第14話.恋する委員長


「​──久遠君、好きです」


 何事も無かったかの様に目の前に立つ……おそらく制服のリボンの色が赤である事から同学年だと思われる女がそんな事を言う。

 もちろん俺と彼女に接点なんてない……クラスが一緒でも所属カーストが違うのだから、それも当たり前だろう……むしろ向こうがコチラに一方的に関わって来るであろう事が酷く気持ち悪く思える。


「いきなり何を言ってんだ」


 はて? おかしいな……俺はこんな街を歩けば十人中百人が振り返る様な綺麗な子との接点なんか無かったはず……日本人に有り触れた色だと言うのに、彼女のアーモンドの様な髪と同色の瞳だけはなんだか普通とは違うように思える。

 ……レッドと赤が厳密には違う色らしいし、専門家に言わせれば本当に違うのかも知れない。


「改めて私の彼氏は素敵な人だと惚れ直しました」


 キレ長の瞳は絶えず妖しい光をたたえ、幻視してしまう程に熱い吐息を漏らすふっくらとした唇によって魅力的な表情を豊かにしている……顔だけじゃない。

 女子の平均身長よりも数cmほど低いが、そのお陰で大半の男子と抱き合えば胸に顔がすっぽりと収まるだろう……無防備にも良く見下ろせる頭頂部へと目をやれば事で嫌でも目につく身長と不釣り合いな突き出た胸と尻……大きさだけなら雨森以上のそれは、まさに理想と言える。

 ……もちろん、そんな美人とは違って俺はボサボサの頭に目の下には濃ゆい隈……身長はそれなりだが、猫背なためにそれが目立つ事もない……断じて彼女の様な子から選ばれるような男性じゃない。


「頭おかしいんじゃないか」


 いきなり現れてはどう客観的に見ても、主観的に見ても、全く無関係な男性……それもクラスが同じなだけでお互いにお互いの事もまったく知らない段階で交際宣言など……頭がおかしいのではないか?

 そもそも俺は彼女とまともな会話すらした事がない……あまりにも真面目に学校生活を送り過ぎて火遊びがしたくなったとか、そういう感覚なのか?


「私はとても強いんですよ?」


 その言葉が何の意味を持つのかは知らないが、仮にそうだとすると、彼女の唐突な「私は強い」という宣言は脅しのつもりなのだろうか? ……ほら、雨森みたいに武力で迫って来るのかも知れない。

 そして案の定こういうタイプの女はいくら強くても、壊滅的に空気が読めない・・・・・・・らしい……そんなんでちゃんと男女交際が出来るのか、甚だ疑問である。

 いや……彼女の事だから、そう言えば大抵の人間は気を使って譲歩した可能性もあるな……というかその可能性が高いな。


「別に聞いてないから」


 ……さて、この場をどうやって切り抜けようか? いきなり目の前に現れては空気の読めない、頭のおかしい茶番劇を繰り広げる彼女をどうにかして落ち着かせなければ……俺の残りの学生生活は灰色どころでは済まないだろう。

 今までだって謙虚に暮らして来たのだ……授業では教師に当てられないように必死に目を逸らし、体育では目立たないように隅に自主的に移動し、休み時間は机に突っ伏して寝たフリ……昼飯だって便所飯を甘んじていたこの身である。

 早急に目の前の彼女の口を封じるか、この場からなんとかして逃げ出さなければ、そんな学生生活も終わりを迎えてしまう。

 ……いやまぁ、個人的には終わっても良いのだが、目の前の彼女が原因で……となると、何となく癪に障って気に入らないな。


「あの悪魔だって殺してみせます」


「あっそ」


 じゃあさっさと回れ右して帰れ​──とか言っても無駄なんだろうなぁ……俺なんかにこんな茶番をする理由は皆目見当もつかないが。​……いや、カースト上位あるあるの罰ゲームの嘘告白みたいなものか?

 ……いや、そもそも彼女自身も混乱しているという説はどうだろう? 俺が突然の事でビックリしてるんだから、彼女自身もそうなのではないか? 誰だってこんな現場を見たら普通は錯乱するものだろう​──待て、悪魔?


「だから​──神の意に背く蛆虫は私が滅して魅せましょう」


 ​​──そう言って、俺のクラスの学級委員長は胸から十字架を取り出してキスをする……厨二病の相手とか止めてくれよ。


▼▼▼▼▼▼▼


「「……」」


 あれから五分程度だろうか? お互いに何も言葉を発さないままに、口を噤み続けている……だってそうだろう? 俺の偽装したラブレターに誘われてのこのことやって来た吉野を秒で気絶させ、吉野に請われて隠れて見ていた俺を呼び付けたと思ったらこれだ。

 俺もあんな頭のおかしいラブレターを出す変人の顔くらいは把握しておかないと危ないと思って承諾したんだが……早まったかな。

 委員長の方は……祈るように両手を握しり締め、コチラを見上げるように見詰めているが……相変わらず何を考えているのか、さっぱりだな。

 ただの遅めの厨二病を患った痛い子なら良いんだけど。


「……あの、久遠君」


「……なんだ?」


 おっと、彼女の事を考えていたら本人から声を掛けられてしまったな……今度は何を話し出す? どんな言葉で俺を混乱させるつもりだ?

 不安そうな表情でありながら、コチラを心配する様な面持ちの彼女に警戒しながら返事を返す……いざとなったら、恥も外聞もなく雨森に泣き付くか。


「その、あのその……」


「……なんだ?」


 振り返えなければ分からないが、おそらく彼女が指差した場所には死体吉野(※死んでいません)が転がっているだろう……今さらながらに恥ずかしくなったか? それとも後ろを振り返ったところで俺も背後から襲う​──いや、普通に考えてそれはないか。

 多分だが、完全な他人である俺を厨二病のごっこ遊びに巻き込んだ事を悔いているのだろう……だが俺しか居なかったとも言える。

 他の奴らは委員長と交流があるし、俺みたいなクラスカーストは少し脅せば黙りそうだもんな。


「その、悪魔の残り香……早く処理しないと、手遅れになりますよ?」


「……どういう事だ?」


「? いえですから、早く元を絶たないと悪臭を消せなくなりますし、他の悪魔も引き寄せられてしまうかも知れませんよ?」


 ……あぁ、なるほど……コイツ、本物・・か……ごっこという認識すらなく、完全な厨二病なんだ。

 真顔でこんなやべー発言をする奴なんて居ねぇし、それが真面目な学級委員長なら尚更だ。

 本気でこの世に悪魔が居て、自分にそれを祓う力があると思ってやがる……委員長は知らないかも知れないが、本物の悪魔は無機物や有機物を問わず、真水に変えちまう様な奴らなんだぜ?

 ……でも、まぁそれを指摘したところで意味なんかない。

 精神疾患を患った者に対して『否定』は一番やっちゃいけない行為だと、何処かで聞いた事がある。

 ここは彼女のルールに従って受け流しやるのが一番楽で良いだろう。


「……じゃあ、それの処理を頼めるか?」


「! えぇ、もちろんです!」


 とりあえず、ここは彼女の言う通りにさせてやろうじゃないか……油断はできないが、ほんの少しでも隙ができればそれで良い……それで逃げれられる。


「そうか、それは助かるな……ちなみに悪魔の悪臭ってフ〇ブリーズで消せんの?」


 なんか適当にシュシュッて終わるやつだと良いなぁ……この後バイトもあるし。


「いえ、必要ありませんよ?」


「そっか〜」


 面倒臭いなぁ……もしかしてこれ、臭いを消すのにも変なオリジナル儀式とか必要なやつだったりする?

 委員長ってば本格派の厨二病なの? ……嫌だなぁ。


「……どうやって処理をするつもりなんだ?」


 とりあえず方法だけでも聞いておくか……方法だけ聞いて後は『自分でやっといた』とか煙に巻こう。そうしよう。

 いい歳して厨二病患者とかに付き合ってられんぜ。


「ほら、私って​──」


 ほら来い、それがどんだけ頓珍漢な儀式であっても今ここで実際にする訳じゃないからな……優しい久遠君は受け入れてあげますよ。

 十分に配慮した上でこの場での儀式は固辞し、後でやった風を装えば良いだろう​──


「​──天使ですから」


 ​​── そう言って、俺のクラスの学級委員長は金色の炎と共に翼を広げる。


「……」


 この時に俺は理解した​──やべー奴はだいたい人外だと。


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学生修道士達の不道徳恋愛 たけのこ @h120521

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