大人見学の話

@azuma123

第1話

 特になにもしていない日々が続いている。先日は『映像研には手を出すな』『ファブル』『チェンソーマン』『ビースターズ』の新刊を購入した。帰りにミスタードーナツでポンデリングを買った。ついでに和菓子屋で桜餅も買った。なんとなく楽しい、いい日々になるのかなあと思っていた。

 そんな話はどうでもいい。そんな折、本日はわたしの家に大人見学で中学生がいらっしゃった。職業見学とはよく聞いたものの、今回は「大人見学」だという。仕事をしていない時に大人はなにをしているのかということを見学するのだそうだ。通常社会人というものは土日祝の休みであるが、中学生の休みを考慮し見学に出向けるのは平日のみ。そのため、たまたま見学日に休みであったわたしが毒牙にかかったというわけだ。わたしのいつもの休日ならば起きて朝飯と酒、昼は散歩で酒、夜は酒というクソのオールスターであるが当日はそんなわけにもいかない。ひとまずわたし以外の、従来の社会人がなにを考えているのかを改めて考えることにした。

 会社の同僚である同い年の人間に「休みの日はなにをしていますか」と聞いてみる。彼は「ずっと寝ていますね」と答える。それ以外はないという。ふざけんな、二四時間も寝ている人間がいるわけないだろう、そんなもん死体だボケと思いながら「そうですか」と笑顔を作る。そういうことを聞いているわけではない。

 もう一人の同僚に「休みの日はなにをしていますか」と聞いてみる。彼女は「買い物とかですかね」という。買い物といえど単純に近場のスーパーに惣菜を買いに行くのと、服を買いにくのじゃあえらい違いである。「どこに行くんですか」と聞いてみたところ、「だいたい友人と梅田(大阪で一番栄えている都会のまち)にいます」と答える。はいパリピは死んでくださいと思い「はかいこうせん」で即始末である。同僚は死んだがわたしも「はんどう」で動けなくなっていたところ、先ほどまでとはまた別の同僚が話しかけてきた。「大人見学ですか。ほんならスパワールド行けば、中学生も楽しんでくれるし結構いいですよ」

 そうかあと思い感謝を伝え、そのようにしようと思い立つ。スパワールドか。大阪によくある観光地、大阪城やUSJやなんかに行くのは「大人が普段なにをやっているのか」を見せるという名目ではなくなるし。スパワールドならいい感じにエンターテイメントであるが、疲れた大人を癒す場所である。休日はそこに行っているとて、おかしいことはあるまい。

 当日、本日である。朝の九時に五名の中学生がいらっしゃった。玄関でチャイムをならし、ドアを開けると律儀に横一列に並んでいる。ひとまずコーヒーでも飲んでもらおうかと部屋に招いてみたが、わたしの部屋は三畳しかないウサギ小屋であるため全員を収納することができなかった。中学生の一人が「ブラックコーヒーは飲めない」と言ったため、じゃあ部屋に招いても飲ませるものがないなあと思う。わたしの家にある口にできるものと言えば、キャベツとポン酢、ブラックのインスタントコーヒーの粉、麦焼酎くらいである。砂糖や牛乳なんかはない。じゃあまあ、と取り繕った笑顔を向けて外でジュースでも飲ませることにする。中学生五名、ミックスジュースでもおごってしまえば三千円弱はするのだろうなあ。

 想像通り喫茶店で三千円弱を支払い店をでる。ミックスジュースを注文したのは一名だけで、他はクリームソーダやらココアやら、パンケーキを注文したものもいた。たしかに職業見学であれば、子どもには一銭も持たせないのが定例である。詳しいことは聞いていなかったが、大人見学もその時間内で金銭が発生した場合は事業主負担なのだなあとしみじみ思う。大人見学だからスパワールドの団体割引が適用されるとて、わたしが全員の金額、約六千円を支払う必要があるのだ。こんなことなら徒歩で行ける淀川の河川敷で散歩でもすればよかったなあ。

 とにかくわたしは中学生五名を連れて電車に乗り、スパワールドのある西成に降り立った。大阪一のスラム街である。ここではだいたい毎日五十人は身ぐるみを剥がされた後に殺されている。女が一人で出歩いていれば、十中八九強姦をされたあとに殺される街である。駅を出た瞬間、これは完全にまずったなと思った。スパワールドのある駅、西成のスラム度を、わたしはすっかり忘れていたのだ。

 駅を出た瞬間に五人の中学生はどこぞのコジキやらヤクザやらわからない人間に連れ去られてしまった。一人、歳をとっているわたしは彼らの目にかからず、一人のよくいるコジキとして放置されてしまったようだ。大変申し訳のないことをしたナと思いながら、西成の安酒屋で酒をやっている。そろそろ帰ろうかなという気持ちである。

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