拡散するオレの子供たち

うめもも さくら

オレには一切の身に覚えはない!

「ねぇ!早くご飯食べちゃってよ!!」

長い髪を耳より少し高い位置でひとつにまとめている美しい少女に大きな声で揺さぶられたオレは怒った顔をしている年下の少女に曖昧あいまいに返事を返す。

そんなオレに、片付けられないんだからと言いながらもそれ以上急かすつもりはないらしくスリッパをパタパタとならして去っていった。

「怒られてるぅ!早く食べちゃいなよ、美羽みうお姉ちゃんのご飯おいしいよ?美夏みかが食べちゃうぞ!」

年下の美羽に怒られたオレを軽く揶揄からかうように美夏がオレに言う。

オレがそちらをちらりと見れば怒られるぅ!っと軽口をたたいて足早に去っていく。

美羽と違って美夏は髪が肩より上の位置で切り揃えられいていかにも健康的な少女といった風貌ふうぼうだ。

「ただいまー!チビたち幼稚園に送ってきたよー」

そう言って玄関から声をかけるのは美羽たちより少し大人びた女性。

ぼんやりとしているオレをみつけるなり胸元までのばしたゆるいウェーブのかかった髪をなびかせて大きな足音をたてて勢いよく近づいてくる。

「まだ食べてないのー?ならもらっちゃおう、お腹すいちゃって……いい?」

そう美しい女性に上目遣うわめづかいで言われて自分は心臓を大きく高鳴らせながら腹話術ふくわじゅつの人形のようにコクコクとうなずいた。

「あ!また優希ゆきお姉ちゃんにご飯食べられてるぅ」

「食べられてるぅ!みき!さきと一緒におすわりしよう!」

美希みきはうん!と元気のよい返事を咲希さきへ返すと座っているオレのひざの上に躊躇ちゅうちょなく登って座る。

二人は顔がよく似た可愛らしい双子だ。

彼女たちが放り投げたランドセルが転がっている。

「あ!っもう!結局ご飯食べてない!体こわしたらどうするのよ!」

美羽が部屋に戻ってくると彼女に続いて美夏も部屋に入ってくる。

女性が集まるとかしましいとはよく言ったものだと窓から差し込む少しばかり眩しすぎる日差しを顔に受けながら誰が見るともなしにつけられていたテレビに目を向けた。

そんなオレに少女たちが結託けったくしたようにオレに向かって呼び掛ける。


「「「「「お父さん!!」」」」」


まず1つ言わせてもらえるなら。

オレは結婚もしていなければ彼女さえいない。

なにしろオレはよわい19年しか生きていない若輩者じゃくはいものだ。

そんなオレには年齢的にも無理がある話だ。

おそらくオレをお父さんと呼ぶ女性のなかにはあきらかに年上の人もいる。

オレ自身には一切いっさいの身におぼえがないのだが。

それも当然というものらしい。

彼女たちの話を聞けばそれも仕方なのないことだと納得させられる。

なぜなら彼女たちは


前世ぜんせのオレの子供たち


だと言うのだから。


まるで信じられない話だが信じるほかない。

なぜなら彼女たちと出逢い目を見た瞬間にオレにも前世の記憶がよみがえってしまったのだから。

まるで言い訳しようがない。

オレは19歳にして、ここにいない子達を含む8人の子の父になってしまったのだ。

前世のオレにひとこと言いたい。

前世の問題は前世のうちに解決しておいてくれっ!と。


どうやら前世のオレはどこかの貴族きぞくのようでそれはもう火遊ひあそびがお好きだったようだ。

貴族というのはまあ、いわゆるお金持ちのことでつまりのところお金持ちのバカなボンボンの坊っちゃん。

通称バカボン。

そのバカボンは美しい女性を見かけると見境みさかいなくれて口説くどきに行っていた。

またそのバカボンも腹立つほどにイケメンだったものだから女性もその口車くちぐるまに乗せられて恋に落ちてしまったらしい。

バカボンはどの女性にたいしても本当に惚れて愛しているというからたちが悪い。

たくさんの女性と恋仲こいなかになり、そして子ができた。

彼は本当に喜び、子のためにあれやこれや考えていろいろなものを準備した。

おもちゃ、服、飾りやいつかのとつぎ先まで考えた。

その子の面倒見る前に彼は不運にも命を落とした。

そして生まれ変わりオレになったわけだが。

オレは別段べつだんに顔がいい方じゃない。

お金持ちでもない。

ごく一般的な男子大学生だ。

彼がオレに受け継がせたものは顔や家柄、恋人ですらなく彼が愛し育てたかった子だった。

オレは彼にかわり、彼女たちをこれから育てていかなくてはならない。

彼女たちが成長してこの手を離れるまで。

この美しい少女たちを、彼女たちが誰かと結婚してくれるまで。

それがオレと彼女たちに課せられた運命だから。


「ちょっとお父さん聞いてる!?」

美羽がこちらに向かってまた怒ったように聞く。

「聞いてるよ、いつもご飯ありがとな美羽」

オレがそう言って少し照れながら父らしいことを言うと美羽はいつもぷいと顔を背けてしまう。

嫌われているのかなと心配になるが美夏いわくそうではないと言うからひとまず安心している。

今オレは彼女たちとこの家で暮らしている。

彼女たちの親御おやごはそれを了承りょうしょうしているらしく誘拐ゆうかいにならないのはさいわいだが大学生になりひとり暮らしをするために選んだこの家はこの人数で暮らすのは少し手狭てぜまだが仕方ない。

大きな家に暮らせるほど大学生のオレにはお金の余裕はない。

それに大変なことばかりではない。

家事は彼女たち、だいたいは美羽がやってくれるし小さな子たちのお世話も彼女たちで頑張ってくれている。

オレより年上のオレの子が生活費をかせいでくれているのでオレは本当に父親としてできることはあまりない。

ちなみにオレの生活費くらいは出すと男らしく言ったことがあったのだが年上の彼女にうまく丸め込まれてまだ実現にはいたっていない。

なにより嬉しいことといえばもちろん食事もそうだが帰ってきたときにおかえりと言う相手がいて、ただいまと言ってくれる相手がいることだ。

嬉しいことはたくさんあるのだが、正直ツライこともある。

まずオレのパンツを洗われること、めちゃめちゃ密着みっちゃくしてくること、オレがいても着替えなどに気を使わないこと、風呂ふろに一緒に入りたがること。

オレの記憶は今、前世のバカボンと今のオレとでミックスしているような状態だ。

なので父らしいことをしたいバカボンと美しい女の子とひとつ屋根の下にいるというラノベのような展開にドキドキしているオレとで正直身がもたない。

しかし、オレがもしひとたび彼女たちに手を出そうものならオレのなかのバカボンが怒り狂いそれこそ自責じせきの念ゆえに自害じがいしかねない。

オレは目の前にエサをるされながら待てをさせられる犬のごとく手も足も出すことはできない。

仕方がない。

彼女たちにとってオレたちは親子なのだから。

仕方がないとはわかってはいるがいくら家族とはいえ手を出してはいけない年頃の女の子がほぼ半裸はんらで家の中を歩き回られるのは健全けんぜんな男子大学生には超ド級の拷問ごうもんだ。

バクバクとはね上がる心臓、血がき出してしまいそうな鼻そのほかもろもろオレの体に悪いということを少しは彼女たちにも理解していただきたい。

「あ、もうこんな時間!もう行かなくちゃ!お父さんも今日は大学行く日でしょ?」

美羽に言われて時計を見ると今もう出ないと電車に間に合わない時間だ。

もう着替えてはいたので慌てて荷物を取ると玄関に足早に向かう。

「あたしも一緒に行くぅ!ほら!美希も咲希も行く時間だよ!!」

本来ならまだ時間に余裕のある美夏だが一緒に出るために妹たちにランドセルを背負せおわせながらあとからついてくる。

「あたしは今日休みだけどお父さんが行くならあたしも駅までついてくー!」

そう言ってバタバタと優希が最後に外に出てきた。

オレはドアの鍵をしっかりと閉めておそらく最初に帰ってくるだろう優希に鍵を渡す。

足早に駆けていく美羽たちに合わせてついていく。

美希と咲希の小学校に送り届けてもうすぐ駅まで着くといったところで女性と肩がぶつかる。

「すみません!」

と一言謝って美羽、美夏、優希を気にかけながら通り過ぎようとした時その女性はオレの目をしっかりと見てぼそりとつぶやいた。


「父上?」


その女性の目を見た瞬間オレの中にバカボンとは違う前世の記憶が甦ってくる。

どうやら今度の前世は日本、江戸時代くらいのどこかのお殿様のようでそれはもう火遊びがお好きだったようだ。

お殿様というのはまあ、いわゆるお金持ちのことでつまりのところお金持ちのバカなお殿様。

通称バカ殿。

バカ殿は美しい女性を見かけると見境なく惚れて口説きに行っていた。

またそのバカ殿も腹立つほどにイケメンだったものだから女性もその口車に乗せられて恋に落ちてしまったらしい。

バカ殿はどの女性にたいしても本当に惚れて愛しているというからたちが悪い。

たくさんの女性と恋仲になり、そして子ができた。

彼は本当に喜び、子のためにあれやこれや考えていろいろなものを準備した。

手鞠てまり、着物、飾りやいつかの嫁ぎ先まで考えた。

その子の面倒見る前に彼は不運にも命を落とした。

そして生まれ変わりオレになったわけだが。

ってまたオレに運命を押し付けてくるのか!?

目の前の女性はにっこりと笑って美羽たちの目もはばからずオレにすり寄ってくる。

そして言う。

「妹たちも喜びますわ」

次は何人だろう。

すでに8人の父になっているわけだが。

男子大学生には荷が重すぎるが手を振り払うことも出来ず呆然ぼうぜんとしていると優希が彼女に向かってオレから離れろと抗議こうぎしたのを皮切かわぎりに美羽と美夏も抗議の声をあげる。

そんな美羽たちにむかつ女性が美羽たちと口論こうろんになっている。

今日の大学休むことになるなと俺はぼんやりと少しばかり眩しすぎる日差しを顔に受けながら空を見上げる。

そんなオレに少女たちが結託したようにオレに向かって呼び掛ける。


「「「お父さん!!」」」

「父上!!」


前世のオレにひとこと言いたい。

前世の問題は前世のうちに解決しておいてくれっ!と。

ばら蒔かせ花咲かせる種のようにオレの前世の問題は拡散されていく。











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