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それからのタクミは

自分の事を「俺」と言うのをやめた。



なぜかとツカサが聞くと

俺って言ってた頃の自分が嫌いだから。

と。



楽しいときは笑うし

おいしい物を食べればうまいと言う。

周りから見れば

普通の生活を送っていたが、心には大きな穴が開いて

どこまでも落ち続けているようだ。


人とあまり遊ばなくなり

パソコンと向き合って一日を過ごすことが多くなって

カラオケのバイトもやめて

工場で働くようになった。



あれだけひどい別れ方をしたのに

タクミには時々ハルカからメールが来る。

どんなつもりで送ってきているのかはわからないが、

これでまたよりを戻してしまったら

同じことを繰り返すだけのような気がしたタクミは

メールを読みもせずに削除し続けた。



そうして

あっという間に3月になった。


今夜

タクミはライブハウスのバイトを辞める。

音楽は好きだったし

チケットを売ったり機材を運んだりするのも苦にはならなかった。


ただ。

タクミはとにかく人との関係を断ちたくて

このバイトも辞めるのだ。


今夜は少しだけ売れ始めた

『ガムテ』というバンドの新メンバーお披露目式という

いつもとは少し違うステージもあり、きっと忙しくなる。


タクミはぼんやりと最後のチケットもぎりと受付をしながら

楽しそうに会場入りをしていく人々を見ていた。


「あのー、ジュースってないんですか?」


ワンドリンク制のこのライブハウスでは

受付で飲み物を頼む仕組みになっていて、

受付で渡されたコインのようなものを

バーカウンターに自分で持っていく。


初めてだと

よくわからないとクレームがよく来ていた。


「ジュースはメニューの裏に書いてあるよ」


タクミは不愛想に

その女の子が持っていたメニュー表を裏返した。

一人での来店客はそう珍しくないが、

妙に若いしすっぴんに近い化粧で、

『ガムテ』のようなヴィジュアル系のロックを聴くようには見えない。


「コーラください」


そう言われて我に返ったタクミは

コーラ用のコインを女の子に渡した。


「これをあそこに持って行ってね」


「ありがとうございます。

 ライブハウスに来るの初めてで。

 でも、もっと怖い人たちばっかりかと思ったけど

 お兄さんみたいな普通の人がいてよかったです」


そう言うと

女の子は軽く礼をしてバーカウンターの方に歩いて行った。

それを聞いていたスタッフに

おいロリコン野郎!

と冷やかされる。


「おめーが辞めちまったら

 普通じゃないメンバーしかいなくなっちまうだろうが」


このロリコン野郎!

タクミは久しぶりに

自分の存在価値というものを感じることができて

少し泣きそうになったし

思い切り笑っていた。




ライブの後、

『ガムテ』のメンバーとライブハウスのスタッフで

タクミの送別会が行われた。

行きつけの居酒屋だったが、

タクミが顔を出すのはどれくらいぶりだろう。


顔見知りの店員に声を掛けられ、

またそのうち来ますとあいさつをする。

ガヤガヤとした空間。

こんな場所は嫌いではない。

居心地はいい。


ただ、

タクミは自分がここに溶け込んでいるのか

ちゃんと楽しそうにしているか、不安だった。


もちろん楽しい。

楽しいけど、つらい。


ガムテのメンバーとは

年齢層も近くてよく飲みには行っていたが、

こうして自分のために会を開いてくれるとは

思ってもいなかったタクミ。

酔いがまわるにつれて

ガムテのメンバーは音楽について語りだし

ライブハウスのスタッフは、仕事について熱く話し始める。


そんな中

ガムテのメンバー入れ替えについての話が聞こえてきた。


「まだわかんないじゃん。

 どんな人かなんてさぁー」


「やめてくださいよ。

 俺、人見知りするからあと一年たったら

 すんげー態度デカくなってるかもしれないし」


「だって

 まだ会ってから2か月くらいしかたってないじゃん。

 しかも、ネットでうちらの募集みてだしさぁ。

 怪しいよ、今のままでいこうよ」


「でもそうだねぇ。

 ころころメンバー入れ替えるのもなんか嫌だしねぇ。

 代えちゃってやっぱ前の人の方が良かったなんて思っても遅いし」


「でしょ!

 やっぱり初めに結成されたメンバーが一番だよ」


「ちょっとやめてくださいよー

 俺、入ったばっかりなんですから

 そんな雑に扱わないでくださいよー」


「うるせーな、もう。

 お前は今日顔見せだったけど、

 もう俺らとは長い付き合いだろうが!

 何が人見知りだボケ!」


「あ、すいません。

 全部ウソですから。

 ってか、タクミさん!

 なんか会った日にお別れなんて寂しいじゃないですか」


急に話をふられたタクミはびっくりして

食べていた枝豆を勢いよく飛ばしてしまった。

それを見て笑いが起きる。


「僕も寂しいですよー

 てか、笑いすぎですよ」


タクミは普通にみんなと笑っていた。

笑っていたが

なんだかさっきの会話が

自分とハルカの事のように聞こえてしょうがなかった。



全部、そうなる。


何かあるとすぐに

タクミは自分とハルカの事に当てはめて考えてしまう。

タクミはそんな自分がさらに嫌いになった。


そうして宴会は盛り上がり

2次会に行こうという話になった。

行先はタクミがバイトをしていたカラオケだったが、

タクミは明日もあるからとそれを断る。


なんだか知り合いに会いたくない気分だった。


一人で先に帰ることになったタクミが

店を出ようとした時だった。

その、行こうとしていたカラオケの店長が花束を持って走ってきた。


タクミにライブハウスの仕事を紹介してくれた店長だ。


「本当は、店でバイトたちも混ぜて盛大にやろうと思ってたんだけどさ。

 お前が用事があるならしょうがない。

 みんな、会いたがってたよ」


店長は、そう言って少し包装の崩れた花束をタクミに差し出す。

どうやらカラオケでは宴会の準備が整っていたらしい。

申し訳ないと謝って、

タクミは色とりどりの花束を受け取る。


ライブハウスのメンバーとカラオケ店のタクミが知っている社員やバイト

一人一人が1本ずつタクミをイメージする花を買い

それをついさっき束にしたものらしい。



自分は、みんなに好かれているのか。

そう思いながら働いていた。

その疑問も、少し晴れたような気がした。


泣きそうになったタクミは

お世話になったスタッフに一通り挨拶をして店を出た。



が、

タバコを忘れたことに気付いて立ち止まる。

取りに戻ろうか、

戻ってもタバコごときで気まずいし

やっぱりカラオケになんて強制連行されるのも嫌だし……



タクミはそんなことを考えて

飲み屋街をゆっくり歩いていると


「タクミくん!」


と、後ろから声をかけられた。


振り返ると、ガムテのボーカルが

タクミのライターを持って立っていた。


「タバコは一本しか入ってなかったから、 

 これ、吸っちゃった」


と、自分の手で煙を上げているタバコを振ってみせる彼女。


「あ、すいません。

 いま取りに行こうか迷ってたんだけど、

 一本だったなら行かなくてよかったっすね」


「タバコよりこのライター、大事なんじゃないの?」


「あー、それは…」


「何?元カノのとか?」


「そんなもんです。

 ガス補充できるからずっと使ってたんですけど、もうどうでもいいかなぁって」


「そうなんだ」


彼女はタクミにライターを差し出した。


「なんか辛いことがあったみたいだよね、タクミくん」


タクミはライターを受け取り

ポケットにしまう。


「わかりますか?

 普通にしてるつもりなんですけどね。

 このライター、ずっと持ってるか捨てるかすごい迷ってるんですよ」


そのライターは

ハルカがはじめてタクミにくれたプレゼントだった。

タバコの形をしていて

火をつける先の部分から火が出るようになっている。

タバコの銘柄が印刷されている部分には

銘柄の代わりに

「NO Smoking!」という英語とロゴが入っているが

それも塗装が剥げてきている。


「そうなんだ。

 きっとこれからいろんなことがあるからねぇ。

 持ってて損はないんじゃない?

 その元カノが有名になったら高く売れるかもしれないし」


「その人にもらったってだけで売れるんすか!?」


「わかんないけど。じゃぁね」


ガムテのボーカルはタクミに手を振ってこう言った。


「いつかきっと

 タクミくんだけを愛してくれる人と会えるよ」


「……はい。ありがとうございます」


タクミは彼女が見えなくなるまで見送った。

何もかもが見透かされているようなまっすぐな瞳が

タクミに「死ぬな」と言っているように感じて

急に胸が熱くなる。



タクミの胸の内を察したのか

空からは雪が降ってきて

それを見上げたタクミの目から

一滴の涙が流れた。


その夜は季節外れの大雪となった。

そしてその夜から

タクミは泣かなくなった。


生きるのは面倒だけど

もう少し何かを見つけてから死のうと決めたらしい。







-END-

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非日常の物語ーその角を3回右に。 サトウアイ @iaadonust

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