青い向日葵

くにすらのに

青い向日葵

 子供ながらに珍しいと思った。青い花を咲かせるひまわり。

 たくさんの種が取れるけど、その全てが青いひまわりになるわけではない。

 それでも毎年少しずつ本数は増えていった。


「俺、絶対にこの青いひまわりを守るから!」

「う゛ん゛」


 小学4年の夏。私は父親の仕事の都合で北海道へ引っ越すことになった。

 春の時点でこの話は決まっていて、幼馴染の日向ひなたにもちゃんと話していた。

 ずっと先のように感じていたけど、一学期が終わって、一本目の青いひまわりが咲いた日がお別れの日になってしまった。


「写真送るから! いっぱいの青いひまわりの写真」

「う゛ん゛」


 涙で日向ひなたの顔はちゃんと見えていない。

 声だって自分の泣き声がうるさくてちゃんと届いていない。

 ただ涙声で返事をすることしかできなかった。


「それではむかいさん、お世話になりました」

「こちらこそ、うちの日向ひなたと仲良くしていただいて」

「ほら、あおい。バイバイは?」


 母さんの手をギュッと握り、日向ひなたの顔をじっと見つめる。

 溢れ続けた涙もいい加減収まり、ようやく視界が開けてきた。

 日向ひなただって鼻水がズルズルで酷い顔だ。


「青いひまわり、ちゃんと咲かせて。大人になったら見に来るから」

「任せろ!」


 実際には私と日向ひなたが水をあげていただけ。

 日向ひなたのお母さんが手入れをしてくれたから毎年綺麗な花を咲かせている。

 それを知っているから日向ひなたに任せるのは不安だったけど、その虚勢がおかしくて少しだけ笑顔になれた。




 翌年、ひまわりの季節が終わりを告げる頃、日向ひなたが交通事故で亡くなったというしらせを受けた。

 その事実を受け入れられなくて、お通夜にも告別式にも参列を拒否した。

 




 それから月日が流れ、母さんがご近所さんからひまわりの種を貰ってきた。

 すでに癒えていたと思っていた傷がズキンと痛む。

 今になって、ちゃんとお別れしなかったことを後悔する。


「それ、こうよ。北海道の夏は短いしさ」


 気温の低さが心配だったけど植物は強い。

 しっかり芽を出し、ぐんぐん成長していった。

 そして


「青い……ひまわり?」


 自分の目を疑った。子供の頃に見た青いひまわりが北海道の大地に咲いているのだから。

 居ても立ってもいられず、大学の夏休みを利用して以前住んでいた場所へと帰った。

 うろ覚えだけど町並みは大きく変わっていなくて、メモした住所にはむかいの表札が掲げられいた。

 塀の向こう側には、天に向かって高く高く伸びる青いひまわりが顔を出している。

 

「もしかして……あおいちゃん? もう綺麗になって。大学生?」

「あ、はい。日向ひなたのお母さん……ですよね」

「そうそう。懐かしいな~。ささ、上がって上がって」


 インターホンを鳴らす勇気も出ず、どんな風にお邪魔していいか手をこまねいていたので助かったと言えば助かった。

 それでもやっぱり気まずさはあって、できることなら逃げ出したい。


日向ひなたあおいちゃんが来てくれたわよ」


 昔からよく知っている和室に案内されると、そこには私が知っているよりも少しだけ大人びた顔をした日向ひなたがいた。


「小学生のあおいちゃんにはショックだったわよね」

「ごめんなさい。ちゃんとお別れに来られずに」

「いいのよ。友達の死に向き合うなんて、小学生にはまだ早いもの」


 恨まれていたらどうしようと思っていた。

 そんな心配は杞憂きゆうで、日向ひなたのお母さんはあの頃と全く変わっていなかった。


「ところで、どうして急に?」

「実は、母さんが貰ったひまわりの種が青いひまわりを咲かせて。それを見たら日向ひなたに会わなきゃって」


 スマホで撮影した青いひまわりを見せる。

 空の青さに負けないくらい濃い青が力強さを感じさせる。


「そっか、あの子がいた種、届いたんだ」

「え?」

「実はね、北海道まで青いひまわりを届けるって言って、いろんな人に種を配ってたのよ。その種をまた他の人にプレゼントしてくださいって」

「それじゃあ、10年かけて日向の種が北海道まで届いたっていうことですか?」

「たぶんね。ふふ、日向ひなたったら、本当にあおいちゃんの事が好きなのね。北海道まで行っちゃうなんて」


 声が出ない。涙が止まらない。

 私は10年間、日向の死に向き合えなかったのに、日向ひなたはずっと私のために種を繋いでくれていた。


「写真じゃなくて実物を送ってくるなんて、日向はすごいなあ」


 夏の湿気を吹き飛ばすように、爽やかな風がスーッと部屋を抜けていく。

 ほんの一瞬だけど、北海道で過ごす夏みたいだ。

 青いひまわりはゆらゆらと揺れる。まるで別れを告げる手のように。

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