二月、街の真ん中で
白里りこ
Révolution de février
22日の遅くに、あの人が頬を紅潮させて家に来て、あたしに報告をした。
──今日、国民軍の兵隊さんが、俺たちに向けていた剣を、鞘に収めた。
俺たち改革派の鋼の意志が、兵隊さんにも届いたんだ。
普通選挙への改革を阻む奴らには、もうゴミみたいな勢力しか残っちゃいない。
明日こそが決戦の日だ。俺たちが勝つ日なんだ!
それから忙しそうにまた出て行った。
引き続き、バリケードを築きに行くのだ。
あたしは霧の中に消えていく彼の背中をじっと見つめ──それから、後を追った。
腕に覚えなんてない。でも、力を貸すことはできる。声を上げることはできる。
あたしの可愛い恋人が王政府に喧嘩を吹っかけたってんだ、ここで加勢してやらなきゃ女が廃るってもんよ。
──そして、夜が明けた。
23日水曜日。冷たい雨が降っている。
パリのあらゆるところに、バリケードが張られている。舗装は剥がされ、馬車がひっくり返されている。
その陰に隠れたあたしの恋人は、昨夜とは打って変わって、顔を白くして震えていた。
「国民軍だって市民なんだ……こっちに味方するに決まってる」
自分に言い聞かせるように呟いている。
あたしはその背中を優しく撫でた。
「大丈夫だって。昨日あんたらは、武器を見せられてもちっとも臆さなかった。その気迫に負けて、兵隊さんが刃を収めたんだろ? こっちの心は通じたんだ。もう負けやしないさ」
「だといいが……」
「ここに来て、気持ちで負けてどうする。正々堂々やってやんなよ」
そう励ますと、彼はようやく少しだけ笑った。
「そうだな。君みたいな可憐で勇敢な女性を守るためにも、俺たちは勇気を出さにゃあな」
「やだよ、もう」
あたしは恋人の肩を引っ叩いた。
そして、事態はあたしの言った通りになった。国民軍のほとんどが、あたしたちに味方したのだ。
政府の奴らは、今更になってビビりあがっていた。自分たちの味方であり戦力であるはずの国民軍が、革命の側に寝返ったんだから。
あたしたちは果敢に街中を突き進み、一日じゅう、あっちこっちを荒らして回った。
そして、日もとっくに暮れた夜の九時ごろ、またぞろ大規模なデモをやるってんで、あたしたちは駆けつけてそれに参加した。
赤い旗が夜空に翻る。これは革命の色だとあの人は言った。多くの尊い血を流して得た、俺たちの権利の象徴なんだと。
歌え、市民たちよ。進めや進め!
デモ隊は行進を続け、やがてキャプシーヌ街に差し掛かった。
そこには……敵の正規軍が待ち構えていた。
睨み合う両者。
それからは、時間がとてもゆっくりに感じられた。
奴らが一斉に銃を構えるのが見えた。あたしは反射的に逃げようとして、ハタと思いとどまった。
──武器を見せられても、臆するな。
──気持ちで負けちゃダメだ。
あたしは、甲高く叫び声を上げて、恋人を後ろへと突き飛ばした。
それから、足にぐっと力を入れて、怯むことなく、前を向いた。
そして全てが赤に染まった。
────────
1948年のフランス革命。別名、二月革命。
23日の夜に起きた「キャプシーヌ街の惨劇」で、デモ隊は五十名ほどの死者を出した。
これに対し、デモ隊は、怒り狂った。
「復讐だッ! 武器を取れ!」
激昂のまま、人々は葬送の行進を始めた。
被害者の遺体を馬車に乗せて、街中を練り歩く。
その中で一際、松明の灯りに煌々と照らされるものがあった。
先ほどの銃撃で血塗れになった、うら若き女性の遺体だった。
この光景を見たパリ市民は、非常に大きな衝撃を受けた。そしてそのことごとくが、革命側に加担することを決意した。
翌24日、膨れ上がった市民たちの集団は、怒涛の勢いで攻撃を開始。
昼には国王一家が逃亡し、直後にブルボン宮殿は民衆の手に落ちた。
二月革命の成功である。
このことは直ちにヨーロッパ中へと伝わり、各国での革命運動の火種となった。
一人の勇敢な女性の、鋼の意志。
彼女の遺したものは、やがて、世界を揺るがす大きな動きへと変貌していく──。
おわり
二月、街の真ん中で 白里りこ @Tomaten
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