。ママが私の結婚を楽しみにしているのはよくわかっている。ママは早く孫が欲しいのだ。もちろん、私の幸せを最優先に考えていてくれるけれど、それ以上に一刻も早く孫を抱きたい気持ちが強い。


 いつかパパがママに言ったことがある。


「沙羅はまだ若い。無理に結婚させなくてもいいんじゃないのか?」


 ママは確信を持って答えた。


「女はね、あっという間に年老いてしまうものよ。あなたはあんなに可愛い沙羅ちゃんの子どもを見たくないの?私は見たいわ。何としてもこの手に抱きたいのよ。」


 もちろん私はママも大好きだ。いつだって私のいちばんの味方でいてくれるママの願いを叶えたい。


 でも……


「沙羅」


「おばあちゃん!起きてきて大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。沙羅こそ寒くないかい?」


「今夜は暖かいから大丈夫」


 私は、隣に座ったおばあちゃんに体をすり寄せた。仄かな温かさが伝わってくる。多分、この家で私の気持ちをいちばん理解してくれるのはおばあちゃんだろう。


「今日は辛かったね、沙羅」


「うん……ねえ、おばあちゃんは結婚して良かった?」


「そうだねえ、悪くはなかったよ。おじいさんは優しかったからね」


「お見合いだったんでしょ?恋をしたいと思わなかったの?」


「うふふ。実はね、おじいさんと結婚する前に恋人がいたんだよ」


「え、そうなの?」


「そう。昔は一軒家に住んでいたからね。夜中にこっそり会いに来てくれたもんさ」


「素敵!でも、その恋は叶わなかったんでしょ?」


 おばあちゃんは黙って月を見上げた。その中にかつての恋人の姿を探すかのように。そして、静かに言った。


「沙羅、よくお聞き。たとえ出会いがお見合いだったとしても、そこから恋が始まることもあるんだよ。毛嫌いしないでまずは相手と話をしてごらん。」


「おばあちゃんもおじいちゃんに恋してたの?」


「あの人の方があたしにぞっこんだったのさ」


 おばあちゃんが自慢げに鼻をふふんと鳴らしたので、私は思わず吹き出してしまった。


「そうだね。わかった。今度はそうしてみる。ありがとう、おばあちゃん。大好きっ!」


 私はおばあちゃんに抱きついた。ふわふわでもこもこのおばあちゃん、ほんとに大好き!


「沙羅ったら、ここにいたのね。あら、タマ!外に出ちゃダメでしょ、風邪をひくわよ」


 ベランダに出てきたママは、おばあちゃんをひょいと抱き上げた。


「沙羅ももう中に入りなさい。今から残念会よ。美味しいジャーキーをあげるわ」


「ありがとう、ママ!」


 私は嬉しくて思い切りしっぽを振った。やっぱりママ大好き!ほねっこくれたらもっと大好き!

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