おい、お前! そこで何やってんの!?

浅見朝志

結末

「へっ?」


 隣で一樹かずきが咎めるような声を出した気がしたけど、俺はとりあえずAボタンを押す。


『ピロピロロ~ン!』


 はぁ? また『拡散する種』かよ。序盤で手に入る攻撃アイテムばっか、何でこんな所で……


裕也ゆうや! 素材なんかどうでもいいだろ! 協力プレイなんだからお前がこっち来てくれないとラスボス戦行けないんだが!」


「へいへ~い」


 1か月かけて2人でやってきたRPGがとうとう山場のラスボス戦で、一樹は一刻も早く挑みたそうにあぐらをかいた膝をウズウズと揺らしていた。


「なんかいいアイテムあるのか? ここ」


「知らん。『拡散する種』ばっか。でもさ、こういうとこってレアアイテムとか隠しステージとかありそうじゃん? だからやっぱ隅々まで探したくね?」


「気持ちは分からんでもないけど、クリアした後でもできるだろ? 今はボス戦に備えて準備も万端にしてきたんだし、そっちに集中しようぜ」


「へいよ~」


 一樹は良いヤツなんだけど、ちょっとばかり真面目が過ぎるのが玉にキズだ。

 もっと遊び心をもってやってもいいと思うんだがなぁ。


「そんじゃ行くぞ……」

「はいよ~」


 これから挑戦しに行くラスボス、『魔王』の居城の扉前でAボタンを押して尋ねられた『とびらを開けますか?』の問いに『はい』を選択すると、不穏なギギギッという錆びついたような音を立てて重そうな扉が開いた。


まおう「よくぞここまでたどりついたな・・・ゆうしゃよ」


「おっ! さっそく魔王がお出迎えか……。ビジュアルが痛カッコイイな!」


「そうだな……。ちゃんと集中してろよ。このゲームいろいろと不意打ち多いから、いつ戦闘始まるか分からんぞ」


まおう「おまえたちにけいいをひょうし、わがダークネスオーバーロードのちからをもって、このよにかげもかたちものこらないほど、さんざんにこなみじんにしてくれよう」


「全然敬意が込められてなくて草だわ」


「ダークネスオーバーロード……確か暗闇確定付与の高威力範囲攻撃。初見は絶対喰らうだろうからってことで、暗闇状態回復の『ブルーベリージャム』は買い込んだよな? カンストで持ってきてる?」


「おうよ。回復系めっちゃ買い込んだぜ――っあ」


「『あっ』?」


「やっべ……。回復アイテム、全部置いてきちった✩ ペロッ✩」


「はぁっ!?」


 一樹は、二次元の可愛い美少女イラストをイメージして『てへぺろ』をした俺のことは完全スルーして深いため息を吐く。


「なんでだよ……」


「いや、ついいつもの癖で……。出がけに拠点のアイテムボックスに持ち物全部預けちゃってたわ……」


「探索行くわけじゃないのに……?」


「癖で……スマヌ……」


まおう「いまさらひきかえしたいと、こうかいしてもおそいぞ」


「ほんとだよ……」


「スマヌ……どうする? 一回サクッと死んでやり直す?」


「う~ん……」


まおう「こわいか? ぜつぼうしているか? ふふふふふ、わがダークネスオーバーロードのちからをとくとあじわっていけ」


「……1回死ぬにしても情報はできるだけ欲しいな。とりあえず今あるアイテムでどれだけ戦えるか試してみるか」


「りょーかい。じゃあできるだけ粘ってみますかねぇ」


まおう「くらえっ!! ウルトラサンダービームッ!」


「「ダークネスオーバーロードじゃないんだっ!?」」


 重なる俺たちのツッコミをよそに、魔王の先制でいきなり戦闘が始まった。

 初撃を何とかかわすと、とりあえず俺と一樹は二手に分かれて自由に動くことにする。

 2人とも武器の剣を振り回し、スキルゲージが溜まった端から強力なスキル攻撃を加えていくのだが――


「硬ぁっ!! 何だコイツ、全然HP減らなくないかっ!?」


 一樹が溜まらずそう叫んだ。俺もまったく同じ気持ちだ。

 もう何発も打ち込んでいるのに、HPのゲージがほとんど減っていない。


まおう「ふふふ! かゆい、かゆいわっ!! わがダークネスオーバーロードのちからにしゅごされしこのからだへ、キズをつけようなど、かたはらいたいわ!」


「おっ? なんかイベントムービーに入ったぞ?」


「本当だ。これは弱点紹介のコーナーだな、間違いない」


 大体こういったあまりに強すぎるボスは、特殊なアイテムか何かで強化されている設定になっていて、そのアイテムを壊すなどすることによって弱体化させることができる仕様になっていることが多いのだ。

 魔王は大仰な仕草で高らかに叫んだ。


まおう「わがHPは1おくをこえている! ぶかどもの100ばいはHPがある! つまり100ばいはこうげきしないと、このまおうをたおすことなどできんわっ!!」


 ……そんな仕様はなかったようだ。


「クソゲー過ぎる!!」


「ホントになっ!」


 それから激化していく魔王の攻撃をかわしつつ、散発的に攻撃を加えてようやくHPの10分の1ほどを削ったところで、魔王の身体を黒いオーラのようなものが包み始めた。


まおう「くらえっ!! ダークネスオーバーロード!!」


 ようやく放たれたその一撃は、ネット上で『初見殺し過ぎる』とのコメントが頻出するのがよく分かるものだった。

 黒い霧のようなものが魔王を中心として円状に、そして波のように上下に揺れて広がっていき、しゃがんでもジャンプしても回避が不可能だった。

 その上攻撃範囲が相当広く、魔王が攻撃のモーションを見せたら即座に壁へと張り付くくらいに後退しなければかわせるものではないだろう。

 必然的に俺も一樹も暗闇を喰らってしまう。


「やられたっ!! 何も見えん!! ブルーベリージャムはぁっ!?」


「ごめーんっ!! 無ぁーいっ!!」


 真っ暗闇の中自分のキャラクターのHPが減っていくのだけが分かる。

 時間経過で暗闇が回復した頃には、俺たちは手持ちの回復アイテムをあらかた使い果たしてこれ以上為す術の無い状態に追い込まれてしまっていた。

 さらには――


「あぁっ!!」


 俺が魔王へと打ち込んだ剣がバキィンッという、明らかに剣戟けんげきとは異なる一際大きな音と共に折れてしまう。


「裕也、お前マジかよっ!? 鍛冶屋行ったんじゃなかったのかよっ!?」


「それも忘れてたぁっ!!」


「おまっ……ばか!!」


 何もできなくなった俺は後ろに下がり、一樹のキャラクターが戦う姿を後ろで眺めることしかできなくなる。

 圧倒的不利な状況で、徐々に追い込まれていく一樹。

 何かできることはないかと手持ちアイテム欄を眺めるが、もう風属性の小威力の範囲攻撃アイテム『拡散する種』しか残っていなかった。


「まぁ、何もしないよりかはマシかな……」


 俺は魔王の背中へと回り込んで、『拡散する種』を投げつけた。

 パーンッという音と共に弾け飛ぶ種が魔王へと直撃して微小のダメージを与える。

――その時だった。


「――あれっ? マジかよ、ゲーム固まった?」


「俺もだ……」


 自分が操作するキャラは動かせるが、魔王が一向に動かなくなってしまった。

 その間に一樹が攻撃を加えるものの、ダメージは全く入っていない模様だ。


「停止バグかな……」


 ボソリと一樹が漏らした時、しかし魔王が再び動き出す。

 そして唐突に、イベントムービーが始まった。


まおう「これだ……っ!!」


「「はいっ?」」


 俺も一樹も、驚きの声と共に目を丸くして画面を見入った。


まおう「われらとにんげんの『あらそい』はしょくもつをめぐる『あらそい』。われらのせかいではしょくもつの『たね』はすぐにくさってしまう」


まおう「しかし、いまわれにぶつけられたこの『たね』はとてもつよいたいきゅうりょくをもっている……」


まおう「これをたくさん、わがせかいにもちかえれば……しょくもつがそだち、われらはにんげんのしょくもつをうばわなくてよくなる」


まおう「ふはははっ! かんしゃするぞ、ゆうしゃたち! われはこれをもちかえって『せけん』に『のうぎょう』をひろめる! そしてみんなにはらいっぱいくわせてやるのだ!!」


 魔王はそう言うと、勇者たちが入ってきた入り口から居城を出ていった。

 イベントムービーが終わると場面転換され、背景に緑でいっぱいの広大な大地が移されて、ナレーションが流れた。


――こうして、まおうとゆうしゃのたたかいはおわった。


――まおうはじぶんのせかいで『のうぎょう』にちからをいれて、『うえ』からまぞくのひとびとをすくったのであった。


――ゆうしゃたちはまおうをしりぞけた『えいゆう』として『おう』にまねかれ、あびるほどのざいほうをあたえられたという。


――そのごのかれらのゆくえをしるものはいない……


 テレ~レ~という和やかなBGMと共にスタッフロールが流れ始める。

 俺と一樹は顔を見合わせた。


「………………やったね?」


「いや、ふざけんなよ」


 俺は割と意外な終わりに満足してたんだけども、一樹の熱烈な要望によって、その後俺たちはちゃんと魔王を倒したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おい、お前! そこで何やってんの!? 浅見朝志 @super-yasai-jin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ