第13話.事後処理


「ふむ、裏切り者本人ではないが上出来だ」


 開口一番に女上司​──東雲さんが口にした評価に俺の金銭レーダーがビンビンに反応する。

 こんな如何にも自分にも他人にも厳しそうで、お堅い女が満足気にするって事はかなり良いんじゃないか?

 ……まぁ、学校で騒いで結構な目撃者が居るが、それが評価査定にどう響くかだな。


「おい雨森、特別手当くんを出して差し上げろ」


「はい、先輩」


「特別手当……?」


 おっといっけね、つい錦戸の事を欲望の赴くままに呼んでしまった……まぁ良いか。

 過ぎた事は仕方ねぇし、錦戸くんが俺にとっての小切手の様なものである事に変わりはないし。


「なぁ、結構な目撃者が居るがそちらはどうするんだ?」


「私の悪魔による洗脳催眠でどうとでもなる」


「何そのエロゲ」


 うっそぉ、東雲さんの契約悪魔の能力が超ズルいんですけど?

 洗脳催眠とかどうやって防げは良いのかさっぱり分からないし、現代科学もちょっとジャンルが違う気がするし……悪魔の能力だから心理学とか宗教学とか習っても、雨森の物質を真水に変える様に、過程を省くんだろうから意味無い気もするな。

 そして何よりも悪い事やりたい放題じゃん……さすが悪魔だな、人を堕落させるような能力をしている。


「えろっ……この能力はこういった時の事後処理や秘密の秘匿に使われる。断じてその様な邪な行いに使ってはいない」


「あ、はい」


 とりあえず雨森に牢屋を解除して貰い、東雲さんが洗脳催眠して錦戸の抵抗を抑えて拘束してから専用車両に連れて行くのをボッーと眺める。

 ……俺も悪魔と契約したら、どんな能力を使える様になるのだろうか。

 雨森や東雲さんの様な便利な能力だと有り難いんだが、果たして契約する悪魔は選べるんだろうか。


「さて、学校中を催眠したら私は帰るよ。警察官もコチラ側だから心配しないでくれ」


「ちなみに特別手当などは?」


 いやもう、警察官は大丈夫なの〜とか全然気にしてないし、むしろ興味ないからまずはそこを教えてくださいよ。

 ちゃんと手当は支払われるんですよね? ね?


「……きちんと払う。ちゃんと危険手当も一緒だから、一週間後に口座を確認すると良い」


「っしゃあ!」


「良かったですね、先輩!」


 なんなら先輩は私が養いますよ? という雨森のさり気なくも欲望ダダ漏れの提案を軽く一蹴しながらスマホを取り出し、すぐさま大量の書籍の取り寄せ注文を開始する。


▼▼▼▼▼▼▼


「……つい先ほどまで契約者と殺し合っていたとは思えんな」


「先輩ですから……あと、特別手当くんが特別アホで間抜けで弱かったというのがありますね」


「ほう?」


 だらしなく口元をニマニマと緩めながら今まで我慢していた欲しい本を注文する先輩の横顔を脳裏に焼き付ける様にうっとりと眺めながら東雲さんの疑問に答えます。

 あぁ、唐突に難しい顔をする先輩素敵です……多分途中で予算オーバーしてしまって厳選作業に入ったんですね。


「多分ですが、契約した悪魔に下剋上されていたんではないですか?」


「……そうだな、報告を聞く限り修道士に選ばれたとは思えんくらいに稚拙な対応が多く見受けられる」


 修道士って、まぁ端的に言ってしまえば国家公務員ですからね〜、それも超エリートの……皆が皆先輩みたいに有能で優秀で、ちゃんと試験を潜り抜けられた様な自分の能力を十全に発揮できる訳ではありませんが、少なくとも修道士に選ばれたのなら思慮深さとか諸々はクリアしたはずです。

 それなのに特別手当​──錦戸先輩はまるでそこらのモブ、いやモブ以下の知性で場当たり的で感情的で……とても優秀な人物とは思えないくらいに稚拙な対応を取り続けていました。


「悪魔があの人の身体を乗っ取ろうして、それに抵抗する為に精神を摩耗していたのでしょうね」


「そう考えるのが自然だな」


 悪魔は神や天使と違って契約を絶対遵守しますが、逆に言えば契約に縛られていない事なら何でもします。

 契約に穴があればそこを突いて契約者の身体を奪い、現世に受肉しようとして来ます。

 まぁそう聞けば『じゃあ身体を乗っ取るあらゆる行為を直接間接問わず禁止する』ことを契約に盛り込めばと、普通の方なら思うかも知れません。

 ですが、契約とは双方にとって利益があるから交わされるものです……ある程度の穴や悪魔が逆手に取れる状況にしなければ、そもそも契約を結んではくれません。

 そういった面もあって、修道士達はとても優秀な成績などが求められるのです。

 きっと、錦戸先輩はその契約の穴を悪魔に突かれる形で攻撃を受け続けたか、裏切る過程で契約内容のいずれかに触れる行為を働いた為に魂の一部を持っていかれた状態だったのだと思います。


「後はそうですね……錦戸先輩が〝野良〟の可能性ですかね」


「ふむ……一応帰ったら錦戸とやらの名簿があるか探ってみるが、もしそうなら面倒だな」


 神の言葉を代弁する天使が降臨した様に、悪魔だって地から湧いて来ます……天使と同じように現世の肉体が無い場合は存在できる時間が非常に短いですが、その間に人間と契約する事だってあります。

 私たち先輩の修道士や、政府の管理下にない状態で行われるその悪魔契約は酷く危険性を孕んでいますから、見つけ次第に捕えるのが推奨されています。

 ……まぁ現場を見つける事なんてほぼ無理なんですが。


「野良だった場合の方が可能性が高いかもですけどねー」


「特に元々優秀ではない人物が悪魔の甘言に乗る形で契約してしまった、その為に頭もおかしくなってしまった……の方が現実的か」


「ですね、学生と若いのですから悪魔と契約してそれほど時は経っていないはずです……仮にも政府公認の元修道士にしては悪魔に下剋上されるのが早すぎます」


 そんな、契約してからほんの数年程度で悪魔に下剋上される様な適正なしの人間が契約する事を政府が認めるはずがありません。

 それ以前に契約する前段階の厳しい試験によるふるい落としで弾かれるでしょう。


「まぁなんにせよ、あと一週間とちょっとで久遠への試験準備が終わる……それまでの護衛は頼んだぞ」


「言われずとも先輩の傍を離れませんよ……うふふ♡」


「はぁ……本当に頼んだぞ」


 私が先輩の傍を離れる訳がないじゃありませんか……もうこんなに愛しているのが見ていて分かりませんか?

 そんなんだから男っ気がないんですよ。……私も先輩以外の男っ気はありませんけど。


「では私はもう行く」


「ではまた放課後にでも」


「あぁ」


 東雲さんが能力を発動しながら去っていくのを見送ってから、私は先輩に背後から抱き着いて​──痛い! 叩かれた!


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