ポップコーンが出来るまでに
静嶺 伊寿実
どこにでもある光景
ポップコーンの豆がフライパンの中で
「ちょっとは食器を洗ってから、新しいの用意しろよなー」
男がからかい気味に言ったことが、喧嘩の始まりだった。
「食べてからやるの」
女は苛立ちを
「いつも同じこと言ってんな」
ポンッ。ポップコーンの音は開戦の合図となった。
「そっちだって、いつも水に浸けておいてって言ってるのに、全然浸けてくれないじゃない」
「最後にはどうせ俺が洗うんだから、いいじゃないか」
「残っているお皿とコップを洗ってるだけでしょ。料理で使った調理器具はその都度全部私が洗ってるの。知らなかったでしょ」
「使った人が洗うのは当然だろ」
「ならお皿をあんたが洗ったっていいじゃない。使った人なんだから」
ポンッ。ポンッ。さらに不満は弾け飛ぶ。
「洗濯物をタンスの上に置きっぱなしにするのも、いい加減
女がベッド脇のタンスを指した。写真立てが飾られている女のタンスとは裏腹に、男のタンスはシャツやズボン、靴下が絶妙なバランスで積み上がっている。
「便利なんだよ。タンスに入れると面倒だし」
「崩れて、いつもたたみ直しているの知ってた?」
「どうせ着るんだから、どうたたんであっても一緒だろ」
「ほこりかぶるでしょ」
「その前に着るから大丈夫」
ポンッ、ポンッ、ポンッ。苛立ちの種は拡散していく。
「だいたい、この間のエビチリの味はなんだよ。甘すぎるだろ」
「買ってきたスイートチリソースに文句言ってよ。というか今言わなくていいじゃない。あの時全部食べてくれたのに」
「付け合わせのザーサイのおかげで食えたんだよ」
「そんなこと言うなら、あんたが作ったエビチリなんて辛すぎて、むせて食べられないのよ。それに比べれば甘い方がマシでしょ」
「中華は辛さが旨さ、というのを知らないのか」
「辛さはつらさとも言うじゃない。あれじゃ旨味じゃなくて、つらみよ」
ポンッ、ポンッ。ポップコーンはまだできない。
「あんた、お風呂でお湯使いすぎじゃない。あんたの後に入ったら、浴槽のお湯が半分も無いってどんな使い方してるのよ」
「身体がでかいんだから仕方ないだろ。それにこれでも制限している」
「ホントに?」
「制限しているつもり」
「ほら。浴槽のお湯は無いし、髪洗っている間はシャワー出しっぱなしだし、ガス代が全然減らないのよね」
「髪洗っている時が寒いんだよ」
ポンッ、ポンッ。ポップコーン豆はどんどんふくらんでいく。
「それにこの間なんて、黙って出掛けてただろ。どこに行ってたんだ。また黙って宝くじでも買ってたんじゃないだろうな」
「一万円が当たったの」
女は言いにくそうに小声で答えた。
「およ?」
男はひるんだ。
「で、どこに行ってたんだよ」
「病院」
「花粉症か?」
「ううん、婦人科。あのね、妊娠しているの」
「へ?」
ポンッ。男は面食らった。持っていたグラスを落としそうになって、慌ててシンクへ置く。
「いらっしゃる?」
男は女のお腹を見た。いつもと変わらないゆるっとしたトレーナーが、なんだか特別な輝きを持っているように見える。
「そうなの。いらっしゃるの」
ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ。不安の種は弾け飛ぶ。
「そうか、よかった! おめでとう! よかった!」
男は女を抱きしめた。
「も、も、も、もうこんなことしてたら駄目だ。ポップコーンは俺が見とくから。椅子にでも座ってゆっくりしてて」
「ふふふ、そんなに慌てなくても大丈夫よ。まだまだ体調が変わるのはこれからなんだし」
「でも家事はなるべく俺がやるから。不満があったらなんでも言って」
「さっき全部言っちゃった」
弾け飛んだ種は形を変え、花として咲いていく。二人は
ポップコーンが出来るまでに 静嶺 伊寿実 @shizumine_izumi
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