ただ前に進むために
「動画見たよ動画!!!!!」
朝。小鳥のさえずりに耳を傾ける暇もなく、姉さんの大声で叩き起こされる。
「なん?」
「動画!これ!!!!!」
差し出されたスマホには、リンクスが戦っている様子が映し出されていた。
それは昨日、ニャルさん相手に揉めていた子たちと戦っている動画だ。
野次馬の誰かが撮っていたらしい。
「許可した覚えないんだけど……」
別に晒すつもりなんてなかったのに、せっかく心を入れ替えたかもしれない彼らが不憫じゃないか。
「そうなの?」
「ん。あとで削除申請しとく」
「了解!でもほんとうに強いじゃん!」
「ありがと……二度寝してい?」
「うちのギルド入ろうよ!」
「やだ」
「えー!なんで!」
私はため息をつく。
こういうとき、変な風にはぐらかすと姉さんダルいんだよなぁ。
しょうがないか……
「待たせてる人たちがいるんだ」
目と目を合わせて、姉さんに伝えると姉さんは口を尖らせて「むー」と不満げだ。
でも納得してくれたようで、「わかったよ」と頷いてそのまま部屋を出て行った。
そして私は最高の二度寝を……
目を閉じて、少し逡巡する。
そしてなんとなく、なんとなくだけどエルサを起動した。
ま、まあVRゲームやってる間って実質寝てるみたいなもんだし……?
誰に向けたかわからない言い訳をしながら私はSLOを起動した。
◆◆◆
「……誰?」
森の中。小鳥のさえずり。そして鎧。
目が覚めると私の目の前に鎧が正座していた。
正確には、鎧を着たプレイヤーなんだけど、その見た目は鎧としか形容しようがないほど鎧を着こみ、生身が見えている場所は一個もない。
頭の上に表示されているのは、退席中の黄色いマーク。
どこかへ行っているのか、それともVR睡眠中か。
VR睡眠はあんまり体に良くないらしいけど。
姿勢が固定されることが多いから首を痛めたりするって聞く。
にしても、なんでフィールドのど真ん中なんだろう。
PKとかモンスターに狙われるかもしれないのに。
見た感じはかなりの高レベルプレイヤーって感じだ。
こんな分厚い鎧と大盾、筋力がどれだけあれば持てるのかわからない。
「ん」
どうしようかと悩んでいると、鎧の人が男性か女性か分からない機械音交じりの声を上げた。
「わ、わぁ!?」
戻ったんだと、とりあえず声を掛けようとすると私の姿を確認したのか飛び上がるように尻餅をつく。
わぁ。びっくり。
「大丈夫ですか?」
「ああああ、あの、は、はい!」
そんなテンパらなくても……
「わわわ、私、タルタロスって言います!」
「リンクスです。それでなんでここに?」
「あなたが似ていたから」
「……似ていた?」
鎧の人。タルタロスの容量の得ない答えに首を傾げる。
「私の大好きだった人に」
「それは光栄だと言ったほうがいい?」
「あはは。それだけです。もしかしてって思ってしまってここで待ち伏せみたいなことをしてしまいました。すみません」
「なるほどね。違った?」
冗談交じりに問いかけると、タルタロスは金属音を鳴らしながら首を振った。
「違うかもしれませんし、そうかもしれません」
その動作と曖昧な答えが、少しだけ誰かと重なる。
表情は鎧で見えないはずなのに、その兜の下にある表情がなんとなく想像できてしまった。
だからだろう。
私はわざわざ口を開き、言う必要のないことを声に出した。
「キミは、どうしてこの世界に?」
「……え?」
突然の質問。
タルタロスは驚いたように声をもらす。
やがて、暫しの逡巡のなか、タルタロスは小さく呟いた。
「この世界を楽しむために、私は戻ってきたんです」
その力強い回答に、小さく頷く。
「この世界は楽しい?」
「はい」
「なら良かった」
……エスケで、あの子に一度同じ質問をしたことがある。
『キミは、どうしてこの世界に?』
『楽しむためです!』
気障な伊達男からの突然の質問に困惑しながらも、彼女は真っすぐな目で答えてくれた。
「リンクスさんはいま、楽しいですか?」
「楽しいよ」
彼女からの質問に、答えるとタルタロスは安心したように頷く。
それから会話はなかった。
自分の中に宿ってしまった確証めいた推測や疑念を結局のところ、口に出すことはできない。
ただただこの世界で、二人、何をすることもなく、漂うように座っているだけ。
切り上げるべきなんだろう。
そして私たちがやるべきことへ戻るべきだ。
少しだけ重い腰を上げて立つ。
「じゃあ私はそろそろ行くね」
「……はい」
直ぐに歩き出せばいいものの、結局足を止めてしまったのは、もしかすれば引き留められることを期待していたのかもしれない。
……こういうときに受け身になるのは、損でしかないと誰かが言っていたことを思い出す。
気合を入れるために、大きく息を吸って口を開いた。
「ねえ」
声は、震えてなかっただろうか。
「は、はい」
「……よければフレンド登録しようよ」
「え……」
「嫌なら」
「ちちち、違います……!」
タルタロスは大慌てで操作をして、私にフレンド申請が届く。
しっかりと申請を許可して、晴れてタルタロスとリンクス、この世界を楽しむただのプレイヤーはフレンドになったわけだ。
「じゃあ私は行くね。強くなって、追いつかないとなんだ」
「それは……」
「胸を張って、謝るために。そして迎え入れてもらえるように」
タルタロスがはっとしたように、顔を上げた。
「きっとあの人たちは優しいからもう許してくれてるんだと思う。星のようにキラキラした人たちだから。……だけど、そんな彼らに並ぶために私も輝かないとダメなんだ」
そして。
「そしていつか、私が逃げた全ての人に、謝りたい。無下にしてしまった想いも全部受け止めて、今度はちゃんと謝りたい」
伝えるべきことは全部伝えた。
ここで別れても、きっといつかはまた逢える。
それを良しとするかどうかは、ちょっぴりずるいけどキミに決めてもらおう。
タルタロスは静かに私の言葉を聞き終えた後、ゆっくりとした動作でそのヘルメットを脱いだ。
薄桃色の髪は黒くなり、地味な丸眼鏡をした小柄な少女。
大粒の涙がとめどなく溢れ、顔は鼻水やら何やらでべしょべしょになっていた。
少し身長が伸びただろうか?
昔よりもかわいくなった彼女の名前を呼んだ。
「ミルキス」
「ちがうんです。ちがうんです師匠。わたしが、わたしが壊してしまったんです……!師匠が好きで、師匠を独り占めしたくて、でも、でも、あんなことになるなんて思ってなくて……!師匠はなにも悪くなんてなくて、私が」
膝を折り、顔を覆ってうずくまるミルキス。
「私が悪いんです……!」
彼女の想いが溢れだして、慟哭となって草木を揺らす。
私はわざとらしくため息とついて、そんなミルキスに視線を合わせた。
「私がもっと早く、キミに伝えてれば。もっとキミを信用していれば。もっとキミに誠実であれば。私だっていくらでも悪いところはあった。そもそも私が逃げたことがいちばんの原因なんだ」
親指でミルキスの目じりを拭う。
「ごめんなさい。ミルキス。この一言が怖くて言えなかったんだ。キミに嫌われたくなかった。不安だった」
「わたしが……!師匠のことを嫌いになるわけないじゃないですか……!」
ミルキスが吠え、泣きギレする様子に思わず笑ってしまった。
懐かしいな……
手放してしまった。
だからもう二度と手に入ることはないと思っていたもの。
鎧を全部脱いで、インナーだけになったミルキスがぽかぽかと叩いてくる。
だんだんとぼやけてくる視界のなかで、ただただ今はこの幸せを感じていたかった。
Second Life –トラウマ少女はのんびりゲームを楽しみたい 森野 のら @nurk
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