緑化

星成和貴

第1話

 それが生まれた経緯は誰も知らない。だから、様々な推測がなされた。

 曰く、元はどこかの国の生物兵器であったが、暴走した、と。

 曰く、核実験による放射能で起きた突然変異である、と。

 曰く、宇宙からの侵略である、と。

 本来ならば原因を究明し、対策を練らなくてはならないが、誰もそれを行うことができなかった。何故なら、気付いたときには既に手遅れで、世界中に拡散していたのだから。



「ねぇ、ここもそろそろ危ないよ。逃げようよ」

「逃げるって言ったってどこにだよ?」

 少女と少年が物陰に隠れて小声で話していた。周囲には誰もいない。それでも、二人はずっと、気を張っていた。

「どこだっていいよ。安全なとこなら」

「……もう、どこも無理だよ。最近、ちゃんとした人を見たことある?」

「ない、けど……」

 それっきり、二人は黙ってしまった。二人の表情には絶望が浮かんでいた。

 実際、数ヵ月前から始まった、謎の生物の侵略により、人の姿はほとんどなくなってしまっていた。むしろ、彼らが未だに正常でいられる方が不思議なくらいだった。

 しかし、それも限界が近づいてきた。元々、身を隠しながら人気のない方へと移動を続けてきた二人。それでも、長い間移動を繰り返せば、人が多かったところにいつかは辿り着いてしまう。

 そして、彼らが進もうとしていた先には変わり果て、人の姿を保てなくなった者達が多数、存在していた。

 戻ろうとも考えたのだろうが、そちらも既に侵食が進んでいることを知っていた。

 つまり、進んでも戻ってもその先には滅亡しか待っていなかった。そして、その滅亡は思っていたよりも早く訪れた。

「……優、くん。後ろ……」

 恐怖に歪んだ表情で呟く少女。優くんと呼ばれた少年は後ろを振り向くが、そこには何もなかった。そして、また前へと視線を戻すと、何故かそこには草が生えていた。それをどかそうと、腕を上げると、手が緑色に染まったいた。

「……これ、何?」

 手を近づけてよく見てみると、手の表面に植物が生い茂っているかのようにも見えた。しかし、実際は違うことを二人とも理解していた。身体自身が植物になってしまっていることを。

 少年が上を見上げると、そこには巨大な花が咲いていた。その茎は少年の背中から生えていた。

 少女が見た声をかけたときはまだ小さかったが、一瞬でそこまで成長を遂げていた。

「何だよ、これ。いつの間に……。ちーちゃん、逃げて。もう、ダメかもしれないけれど、それでも、一分でも、一秒でも長くちーちゃんには人でいてほしいから」

「でも……優くんを置いていけないよ」

「……ごめん」

 逃げようとしない少女を少年は突き飛ばした。少女はその勢いに倒れるが、足は全く動かなかった。よく見ると、その足からは根が生えており、地中へと続いていた。

「あ……わたしも、もう遅かったみたい……」

 二人は涙を長し、最後に力一杯抱き合った。

 しばらくすると、少女の身体も植物と化し、茎は空へと伸び、少年の物とひとつになった。そして、大きな二つの花がきれいに咲き誇った。



 始まりはどこだったかは分からない。いつの間にか世界中で人が植物に変化する現象が起こった。そして、その花から生まれた種子は世界中に拡散し、同様の存在を産み出していた。

 その原因を知る者は既にこの世にはおらず、また、究明する者も誰一人残されてはいなかった。

 何故なら、世界は緑で覆われ、人として生きている者は既に僅かとなっていたからである。

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緑化 星成和貴 @Hoshinari

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