伝説の二人

人生

 憐れ滑稽後日談




 俺は伝説になる。


 何かビッグなことをして歴史に残る、そんな大物になると大昔から決めている。

 一度決めたら頑としてきかない、猪突猛進バカ太郎――面識のないはずの親父や友人、幼馴染みたちはみんな揃って俺をそう評する。


 だけどこれはもう、どうしようもないものなのだ。

 たとえば幼い頃の恐怖がトラウマとなるように、豆腐のような幼いメンタルは、鮮烈な出来事を刻むと〝型〟をつくる。

 決して消えない傷――心のかたち、俺の信念。


 俺の生きる意味、目標。


 俺は伝説になる。後の世まで語り継がれるような伝説になる。




                   ■




 私は伝説になる。


 以下だいたい同じ。


 大事なのは、私の話ではないからだ。




                   ■




 ――伝説ことの始まりはこうだ。


 俺がJIINに生まれたこと。

 俺の誕生、伝説の始まり。


 俺の家はむかしから、〝防主ぼうず〟という、いわゆるMONONOKE退治等を生業とする家柄だ。

 俺は立派な防主になって、いつかビッグなことをする――たとえばこう、なんかすげえ悪さをするバケモノを退治する。


 俺はある時、実家の倉で古い資料を見つけた。

 大昔に封印された、この世に災厄をもたらす存在……なんかそんな感じのものを探していて、それを見つけた。


 古い、御伽噺――かつてこの世界には『神様』がいた。世界をつくり人類をつくった、全ての始まり。オーマイゴッド。そうマイゴッド。JIINは神を祀っている。


 しかしその神様は死んだように生きている、下らない人類に嫌気がさした。

 自分のつくった被造物、だから自分の思うようにしか動かない。

 だから神様は、刺激を求めて地上に降りた。


 決まったカード、決まった手順でクリアされるゲームに、突然投げ込まれたワイルドカード――世界の歯車が空回りをはじめ、世界には混沌が溢れ出した。


 それが、この世界の成り立ちだという。

 今のこの混沌に満ちた世界の在り方は、全て神様のせいなのだ。


 つまり神様こいつ最強おれの敵。


 ……そんな神を祀っている実家に嫌気がさし、俺はJIINを飛び出した。


 俺は伝説になってやる。

 いつまでも語り継がれる伝説に、神様おまえの記憶に鮮烈に残るような想定外ワイルドカードに。


 混沌飽きましたっつって、あいつが俺の世界を壊さないように。


 お前のその人類こども見下した神様おやじ面、ぶん殴ってやるからな。


 楽しみに待ってろよ、俺が伝説になるその日を。




                   ■




 私は墓地を買った。

 住宅街の真ん中に、みんなが使える墓地をつくった。


 金の力で景観をぶち壊したのは、これが私の伝説の始まりだからだ。


 私は、私自身が語り継がれることに興味はない。

 私の成果こどもが世に残ればいい。伝説となり歴史に刻まれることだけを望んでいる。


 それが、私という弱者の精いっぱいの抵抗だ。

 どうあがいたっていずれ死ぬ、そんな矮小な命に生まれたことへの反抗だ。


 一国ひとつくにという大国には、土葬という文化がある。

 そのせいか、四年に一度、二月の亡き日ゴーストデイに、その死体が地中から蘇り生者を襲って大混乱になるという。


 四年に一度のお祭りだ。

 私はその日のために住宅街に墓地をつくった。


 ひんしゅくや反感は買ったが、そいつらの心も私は金で買ってやる。

 結果的に近隣住民の命も奪うことになるのだから、私はこいつらの人生すらも金で買ったことになる。

 ヒトはいっときの欲や都合に流され、大事な本質を見誤る。まったくもって嘆かわしい、平和な国の住民ども。


 まあ、私が金で雇った〝力〟に圧され、何も言えずに頷く他なかったのだがね。

 何かを言えば土地の肥やしだ。ゴーストデイにまた会おう。


 だけど私は親切だ。

 この実験は――いやいや、この事業は、必ずや伝説になるのだから。


 甦る予定の死体どもには、私のつくったクスリを含ませている。

 死体どもがなぜ生者を襲うのかは知らないが、そのシステムを利用して私はクスリを人々にバラ撒くのだ。


 それは、死なないクスリ。

 人々を生きた伝説に――死なない亡者に変える、私の実験成果こどもたち


 さあ種は撒かれた幕は開かれた――周囲のJIINも防主も金の力でびくともしない。


 私の伝説は、ここから始まるのだ。




                   ■




 伝説おとこ伝説おとこがぶつかった。

 まったくもって滑稽な、しかして致命的な御伽噺。


 神様気取りの研究者理系と、神様殺しの大馬鹿者体育会系


 彼が考えられる限り完璧な計画は、彼の想定しない世界の切り札ジョーカーによって敢え無く潰えた。


 残念無念の御伽噺ジュブナイル――二人はただのゴーストデイ被害者として、ただの数字になりました。




                   ■




 きっと俺は、新聞の片隅に写真が載るような偉業を遂げたのだろう――


「何を寝ぼけたこと言ってんの! あんたなんか被害者が何人いましたーでまとめられる程度の一般人だボケ!」


 まったくもって不愉快な、騒々しい金切り声。ここは病院だ静かにしろとさすがの俺も言いたくなるが、


「そんな伝説に……後の世にまで語り継がれたいならさ――」


 意識を取り戻した俺に馬鹿だの死ねだのしか言わない幼馴染みが、いつになく大人しい調子で言う。


「……私と子どもつくって、子孫繁栄すればいいんだよ」


 後の世にまで語り継がれる大家族――やがて俺の子どもは世界に広がり、俺は大ご先祖さまとして神のように語り継がれるのだろう――


「誰がお前と。俺はあっちの白衣の天使とかがいい」


「死ね! 今すぐ死ね! 女の一世一代の告白なんだと思ってんのよ! クソがこのクソが! 何を鼻の下伸ばして!」


「お前も口が悪いな……。ほら見ろあの人を、まるで闇の中に舞い降りた天使のようなあの人を」




                   ■




 ……独り身の私にとって、同じ病室できゃんきゃん喚く男女は後のトラウマになるほど鬱陶しい。


 なぜだ。どうして私の計画は新聞の一面に載っていない。


 ……平和か? 平和ボケしてるのか?


 あるいは公に出来なすぎて政府が隠蔽してるのか?


「…………」


 私は頭がいい。分かっているとも現実を。具体的に何がどうなって全てがダメになったのかは知らないが、平和ボケした痴話げんかを出来る程度には、〝彼ら〟には力があるのだろう。


 私はすべてを失った。あの日に資財の全てを注ぎ込んだ今の私には、もう何一つ残されていない。


 この身体も、この才能も、心が死んでは意味がない。


「お加減はいかがですか」


 と、白衣の女が言う。研究者かと思ったが、ここは病院、この国では看護師と呼ぶのだろう。


「…………」


 加減はいかがときかれても、ただ最悪だとしか応えられない。


 どうして私は生きている。

 私は伝説になって、この世界から凱旋しようとしていたのに。


 何もなくなった私の心に、白いシルエットが残っている。


 そうだ、この白衣の女みたいな、真っ白の――顔を上げると、女は笑みを浮かべている。


「大丈夫そうですね」


 何をどう見ればそう思うのか。普段は口など開かないが、この女はどうにも私の意識に引っかかる。


「私は死んだも同然だ。もはや私には何もない」


「でも、生きてるじゃないですか」


 人間とは――あぁ、そうだ、人間とは、生命とは、ただ生きているだけでは駄目なのだ。


「まったくもって不愉快だ。どうして医者は私を生かした」


「それが仕事だからです。……それが、仕事だからです」


 こいつは医者ではないだろう。しかしその言葉はやけに私の意識を乱す。


「ヒトを、生かすのは……」


 女が言う。


「あなたが、命を繋ぐためです。次の時代に、次のあなたに。そうして世界が続く限り、私には存在する意味がある」


 だから、これは私自身のためだ、と。


「何を……」


 言っているのか。


 利己を語りながら、この女には明確な己を感じない。

 白衣の天使と言われているが、まるでそう、神のつくった天使おもちゃのように――清廉で、潔白な、他人を救えるエゴがそこにある。


 ひとの気を知らない、機械的な《かたちだけの》善意がそこにある。


「ヒトが生きている限り、世界は続きます。あなたが生きている限り、あなたの世界は広がり続ける。たとえそれを望まない人がいても、あなたの命は誰かの糧になるでしょう。何かの役に立つでしょう。……生きて、世界に貢献してください。そしていつかちゃんと死んでください」


「…………」


 それがこの国の、死者を土に埋める――世界の糧として、その地に根を張り次代に繋ぐ、土葬という文化の在り方か。

 そしてこの病院という、弱者を救う施設の理念なのか。


 ……私の国とは大違いだな。まったくもって、他人のための奉仕など馬鹿馬鹿しい。


 全ては己のため、個人の生命だけを延長しようと死に物狂いの我が祖国は根柢の部分がまるで違う。


 まったく――実験の成果を披露するに都合がいい、その程度の認識で訪れたというのに。

 私は私の人生を変える終えるためにやってきたのに――その在り方に、鬱陶しいノイズが入り込む。



 たとえば子どもをつくったとして――そうすれば、私の人生いのちに意味は生まれるのか。



 ……独身なんだが。



「女、私と子どもをつくってくれ」



「すみません、お断りします」



「お前この私に気があるんじゃないのか?」



患者あなたに死なれたら目覚めが悪いと、同僚が言っていたので。……患者さんとの会話これ、私の仕事なので」



 いっそ清々しいほどに、その天使は淡泊だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伝説の二人 人生 @hitoiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ