金色ノ狐

meteorua'*

金色ノ狐

――身体が熱い

呼吸が苦しいなかで、金色の尾と耳を持つ少年は顔をあげた。

小さな集落は残虐にも攻め滅ぼされ、少年を信じた心優しきもの達も命を落とした。

「まただ……。また僕のせいでみんなが殺されたんだ。」

と少年は膝をおり泣き崩れた。

フードから覗いた顔は、まみれだが肌は白く、琥珀色の瞳と明るめの茶髪が特徴的で美しかった。

少年の名は七巫ななみ。伝説の種族と畏れられた狐神族最後の生き残りだ。

――ここ和の國では、領土と王権確立のための大規模な戦争が起こった。

各地で紛争が繰り広げられ、古の精霊の力を持つ狐神族こじんぞくは、悪魔だと非難され酷い差別を受けてきた。だが人々の都合のいいように戦争に駆り出された。

そのせいで大幅に人口が減少したのだ。

七巫の親族も皆滅びた。代々長の家系で七巫自身、通常の狐神族よりも強い妖術を使えるはずである……。

だが幼い頃のトラウマが枷となって、上手く妖力が使えなくなっていた。

それがこの集落へ来て一変した。

人々との触れ合いの内にまた以前のように強力な妖術が使えるようになったのだ。

その事実を知ってもなお、受け入れてくれた集落の第2の家族も戦火によって燃え尽きた。

七巫に悲しんでいる暇はなかった。その間にも追っ手が迫っているのだった。

紹介が遅れたが、僕は七巫のことを見届けるもの。うーんそうだな、ふうとでも呼んでくれ。

七巫は、突然立ち止まると何やら呪文を唱え始めた。瞬く間に辺りが輝き緑の淡い光に包まれた。

――200年後……

「世話になりました。」

とすっかり大きくなった……と言っても17、8の見た目の七巫が何度目かも忘れた旅立ちの日を迎えた。

言うのを忘れてしまっていたが狐神族は、人族じんぞくと比べると8倍以上も長生きなのだ。

寿命や紛争、そうしたもので何度も別れを繰り返してきた七巫はもう何の感情も抱かなくなってしまった。

正確にはそうするようにしているのだ。

もちろん悲しい……だが悲しんだり大きな感情の変化がある度に七巫の妖力は不安定になり暴発する。

誰も傷つけたくないからこそ、七巫はそうしているのだ。

今日はその別れの日だ。

最初に出会った夫婦の孫が今日、寿命でこの世を去ったのだ。

91歳と人族にしてはご長寿だった。

妖術で丁寧に埋葬すると、新たな出会いを求めて七巫は立ち上がった。

七巫は、先日気になる情報を入手していた。

「はるか西の山には狐神族がまだいる……と」

七巫は、約210年の生のなかで何度も人族の醜いところに触れてきた。

そんな彼だからこそ、この情報を信じる訳には行かなかった。

だが他にゆくあてもなく七巫は、その山に向かうことにしたようだ。

七巫が妖術で作った、霊玉れいぎょく達がもたらした情報は2つ。

壱、そこは、現王朝の大和の國帝国やまとのくにていこくを超えた先にある太元山たいけんざんであるということ。

弐、国境が敷かれており、正面突破は難しい。

「久しぶりに頑張ってみよう。」と七巫は呟くと空に浮き、

国境を目指した。

――精霊には4種類のものがある。

水、炎、草、風だ。

七巫は風の精霊の力を持っている。そのため空に浮き自由に舞うこともできる。

全速力の風の浮遊術で、あっという間に七巫は国境に辿り着いた。

「これくらいなら……。」

と空なら大丈夫だと油断した七巫に悲劇が訪れる。

「うがあっ!」

と見えない壁にぶつかり浮遊術は力を失い、真下へと転落していく。

かなりの高さから落下したものの精霊の加護を受けている七巫には、ほんのかすり傷程度のものしかなかった。

だがそれ以外が致命傷だった……。

「狐じゃないか?」

「狐神族の生き残りがいるぞ!」

「城の兵を誰か呼んでこい!」

と七巫が意識を失っているうちに騒ぎは瞬く間に広がり、とうとう城のものにも伝わってしまった。

最悪な展開だ……。僕も準備しておかなければ。

たくさんの武装した兵と王族によって七巫は、城へと連行された。

前にも言ったが、狐神族の強大な力はどんな國でも欲しがるものなのだ。

――

「うっ……。」

次に七巫が目を覚ましたとき、そこは牢屋だった。

辺りを見渡したが今は見張りの兵以外誰もいなそうだった。

「これなら脱出できる。」

と小声で呟くと七巫は、手に妖力を貯め始めた。

だが不思議なことに、何も起こらない。

何かの間違いだと思いたかったが何度やってもそれは変わらない。

どうやら妖術対策のされた狐用の牢屋だったようだ。

「うぅ……。」

七巫の目から涙が溢れた。

だが泣いても何も変わらないことを七巫は、身をもって知っていた。

こんな人族の中心に、王族に捕まるなど殺されてしまうに決まっている。

とふと七巫の鼻がひくついた。

狐の嗅覚は鋭い。微かにだが複数の精霊の匂いがする。

水や炎、風に草。それと少し血の匂いがした。

「……。」

と無駄な憶測はせぬようにただ黙って七巫はことが進むのを待った。

――程なくして複数人が牢屋に訪れた。

「私は、日向菊ひなぎくこの國の王女で事実上の女王よ。」

長い黒髪をなびかせる緑金の瞳を持つ女性。

そう素直に彼は思った。

「王女さまが俺に何の用ですか?」

答えは分かっていたそれでも一途の望みをかけて七巫は日向菊に問うた。

「あなたの力を頂きに来たの。私たちの罠につられてやってきたのでしょう?」

そう彼女は言うとにやりと笑った。

「さあ!力を!!」

「…………。」

七巫は何の抵抗もしなかった。

これがかつては伝説と呼ばれた狐神族に生まれた宿命なのだ。

精霊の力は血液に流れており、その心臓には心核と呼ばれる美しい水晶石がある。

「何か最後に知りたいことはあるか?」

そう目の前の王女は問いかけた。

「……ではこれだけ教えてもらいたい」

「よかろう。申してみよ。」

「太元山に狐神族がいるというのは本当か……?」

「あぁ。本当だとも」

王女がそういった瞬間、七巫は後ろから和の國の刀で貫かれた。

不思議と痛みは感じない。

意識を失う寸前

「まあ、今となっては全て亡骸だがな。」

と王女の不敵に微笑む姿があった。

――こうして七巫は死んだ……。はずだった。

七巫の足元にには美しい黄金の麦畑が広がり、心地よい風が吹いた。

風に導かれ七巫はある山にいた。

そう……太元山だ。

ここでふと現実に戻った。

目の前にはたくさんの墓が広がり淡い光が七巫を誘っていた。

「七巫おいで。」

とても懐かしい声が響き、七巫の身体が宙に浮き昼の空に現れた月へと吸い込まれるように消えていった。

――月の向こうで

「七巫会いたかった……。」

「俺も…。」

七巫は天国で再び家族に巡り会うことが出来たのだ。

「さあ行きましょう。」

おっと危ないこのままでは僕が置いていかれてしまうね。

「待っておくれ。七巫、父も忘れないでくれ。」

と狐達は死後の世界で幸せに暮らしていた。

下界に残るは、汚い人族の欲と黄金、狐の生きた証のみ。




――おしまい――



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