J&D

人生

 殺し屋殺しのターンエンド




 ――『踊り子』と呼ばれる、殺し屋がいるらしい。


 そいつ個人に関する情報は一切ない。

 ただ、その名前と、無惨な殺し方だけが一部の者に知れ渡っている。


 殺し屋というのは厄介なもので、自分の身分を隠さねばならぬ一方、ある程度の情報は一部の界隈に広めなければならないという矛盾した性質を持つ。

 殺しを稼業としている以上、誰かから仕事をもらわねばやっていけない。仕事を得るには便宜上名前が必要で、その実力を知らしめす実績が必要となってくる。


 それが、単なる「殺人鬼」との最大の違いだ。


 殺人鬼は趣味で人を殺すが、殺し屋は仕事として人を殺す。その気持ちの在り様が両者の違いだ。

 気持ちが違えば全てが違う。殺人鬼の稼ぎは表社会での給料や、殺した相手からの略奪だ。殺し屋は依頼主からの報酬というかたちで稼ぐ。

 仕事としてやっていく以上、殺し屋には様々な〝つながり〟が必要になる。個人で好き勝手やれる殺人鬼とは違うのだ。


 そして、これが一番重要なのだが、殺し屋は自分がやったという署名サインを現場に残す。

 いわゆる殺しのクセってやつで、これに関しちゃ正直クセなので自然と残るものなのだが――殺人鬼とも変わらないのだが、こっちはそのクセを、しっかり〝自分の殺し〟としなければならない。

 つまり、殺し方にプライドを持つって訳だ。それが殺し屋の名刺代わり。


 たとえば俺は『切り裂きJACK』と呼ばれているが、これはそのもの俺の殺し方を示している。ジャックはまあ、死人ジョン・ドゥみたいな便宜上の名前だろう。


 ここまで滔々と語ってきたが――


 ……どっちも同じ社会のクズだって?


 まあそうだろう、他人を殺して生きるヤツなんてみんな揃ってクズ野郎だ。社会不適合者の烙印を押されても仕方ない。


 しかし、クズだけで構成されたこの〝裏社会〟でなら――俺たちも立派な社会人だ。


 名を、UT――『アンダーターミナル』。

 地下アンダーにもなければターミナルもないが、日陰者の終着駅だ。


 砂漠と荒野に囲まれたこの国で、最も美しい街と呼ばれるセントラル・ロンドが陽だとすれば、その中に生まれた陰の部分。街の汚物を押し込んだ歓楽街。荘厳な景色のなか、不躾につくられた俺たちのための〝裏社会ブタバコ〟。

 そこには昼も夜もなく、セントラル・ロンドの穢れを覆い隠すような巨大なドームの中にある。空は見えず、ちかちか眩しい照明が俺たちの太陽or月がわり。この暗黒宇宙の星々は、必死に生きている俺たちの命の光。


 この肥溜めを取り仕切るのは、誰もその顔を知らない謎の首領ドン・クライ。


 彼だか彼女だかに統治されたこの社会には、当然ルールと呼べるものはない。


 ……いやまあ最低限の常識が俺たちの社会を支えているのだが、この首領がイカれているのだ。


 この街にある〝組織〟の多くは首領の傘下にあるものの、イカれ首領のヤツはクミのあいだの抗争を黙認しているのである。

 むしろ弱肉強食がルールとばかりに、殺せば相手の組を好きにしていいという。


 ともあれ大規模な抗争はそうそう起こるものでもないのだが――要は、こっそり姑息にクズらしく、穏便かつ決定的にキメるのだ。


 つまり、俺たち殺し屋の出番である。


 ――さて、話を戻そう。


 この俺、俗に『切り裂きJACK』は、『スクアード・ファミリー』に依頼され、殺しの仕事を引き受けた。


 とはいえ俺は攻めるころす側でなく受けるころされる側――俺は『殺し屋』専門の殺し屋なのだ。


 スクアードのボスが命を狙われている。

 どこの組かは知らないが、そいつらの雇った殺し屋、その名を『踊り子』。

 俺は『踊り子』を迎え討つべく雇われた訳だ。


 敵は正体不明の殺し屋だが、俺は一つ決定的な情報を掴んでいる。

 ツテを使って手に入れた――『踊り子』はどうやら女らしい。

 なるほどそれなら納得だ。きっとそいつは相当な美人で、その色香で男を射殺すのだろう。ゆえに『踊り子』。まあ俺の想像に過ぎないが、それなら複数の男を相手どれても不思議じゃない。酒や毒を使う殺しは美人によく似合う。


 一方で気になるのはヤツの無惨な殺し方。毒か何かで敵を無力化した後に惨殺するのだろうか。まったく想像もつかないが、だからこそ興奮を助長する。


 俺が人を殺すのは、純粋ひとえだ。


 人体を切り裂きその贓物から失われる熱を感じる時、俺は生きていると実感する。

 そうでなければ己の生を確かめられない。


 最初はただの殺人鬼だった。しかしそれでは物足りない。生きるために必要な行為なら、それは仕事と変わらない。働くって、生活費を稼ぐいきるためにすることだろう?

 そうして俺は殺し屋になった。しかし物足りないのは変わらない。


 だから俺は、殺し屋を殺すことにしたのだ。

 殺しの技術を磨きに磨いた同業者と命の奪い合いをするその瞬間、俺の生命は宝石よりもきらめいている。


 死線を潜り抜けたその先に――あぁ、俺は生きている、と。


 強く、感じるのだ。


 俺はイカれているのだろう。だからここにいるのだろう。だけれども、俺とおんなじヤツらはいっぱいいて、こうして巨大な街ドームが出来上がった。


 誰かのせいにするつもりは毛頭ないが、この世界は歪んでいる。生と死の境界が曖昧で、能動的に努めなければ生きている実感を得られない。

 どこぞの国ではつい最近、亡者が蘇って悪さをしたらしい。ほれ見たことか、生死の境はとっくに失われているのだ。まあこればかりは土葬したせいかもしれないが。


 死んだように生きるくらいなら、俺は他人を殺して生き残る、生にしがみつくような人生を生きたい。


 それに、俺は来るところまで来ちまった。今更真っ当な人生にUターンするなんて無理な話だ。

 ここから表社会に折り返せるほどの衝撃、俺の人生これまでを狂わせるような出逢いでもない限り――


「…………」


 スクワードのボスが隠れるボロ宿に、ふらりと近づく人影がある。

 中の誰かが呼んだオンナか――きれいな身なりをした、十代くらいの女だ。

 まるでウエディングドレスのような白い衣装を着たシルエットが、ふらふらと街灯の下を歩いている。


 この一帯は全て、スクワード・ファミリーの取り仕切るエリアだ。俺と、ファミリーの人間以外は無人。これまでファミリーの人間が何度か出入りはしたが、まったくの第三者が現れるのは今が初めて。


 女――


 ……いかにも、怪しい。


 俺は警戒を怠らず、得物を隠し女に近づく。


「なあお嬢ちゃん、ここはスクワードさんの領地だぜ? 分かるだろ、スクワード・ファミリーだ。危ないから引き返しな」


 無関係な一般人を巻き込む趣味はないが、俺はあえてここにスクワードがいることを女に吹き込む。


 ……そもそもファミリーがこうも厳戒態勢を敷いているのは、俺がそうなるように仕向けたからだ。

 いつ襲ってくるか分からない殺し屋を誘き出すためには、依頼主を危険に晒すのが一番なのである。


 俺としてはスクワード・ファミリーなんてどうでもいい。前金はもらっているし、生活するならそれで十分。殺し屋として仕事は果たさねば今後に響くが、殺し合いを逃してまでスクワードの親分を助ける理由はない。

 生きるために仕事をしてるのに、仕事で死ぬなんて馬鹿らしいだろ?


「……なあ、聞いてんのか」


 俺を無視してふらふら進む女の、その華奢な肩を掴む。


「…………」


 無理に振り返らせた女の顔には、無惨な傷がついていた。

 どういう傷かというと形容しがたいが――女の両目が、光を反射するだけの義眼エナメルであると説明すれば、まあ想像は出来るだろう。

 それから、女の細い首にも傷がある。もしかするとこの女、目も見えてないし喋れもしないのか?


 虚ろな義眼が、俺の顔を映している――


 とてもじゃないが、こいつは俺のイメージする『踊り子』とはかけ離れている。

 まず、美人じゃない。傷が無ければという仮定は空しいが、仮に無くてもこんなガキに男を誘惑するだけの色香も技術も期待できない。あったらクソだ。さすがの俺も、そういう趣味を仕込んだヤツには吐き気がする。

 ただまあここはそういうクソどもの吹き溜まり――俺が見ようとしていないだけで、どこかしらにはそういう闇もわだかまっているのだろうが。


 体つきや四肢の筋肉量、醸し出す雰囲気……殺し屋と呼べるだけの資質は感じられないし、そもそも物理的に、大の男を複数相手どれるとも思えない。


 ――異能天使でも憑いていない限り――


「あ……?」


 銃声は、遅れて聞こえてきた。


 気付けば俺の視界あたまは宙を舞っていて――ぐるぐる、と。


 宿から男たちが溢れ出す。おいお前ら、やめろ――


 銃声と悲鳴、少女の動きに合わせて血飛沫エフェクトが走る。


 華麗なターンを決め、舞い踊る――まったくもって、愚直な名前だ。


 ――お前ら、やめろよ、そいつは俺の獲物だ、


 ぐちゃりと、おれは潰れた。




                   ■




 ――美しい、


「…………」


 少女に、解体ころされる体験をした夢を見た


 青年は目を覚まし――百八十度異なる世界へ戻ってくる。

 ベッドの脇には、夢の中の少女に勝るとも劣らない美少女が座っている。


「おはよう、僕の天使アンジュ


 少女は答えない。偽りガラスの瞳で青年を見つめ返すばかりだ。


 どれくらい寝ていたのか、とってもお腹が空いている。

 ベッドから起き上がると、青年は玄関に向かっていった。

 ドアの郵便受けから落とされた新聞が土間に落ちている。

 それから、『スクワード』と署名された分厚い封筒。


「自分が死ぬ夢は何度も見たけれど、あんなに鮮烈で、幻想的な体験は初めてだ」


 封筒を拾い、中を確認しながら青年は誰ともなしに呟く。


「あれは紛れもない『殺人鬼』――きっと僕は彼女を忘れないだろう。彼女こそ、僕の捜していた『天使』だ」


 部屋の中を振り返る。


「あぁもちろん、僕の一番は君だよ、マリア――」


 そこには、


「『踊り子』――君の天使で、僕のマリアを満たしてくれ」


 物言わぬ人形コッペリアが、青年を見返していた。



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