第3話 チキン野郎は戦略的撤退を通じて
昨日の夜、インスタグラムに自分のアカウントを作成し、どうしても気になった『彼女』のアカウントを見つけ出すことには成功した。
しかし、勇気が出ず『フォロー』ボタンを押すことが出来なかった。これだけ聞けば、収穫ゼロで何やってんだよ! となるところだがひとまず落ち着いて聞いて欲しい。俺が何も収穫ゼロで退散したとは思わないでいただきたい。
昨日の夜、インスタを通して得た収穫というのは『彼女』の名前を知ることが出来たということだ。アカウント画像の下に表示されていた名前には『しおり』と、記されていた。これが本名かどうかはわからないが9割型本名と言ってもいいだろう。
「しおりさん、かぁ……」
頬が緩むのを必死に堪えながら俺は静かに名前を呟く。 しかしながら、中にはこう思う人も多くいるだろう。
収穫は名前だけかよ、と。
ちょっと待ってよく考えて欲しい。
俺がしおりさん(仮)と出会った (正確には見かけた) のは昨日の一限の話だ。そして、名前を知ることができたのは昨日の夜。ゼロの状態から一日の内に名前を知る段階まで進めた俺を誰が責めようか。むしろ褒めたたえてくれてもええんやで?
帰りのSHRが終わると、クラスメイト達は一目散に携帯の電源をONにする。そんな急がなくても誰からも連絡なんて来てないよ。だって、君が携帯を使っていなかった時間は、同様に同じ学校の子達は使えていないんだから。
と、言いつつ、俺も帰り支度の前に携帯の電源つけている。いかに携帯に依存しているかがよくわかるな。やはり俺は現代っ子。
帰り支度をしていると突然明るい声で名前を呼ばれた。顔を上げると、そこには『完璧美人教師』の
「この後時間あるかな?」
少し顔を傾け、上目遣いで聞いてくる。
おっと、直視は危険だ。慌てて視線を外す。
にしても、この後の予定を聞くっていうのはそーゆーことですか? ちょっと含みのある言い方過ぎて言葉の裏を読もうと必死になっちゃいますよ。
「……っありませんけど……どうしたんですか……?」
「……ちょっと話したいことがあって。職員室来てくれるかな?」
「もちろんですっ!」
即答である。この学校に通う全ての男子諸君、すまないね。心の中で勝ち誇った表情を浮かべる。
「じゃあ、私は先に職員室戻ってるから都合がいい時に来てね」
そう言うと、結城先生は足早に職員室へと戻って行った。
え、今すぐ行ってもいいんですよね?
しかしながら先生は先に職員室に戻った。都合がいい時に来てねと言った。つまり、今すぐはあまりよろしくない、という事だろう。15分ほど図書室で時間を潰すことにしよう。空気読める俺、なかなかポイント高い。
俺たちの学校は北舎、南舎それぞれ4階建てで、別館がいくつか存在する。北舎は各学年のクラスが、南舎には特別教室が設置されている。俺たち1年生のクラスは4階。ちなみに、2年生は3階、3年生は2階、職員室は1階に位置している。
今から向かう図書室は2階を経由してしか行けない別館にある。
荷物を持ち上げ、ゆっくりと目的地へ歩みを進める。
階段を降りているとどこかから楽器の音が聞こえてきた。音の源を探しながら歩いていると、3階の北舎と南舎を繋ぐ渡り廊下で吹奏楽部の数人が練習をしているのが見えた。
暇つぶしがてら、目立たないように練習姿を見学しているとその中に見覚えのある顔がいた。
そこにいたのは、あの「しおりさん(仮)」だったのだ。
ここに来て「しおりさん(仮)」が吹奏楽部であるという新情報を入手いたしました、隊長。心の中で隊長 (俺) への敬礼も忘れない。
体育館で見た時よりも距離が近く、より鮮明に「しおりさん(仮)」を視認することが出来た。
加工フィルター越しに見ているかのように目は大きく鼻は高い。ハーフと言われれば納得出来る、そんな顔立ちだ。 黒髪ロングで「クール」や「美人」という言葉の方が似合う第一印象ではあるが、笑った顔を見ると「かわいい」の要素も兼ね備えているように見える。
すると突然風が吹き、黒い髪が宙へ放り投げられたかのようにふわっと広がる。さながらヘアケア商品のCMの様だ。
見とれていると、俺の視線に気づいたのか「しおりさん(仮)」はこちらを向く。
双方の視線がぶつかる。
「…………」
「…………」
鼓動が速くなる。
「しおりさん(仮)」は固まる俺を見て首を傾げる。
そこで俺は我に返る。
やばい。
やばい。
やばい。
目が合ったどころか、コンマ数秒間見つめ合っちゃいましたよ、隊長。
おいおい、待て待て、違う違う。
今考えるべきはそんなことじゃない。目が合ったことは嬉しさ通り越して感動の域に達する事件だが、なぜ「しおりさん(仮)」が見知らぬ俺を見たのか、を考えれば今起こすべき行動の答えは容易に出すことが出来る。
なぜ接点もない他人と目が合ったのか。
それは、一方が他方を見、その視線に他方が気づいたからだ。つまり、俺が「しおりさん(仮)」を見ていたことが「しおりさん(仮)」本人に気づかれてしまった、ということだ。
誇り高き勇者諸君は、これをチャンスと捉えて話しかけたりするのだろう。しかし、俺は誇り高き勇者でもなんでもない。ただのチキン野郎である。
ならばここで俺が今、取るべき行動はただ一つ。
えすけーぷである。
ストーカーと思われてしまった可能性がある以上、ここから立ち去るのが懸命である。インスタでアカウントを探したことよりよっぽどストーカー度が高い。しかし、目が合ったと言っても一瞬の話だ。まだこれから挽回のチャンスはいくらでもある。そう、これは『戦略的撤退』なのである。
滑るように階段を下りていく。
目が合った瞬間、3年分は心臓動きましたよマジで。
興奮も合わさり、慌てて足を動かしているせいでだんだん階段を降りるリズムが狂い始める。
やばい。
たくま’s 直感がそう言っていた。
しかし、そう感じた頃には時すでに遅し。
足がもつれ、身体のコントロールを失う。
今の俺はただ、目を瞑り、衝撃を待つことしか出来なかった。
しかし、一向にその衝撃はやってこない。
そっと目を開くと、そこには俺の身体を、顔を真っ赤にさせ、足をプルプルさせながら必死に支えている結城先生がいた。
「……ううっ、だっ、だっ、大丈夫……?齋藤くん?」
結城先生の顔をしばらく見つめる。
視線を外し、少し頬を赤めながら結城先生はもう一度呟く。
「……あの……、齋藤くん? 大丈夫かな? 大丈夫だったら、その……、先生、そろそろ限界だよ――」
支えていた腕の力がだんだん弱まっていくと、俺の身体は再びコントロールを失う。
先生は階段の途中でしゃがみ込み、その上を俺が飛び越す形になった。
今度は誰かが支えてくれるわけでもなく、しっかりと身体に衝撃を受ける。
「……いっ……」
受け身に失敗し、直でダメージを受けた俺はそこで意識を失った――――。
現代ラブコメはスマートフォンを通じて 山神 拓真 @yamagami02513
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