四年に一度の祭典5

小石原淳

第1話 祭は永遠に終わらない

 式典で食べられる者を負け残り方式で決める「人肉の日」の祭典が、今終わりました。

 決敗戦で健闘むなしく敗れたサーロットは、立てなくなっています。グラウンドに大の字です

 ショックで足に力が入らない、というよりも彼自身の体力がとうに限界を超えていました。これまで生きてきた約十九年で一番、腹筋をがんばった日になりました。

(あとひと月の命か……それまでに、今日できなかった三十回をできるように努力するかな)

 青空を見上げ、小さな雲のかたまりを目で追いながら、そんなことを考えていました。

(あ、でも、ひと月後に食べられるってことは、太らされるんだろうか。北京ダックみたいに。そうしたら腹筋どころじゃなくなる)

 仰向けの態勢から、むくりと起き上がったサーロット。その動作が腹筋運動そのものだったことには彼自身、気付いていません。

「そろそろ行こうか」

 村の男性が二人来て、両サイドからサーロットを引っ張り起こそうとします。一人は顔馴染みの先生でした。

「結構です。一人で行けます」

 立ち上がったサーロットの腕を、男二人はがっちり掴みます。

「これも役目なんで、悪く取らないでくれよ。やけになって暴れたり自分自身を傷つけたりされるのは、全くもって本意ではないんだ」

「過去にいたんですね、そういう人。無理もない。ひと月後にはもうこの世にはいないと決定したのだから。僕だって体力が残っていたら暴れるかもしれない」

「……」

 サーロットを間に挟む形で歩く大人の男達は、揃って唇を固くかみしめ、肩を震わせました。

「このあと、僕はどうなるんです? 一ヶ月間、どこかに閉じ込められるんですか? 餌をたっぷり与えられて、まともな運動どころか腹筋も腕立てもできないような狭い場所に」

「――いいから。黙って着いてくれば分かる」

 男二人の内、先生の方が言いました。その声は裏返っていました。


 ひと月後の二月二十九日を迎えました。

 サーロットは役場の大きな食堂に一人置かれ、長テーブルの真ん中の椅子に着き、まんじりともしないでいます。目の前には楕円形をした大きな大きな白い皿。天井から下がる照明の光を反射しています。

 ひと月前の一月二十九日が人肉ひとにくの日であるのに対して、今日は人肉にんにくの日と呼ばれます。漢字で書くと同じなので紛らわしいのですが、前者が祭典、後者は式典と付けるので区別はできます。

(まさかこの皿の上に乗っかれというのだろうか。服、脱いで?)

 ここに来て自分に差し迫った未来を想像してしまい、怖気をふるうサーロット。この一ヶ月間を思い返し、どうにか払拭しようと試みます。

 祭典翌日からの一ヶ月間、集落から連れ出されたサーロットは、予想外の目に遭いました。何と、三週間の旅行をプレゼントされたのです。

 最初は何の冗談かと思い、次に村の役人同行(監視)の下、本当に旅立ったあと、これは死ぬまでの間をせめて楽しく過ごさせようという、慈悲のプレゼントなんだなと解釈しました。実際、初めて凄く大きな飛行機や凄く豪華な船、そして凄く速い鉄道に乗って、あちこちを旅して回るのは興奮を伴う素晴らしい体験でした。

 そして帰って来たサーロットは、人目につかぬよう密かに村に戻され、小屋のようなところに一人閉じ込められ、静かに読書をして過ごさせられました。


「先生!」

 長く待たされたサーロットは、重たい扉を開けて入って来た先生を見て、思わず叫んでいました。

「まだですか? このまま何にも知らされずにじっとしているなんて、おかしくなりそうで、正直、恐ろしいです」

「そのことについてなんだが、村長から直々に説明がある」

 しきりに鼻の下をこすりながら、先生が言いました。何かを堪えたような口ぶりです。

 先生がすっと横に退くと、後ろには村長が立っていました。

「村長……」

「この一ヶ月、楽しんでくれたかね」

 サーロットのややもすれば泣き出しそうな声とは対照的に、明るく尋ねる村長です。

「――はい。旅行は楽しみました。読書も、旅先で分からなかったことや知りたくなったことを補完できて、よかったです。でも、今日のこれまでの気分は最悪で」

「それは困ったな。これから、最高の料理が饗されるというのに」

 村長は肩越しにドアの方を振り返り、ぽんぽんと手を二度打ちました。それを合図としたのでしょう、ワゴンを押して料理人らしき男性が入って来ます。ワゴンにはドーム型の銀の蓋に覆われた大皿が載っているようです。

 サーロットは、蓋をしていても漂ってくる匂いに鼻をひくつかせました。

(これは油で炒めたガーリック? 付け合わせになるのか)

 しかし、その香りの中に、もう一つ別の匂いも感じ取りました。すでに、焼いた肉の香ばしい匂いが混じっているではありませんか。

(な、何だ? 牛肉と食べ比べされるのか?)

 その嗅覚は正しく、料理人によって蓋の取られた皿には、牛のステーキがどんと鎮座していました。血の滴るような赤身と、肉汁が、その断面から覗いています。


 さて。

 勘のよい人はとうにお気づきでしょうが、ひとにくの日とは一月二十九日の数字をもじったもので、にんにくの日も同じく二月二十九日の数字をもじったもの、ただそれだけです。人肉と書いても、人間の肉とは一切関係なし。

 故に、サーロットも――食べられる人であって、食べられる人ではないのです。

 そう、最高級牛ステーキを村特産の大きなニンニク付きで、食べられる人。

 自ら食材となって調理され、食べられる人になるのではありません。

 対象となる若者達の中から負け残った一人は、様々な体験をしたあと、最後にごちそうを食べてから、家族の下を離れ、村の外で知見を深めるのです。呼び戻されるのは早くても二十年ほど先になる(人肉の日の秘密を子供達には隠すため)ので、そこだけは罰ゲームと言えるかもしれません。


「――あ」

 この秘密を明かされたサーロットは、椅子からずり落ちました。腰が抜けたようです。村の大人達が総出で、何て大がかりでばかばかしいことをやってるんだと。

「この瞬間の反応が楽しみで楽しみで。やめられんようになってしもうた」

 村長はかかと笑い、先生も拍手している始末です。

 この分だと人肉の日の祭典と式典は、この先も五年、十年と長く、いや、村がある限り未来永劫、続けられることでしょう。

「四年に一度と言わず、毎年やりたいもんだねえ」

「無理です。さすがにばれます」


 終

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四年に一度の祭典5 小石原淳 @koIshiara-Jun

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