飛び立て、若人

佐倉伸哉

本編

 3月15日。卒業式。

 高校最後の晴れ舞台を祝福するように、空は雲一つない快晴。こんな日に昼寝したら最高なんだろうなぁ~……と思いながら、堅苦しく長々と続く誰かよく知らない人の祝辞を聞き流す。

 感慨? うーん……特になし。三年間通い続けてきた学び舎ともお別れ! 寂しい! ……とも思わない。大体、今日卒業するという実感もまだイマイチ湧いていない。

(……早く終わらないかな。あ、オッサンの話やっと終わった)

 そもそも卒業式前にみっちり練習させられたせいもあり、式典自体はドキドキもワクワクもない。立ち方から「仰げば尊し」まで何度も何度もやり直しさせられたら慣れて当然だろ。

 そんなこんなで、予定調和の式典に込み上げてくるものなどなく、粛然さを装いながら淡々と決められた通りの動きに徹した。


 式典という名の拘束から解放された卒業生はそれぞれの教室に戻り、高校生活最後のホームルームを受ける。“高校生活最後の~~”というフレーズは三年生になってから散々使われてきた常套句で、この一文が付くだけで何だかプレミア感が出てくる。使われ過ぎて叩き売り同然だよ。

 担任は一言二言ありきたりな言葉を生徒達にかけると「後は思い思いに過ごせ」とばかりに退散していった。空気読める担任で本当に良かった。ここでうだうだと自分の卒業式の想い出を語られても白けるだけだ。この担任で良かったと初めて思ったかも。ボーっとしている時に限って狙い撃ちされたり宿題が他のクラスより多かったりとか嫌がらせしてきたことは忘れないからな。

 お邪魔虫……ではなく担任が居なくなったことで、それぞれが仲のいいグループで輪が出来始める。

 別れを惜しんだり想い出を共有したりする中、俺はこっそり教室から抜け出る。担任の話は済んでいるので後は自由行動なのだが、声を掛けられても面倒臭いから気配を消して静かに。

 他のクラスでもキャッキャッとはしゃいだり抱き合って涙を流したりと感動的な光景が広がっている。でも、他人様がどうしていようが興味はない。

 そのまま校舎を進んで玄関に行って靴を履くと、愛しい我が子の大切な時間を邪魔しないように待っている保護者達を横目に、校舎裏へ向かう。


「……やっぱり、ここに居たか」

「ひゅいっ!?」

 校舎裏、人気ひとけのない場所。そこにうずくまって座る小さな背中。

 俺が声を掛けると、その丸まった小さな背中がピョンと跳ねる。

「ち、ち、ち、違うんです!! アタシ、ぼっちじゃないんです!! ―――って、なーんだ。公英きみひで君ですか」

 振り向いたのは、黒髪ショートボブで黒ぶちメガネ少女を掛けた小柄な少女。何というか、“地味系女子”というワードがピッタリ。悪く言えば“コミュ症”。

 この女は、貴音。昼休み時間にどこか絶好の昼寝スポットがないか物色している時にこの校舎裏のスペースで出会った。

「そもそもリア充だったらこんな日に校舎裏に来ねぇよ」

「うっ!!」

 俺の指摘に胸を押さえる貴音。まぁ、その言葉はブーメランで俺の心にも刺さるのだが……。

「お前のことだからここに居ると思ったが、仲のいい友達にサヨナラ言わなくても大丈夫なのか?」

「いいんです、アタシにはこの子達が居ますから……それに、公英君だってアタシが影で何て言われているか知ってるでしょ」

 そう話す貴音の表情が微かに曇る。

『空気の貴音』

『存在感ゼロ』

 地味で特徴のない貴音に対して、影でそう呼ばれている。クラス移動の時に数え忘れて置いてけぼりにされた、貴音の存在を失念していて配布物の数を間違えた。そんな笑えないエピソードがまことしやかにささやかれている。しかも、それらの話は事実でもあるから余計にタチが悪い。

 休み時間でも誰かと話すこともなく、読書しているか居ないか。親しく交わらない性格も災いして誤解が広まった。それについて俺がどうこう言える立場ではないが、酷いとは思う。

「……こうして見ると圧巻だな」

 目の前に広がる光景に、思わず感嘆の溜め息が漏れる。

 そこにあったのは……赤、黄、ピンク、紫、白と色とりどりの花々。そのグラデーションはさながら高級な絨毯のようだ。

 この校舎裏のスペースは昼休みの時間だと太陽の光が燦々さんさんと降り注ぐことから、貴音は秘かに花の種を植えて丹精込めて育ててきたのだ。俺は俺で校内の喧騒が嘘のように静かな上に日差しを浴びたコンクリートが心地よい温もりだったこともあり、ここに入り浸ったのだが。

「最近は天候も穏やかで気温も高めの日が続きましたからね。晴れの日に間に合って良かったです」

「しかしまぁ、ここまで色々あったな。用務員のおじいさんに雑草と間違われて全部刈り取られた時はどうなるかと思ったぜ」

「あの時は絶望しかなかったです……まぁ、あの一件があってからはおじいさんも気をつけてくれるようになりましたので良しです」

「肥料の分量を間違えて雑草がうじゃうじゃ出たこともあった」

「選別するの大変でした……」

 コンクリートに寝転びながら、貴音の作業する姿を眺める。これが俺の昼休みの至高の一時だった。

 貴音もここに来ると誰の目も気にせず伸び伸びと自由にガーデニングの時間を謳歌していた。学校の一角に無許可で家庭菜園を作ることの是非は置いておいて、その熱意は認めなければならない。

「お、タンポポ」

 絨毯の端に、白い綿毛を丸々と蓄えているタンポポを見つけた。

「懐かしいなー。昔はこれ見つけると吹いて遊んでたな」

「あ、分かります。アタシもそのクチです」

 懐かしさからタンポポを摘むと、童心に返って思い切り吹いてみる。白い綿毛が風に舞って空へ飛んでいく。

「……貴音は進学先どこ?」

「アタシは古都大学の農学部です。将来的には植物学科に行きたいです」

「げ。メチャクチャ偏差値高いじゃん」

「公英君は?」

「俺は地元の大学。下が二人いるから県外はダメだって親に言われた」

「そうなんですかー……」

 会話が途切れ、暫し無言の時間が続く。賑やかな校舎とは一線を画して、風の音がよく聞こえる。

 そうか。あのタンポポのようにみんな風に吹かれてそれぞれの道を行くんだな。野原に落ちるか、コンクリートの片隅に落ちるか、。でも、どこに着地しても芽を出し、根を張り、花を咲かせることに変わりはない。……なんか、急にタンポポに親近感を覚えてきたぞ。

「……そっか。頑張れよ」

「うん。公英君も、頑張ってね」

 そう言うと、俺は校舎の方に向かって歩き出した。


 飛び立つのは今だ―――。


(了)

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飛び立て、若人 佐倉伸哉 @fourrami

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