第12話.自爆の檻


「逃げるなぁ!」


「いやだって、止まったら動けなくなるし痛いし」


 とりあえず人の出入りがほぼない旧校舎まで走りながら、背後で気配を感じる度に蛇行する。

 見えない鉄よりも硬い壁が高速で飛来してくるようなもんだなこれ……避けた攻撃がそのままコンクリートの壁を破壊してやがる。

 しかも止まったら前みたいに足を固定されたりするんだろ?

 超やってらんねぇ……人間サンドバッグになんかなってやるものか。


「なぁ! 割と目撃者とか居るけど大丈夫なんですかね!」


「知るかぁ!」


 おっと、これはもう俺を殺す事しか頭に入ってないなぁ……本当に煽られやすくて頭に血が登りやすい性格をしている様で。

 本当に斉藤先生はこんな奴の何処に惚れたのやら……もしかして割と本気で脅されての関係だったりして。

 というか、さすがに人目は避けられねぇし、普通に生徒とかに目撃されてんだけど大丈夫なのかね……これ上手く切り抜けられても始末書とか書かされたりしないか?


「馬鹿が! 袋小路に自ら入り込みやがって!」


「袋小路じゃなくて武器庫なんですぅ!」


 旧校舎に入り込むと同時に、そこらの廊下に乱雑に置かれた椅子や机を錦戸に向けて投げ付ける。

 水道の蛇口を捻っては水を流し、窓ガラスを外しては砕いて投擲する。


「はぁ? こんな攻撃とも言えない行為に何の意味があるんだぁ?」


「ちったぁ、そのお粗末な頭で考えてみな!」


「……一息には殺してやらねぇ、時間ギリギリまで甚振ってから殺してやる」


 おぉ怖い怖い……窮鼠猫を噛むと言うが、まさにコイツがその状態だな。

 どうせもう後が無いからと開き直って後先考えない、周囲を巻き込むような襲撃と憎い俺に対する負の執着を隠そうともしない。

 ……まぁ、お前がはそれで良いよ。


「なぁ、人間って-百何十度って低温に耐え切れると思うか?」


「は? 何が言いたい?」


「短時間ならまだしも、さすがに長時間もそんな環境に居たら……いや、数分も居れば肺が凍っちまうかもな」


 壊れて破棄されたであろう椅子や机の鉄パイプを投げ付け、それが奴の目の前で面白い様にピタリと止まる様を見ながら問い掛ける。

 何をするつもりなのかと警戒して俺を見るが……俺はただを投げるだけの係だから意味ないんだよなぁ。


「ぶふっ、いや見るなら上だって上」


「は? 上に何が​──っ?!」


 二階の床から一階の天井までを真水に変換した雨森が勢いよくその水と共に錦戸の上へと落ちてくる。

 慌てて自身の能力で防御したみたいだが……お陰で奴の四方を避ける様に流れ落ちる水の檻に閉じ込められた形になる。


「雨森、冷やせ・・・


「了解です、先輩♡」


 さらに攻撃はそこでは終わらない……天井だった分の水が無くなると同時に雨森は奴の周囲の空気を真水ではなく、液体へと変化させる。

 空気中の気体の殆どは窒素であり、それが液状化した時にできるもの……とても有名な液体窒素の出来上がりだ。

 そうでなくとも? 酸素や他の気体の沸点も低いから、相当な低温の水が出来上がる。


「ククク……ほらぁ、自分の悪魔の力で防いでないと凍えちゃうよぉ?」


「この野郎ォ……」


「自分を見てみなよ、自分で自分を閉じ込めてるマヌケにしか見えないよ? ……あ、写真撮っとこ」


 スマホを取り出して間抜けな錦戸君をパシャパシャとこれみよがしに撮りながら嘲笑ってやる。

 雨森の能力でコイツの防御も突破する事が出来るんだが……まぁ少しの猶予をくれてやる。


「さて、お前に選ばせてやろう」


「……」


「今ここで嵌め殺しにされるか、自分で能力を解除して氷漬けになるか……俺的には素直に降参する方をオススメするが?」


 雨森が画面に映り込んでくるので写真を撮るのを止めつつ、錦戸に向かってそう問い掛ける……まぁ答えは分かってるけどな。


「はっ! 俺の防御すら突破出来ないで何を​──」


「​──雨森、やれ」


「ハァイ、先輩♡」


 俺の合図によって雨森は俺が錦戸に向けてせっせと投げ付け、奴の足下に散らばる……椅子や机の鉄の部分や、ガラス等の融点が高い物質を液体化させる。


「なぁ?!」


「いやぁ、まさか自らが作った檻の中で蒸し焼きになる方を選ぶとは」


 ほらほら、高音にさらさらて今度は机や椅子の木材部分が燃え始めたよ? そんな擬似的な密室空間で煙や二酸化炭素を大量に吸って大丈夫なの?

 面白いくらい分かりやすか慌ててみせる錦戸に向かって、これみよがしに嘲笑してやる……あぁ、気分が良い。


「先輩、鬼畜過ぎて最低なところも最高です♡」


「モジモジしながら言うな」


 お前みたいな見てくれだけは良い女が下腹の辺りを抑えながらモジモジすると変な気分になるから止めろ。


「錦戸、お前の能力はだいたい予想が付いてる……あれだろ? お前って気体をその場に固定化したり、飛ばしたり出来るんだろ?」


「……」


「さすがに分子レベルで空間を固定化されちゃあ何も通せねぇし、動けねぇわ」


 人や物が移動する時、移動した先にあった気体などは呼吸などで吸われるもの以外は人や物が元々在った場所に流れるように移動する。

 しかしそれが起きないのなら話は別……何もしていないのに、分子や原子が結合ではなく、全く同じ場所​──座標に重なって存在する事はほぼない。

 逆を言えばそこに物質があり自身の力で動かせないのなら、その先に移動したりする事は出来ない。

 奴は気体という物質をその場に固定し、擬似的に目に見えない壁を作り出した……鉄やコンクリートの壁が人一人の力で動かせないように、奴の力で固定化された空気の壁は人の力では動かせない。

 ……ま、目に見えないクッソ硬い壁を瞬時に作り出せるとでも思っておけば良い。


「​──でも操れるのは気体だけ、液体は無理」


「……」


「お前が今自分の身を守ると同時に蒸し焼きにしてるその空気の檻……それも雨森に水に変えられちゃあ、お前はお終いだぜ?」


 鉄やガラスが融ける程の高音に、窒素や酸素が沸騰する程の低温……それがぶつかったらどうなるかなんて、高校生じゃなくても分かるだろ?


「お前​──爆死したいの?」


 ドッロドロに解けて周囲の木材を燃やしてる鉄に、液体窒素をぶっかける……温度差でドカンと、量的にもこのエリア一帯は吹き飛ぶかもな?


「ふん、溶けた鉄に当たる前に液体窒素が蒸発して空気の膜ができるから爆発なんてしない……ブラフだろ?」


「確かに空気は優れた断熱材になるが……その蒸発して出来た空気の膜も雨森が液体化するが?」


「……本気なのか?」


「本気本気、超本気」


 鉄の温度が高過ぎて液体窒素などがその鉄に触れる前に蒸発してしまう事によって生じる空気の膜……優れた断熱材であるそれが鉄に低音を伝えない為に思ってたよりも爆発が起きないなんていう事が往々にしてあるが、その空気の膜すら雨森には関係がない。

 つまりその気になればお前はいつでも爆殺できるって訳だ。


「……蒸し焼きどころじゃないじゃないか!」


「お前はそのまま自分で作ってしまった檻に閉じ篭っておけ……それがお前の命綱だぞ」


「くそっ……!」


 さて、と……スマホで写真を撮ってた時にあのヘビースモーカーの上司には連絡を入れたし、学校側も騒ぎを聞き付けて警察を呼んでるかも知れない。

 ……わざわざ吉野の大根演技に釣られて俺を旧校舎の屋上にまで呼び出さなければ良かったのになぁ。


「せ、先輩っ……! 私の力をここまで上手く扱ってくれるなんてっ……! 素敵過ぎて濡れますっ……!」


「久遠志貴全肯定botは黙ってろ」


「きゃっ♡」


 ……コイツ本当に俺が何をしても肯定しかしないからな、やべぇよ。


「とりあえずお前はここで終わりだ」


「ちっくしょおっ……!」


 お、窓の外にパトカーが見えるな​──って、女上司まで一緒に来てるな。


「ぐへへ、とりあえず危険手当は絶対にもぎ取ってやるぞ……」


 何買おうかなぁ? お金が無くて泣く泣く諦めた新刊がいくつ買えるかなぁ?

 こうして重要参考人も生きたまま捕らえたし、特別手当も貰えるよなぁ? っていうか雨森を利用してでも絶対に受け取ってやる!


「あぁ、生き生きとした先輩の横顔が素敵ですっ……!」


 とりあえず錦戸を解放する時は一旦全て真水に変えりゃ良いだろ、なんて適当に考えながら俺は皮算用が止まらなかった。


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