独白

たったひとつの冴えたやりかた

 いつだったか、誰かが口にしていた気がする。


『大学時代は人生の冬だ』


 面白い冗談だ。

 キングオブコントで優勝は間違いない。それほどに笑えるジョーク。

 これが冬だなんて本気で言う人は、頭がイカれているに決まっている。

 きっと、マッドサイエンティストにロボトミー手術を施されたか、海馬に電極でもぶっ刺されたに違いない。

 そう、これを季節に例えるなら、紛れもなく春。

 それも、花粉症で目や鼻から訳の分からない汁がドバドバと溢れ出し、地獄のような痒みに苛まれて悶え苦しむような、リアリスティックな春ではない。

 桜舞い散るキャンパスの門の前で、旧友との別れに涙し、新しい出会いに歓喜する。

 そんな薔薇色の春だ。

 4月。旧学生会館の5階の端。

 このキャンパスの最果てという形容がふさわしい部屋を前にして、私はそんなことを考えていた。

 どうやら少し緊張しているらしい。私はいつもそうだ。重大な局面が迫ると、いつも決断を渋ってしまう。

 カバンからお守り代わりの本を取り出し、装丁を撫でる。

 表紙に書かれているタイトルは、『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』。

 アガサ・クリスティーの名作の1つで、偉大な姉が最も好きだった本だ。

 これを撫でていると、なぜかは知らないが昔から気分が落ち着いた。

 大好きだった姉が、臆病な私に勇気をくれるからかもしれない。

 そんな姉のためにも……いや、私自身のために、私には人生の春を謳歌する前に、1つどうしても為さなければならないことがある。

 数度深呼吸を繰り返した後、コンコンと目の前の扉をノックする。


「はい……鍵は開いているので、入ってきてください」


 中からいかにも気だるげな声音で、男の人の低い声がする。

 『彼』が話に聞いていた人物と全く異なること、そして、ここに入り浸っていることは、調べが付いていた。

 後は、計画を実行するだけ。まずは色々と確かめなければならないことがある。

 覚悟が固まり、気持ちが落ち着いてから、思いっきり力を込めて扉を開ける。

 私が考えた、姉と彼を両方とも救う、『たったひとつの冴えたやりかた』。

 ――それが、ここから始まる。



 <<完>>

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