花の色は

GROTECA

少年少女

知ってるよ。

昔の友達は、友達とも呼べない同い年の塊だったよ。

昔って言っても、二十歳そこそこの私からして、どの程度遡れば昔と言えるのかは謎だけど。

少なくとも、中学時代はもう過去、かなり過去としていいと思うの。


高校の三年間も、大学の四年間も、”あの過去”よりもずっと濃かったと思うのに、どうして今更こんなことを思い出させるの?

曖昧な記憶、忘れようとしていた苦い思い出が、最近はどんどん美化されていっている。

それもこれも、眠った私が見る、あの都合のいい夢のせい。

でも大丈夫、全部嘘だと分かっている。

私が中学生の時に実際にあったこととは違うって、ちゃんと理解しているつもり。

虚しい気持ちでいっぱいだし、絶対に勘違いなんかしない。

それに、あの頃の私は間違いなく傷付いていたから、自分の気持ちとか心なんか、他人みたいに思っていたんだから、簡単に忘れて、たまるか。

……こんなに意気込んでいるものだから、脈は当然早く、これじゃあより一層脳内に”あの過去”がこびり付いてしまう。……


正直な所、何をどうすれば正解なのか、分からない。

抑制?制御?

そんなのは、”あの過去”で散々やった。

あんな静寂を知らない動物園のような教室で、私は散々自粛していたのに、それなのに嫌な思いばかりしたんだ。


少年も少女も大嫌いだった。

少女はまだ理解する努力ができたものだけど、少年たちの方は、私には全くだめだった。

名前すら、ろくに呼んでもらえなかった。

馬鹿にされた。

似合わねー!と、笑われた。

あの下品な笑い方を、皆やっていた。

花色、といういかにも女の子らしい名前を私はとても気に入っていたのに、私の見た目だけを見て、あいつらはいつまでも私をからかった。

弱っちい種のくせに、あっという間に拡散するんだ。

大好きな両親がくれた、素敵な名前なのに。

私はともかく、両親までも馬鹿にされた気がして、私への冒涜が失せた後も、あの少年供をいつまでも憎んだ。

あんなに醜い感情を得るのは、もう、私だって最後にしたかった。


頭の悪そうなあの顔を、もう二度と見ないように、私は人生を変えなくちゃならなかった。

私は元々、悪い素材じゃない。

自分の理想の学校へ進学できたし、就職だってなんなく決めた。

だから本当に今更なんだって。

こんな夢を見せて、一体誰が、何のつもりでこんなことを?

もしも、清く正しく、神聖な筈の、……神様の仕業だったら呪う。

だけど、万が一、万が一ってのがある。

万が一、私が、私自身の意志であんな残酷な夢を何度も見ているのだとしたら。

その理由を聞く前に、君を殺す。



夢の中は楽しかった。

地獄みたいなことなんて一つもない、私を泣かせ続けたあの男にさえときめく。

私が誰と何を喋ろうが、虫ケラの群れのように大軍を成すウザったい噂話や陰口なんて、まるで存在しない心地いい社会だよ。

少年少女は、こんなにも清らかな生き物になれるんだ。

……そうだよ、思い返せば、クラス替えをしてからの二年間は、結構楽しかったような。

中学の最初の一年間は、小学校からの友達が何人かいたにも関わらず、何もかもすんなりいかなくて最悪だった。

それでも心細いから、クラス替え直前の担任との面談で、藁にもすがる思いでAとBだけは同じクラスにしてほしいと頼み込んだのに、それなのにあのクソ教師、「分かった」って言ったのに、確かに頷いていたのに、新しいクラスにはAもBもいなくて!

私は気絶しそうになりながら、必死に友達を作った。

馴れ合う方法を探した。

その場凌ぎだけは、上手く、いった。

あのクソ教師のことは、今も忘れてなかった。

憎かったんだ、大人が。

同い年の塊の少年少女よりも、知ったようなフリをする、大人が大嫌いだったんだ。


その証拠に、夢に先生は出てこない。

出てこれる筈もないよな!

私が本当に許していないものなのだから。

この夢は全て分かっているんだ、私が受け入れるべきものと、そうでないものとを。

疑わなくていいのかもしれない。

案外この夢は、現実そのものだったりして……。


私の指先は、埃かぶっていたアルバムの寄せ書きのページを、恐る恐る開いていた。

色取り取りのメッセージが、空白を余すことなく書かれている。

名前を見る限り、ほぼクラス全員に近いだろう。

”泣かせて悪い!”

これは間違いなく、あの男が書いたものだ。

なあんだ。

全然悪くないじゃないか。

”あの過去”なんて、そんなものだったんだ。

そうだ、自分が思っている以上に、他人にとっては些細なことでしかないのだ。

一言で片付く、恨みっこ無しの、所詮は幼い世界だったのだ。

私が今になってまで引きずることなんて何もない、それはそれ、あれはあれ、皆適度に忘れて、前に進んでいるに違いない。


「う、……」

スマホの通知音で目が覚めた。

夢の中でも色々と思考が巡りすぎていて、少し頭がボーッとしてしまう。


”ときがら中学校三年一組 同窓会のお知らせ”


これ、現実……?

内容を見ようとする間にも、ぽろぽろと通知が鳴る。

クラスの半分以上の人数が、既に参加することになっている。

あの頃よく話していたEからも連絡が来た。

胸の高鳴りを感じる。

待って、待って。

私も行きたい!

ずっと皆の夢ばかり見ていたのは、やっぱりこういうことだったんだ。

虫の知らせって奴だったんだ。

髪を染め直して、切れてるコスメちゃんと買い足して、服も新しいのを買って、それから、それから……。

中学の時からすれば、私は絶対に垢抜けている。

今度こそ、皆の前で『花色』に、なれる!




方向音痴の私が、珍しく一切、待ち合わせ場所に迷わなかった。

懐かしい顔が、既に何人か見える。

久しぶり!

手を振りながら近付くと、同じように返してくれた。

……でも、何だか少し、違和感?だろうか。

思っていたよりも余所余所しいような。

何せ久々だ、きっと緊張しているんだろう。

飲みの席になれば、皆解放的になるに違いない。


それぞれ、自由に席に着いた。

お酒を飲める側と飲めない側で別れ、全員揃った所で乾杯宣言が始まる。

が、やっぱりどこか締まりない。

何だろう?何かがおかしい。

それに、この異様な風景。

ウーロンハイを大量に流し込む、目の前の男二人。

バスケ部だった筈の女は、ショートだった髪を伸ばし、大いに露出した服を着て男の周りを練り歩いている。

オタクでいつも教室の隅に固まっていた女たちは、ひっきりなしにタバコを吹かしていて、煙がだめな私は目を擦らずにはいられない。

私の真隣の女は、話しかけてくれるものの、全く会話が弾まず、目の前の料理にもお酒にもありつかないまま、気不味さだけが募っていく。

何なの?

私は何を見せられている?

気が付けば私は冷や汗を流していて、今さっききたサラダも取り分けられない。

すると、さっきの露出の女がせっせとサラダを皆に振る舞い始め、私の目の前の男たちが物言いたげな目で私を見る。

何しに来たんだ?とでも言うように。

まずい、笑顔を作ることができなく、なる。

誰かがビデオ通話を始め、席を立って歩いて同窓会の様子を流し始めた。

皆の顔を順番に写していく中、ふと、あまりにも自然に、私の番が飛ばされた。

少年少女だ。

あの頃のままの、少年少女だ。


周りの声が全て雑音に聞こえ始めた頃、近くもなく、遠くもない場所からポツリと聞こえてきた。

「ねえ、こんなに楽しくない集まりって初めて!」


何しに来た?

何処から此処へ、此処から何処へ。


私はもう、夢にも帰れない。




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