終章 彼は忘れない

5-1 彼は忘れない

「次は、終点、館森市。館森市です」

「ほら、詳。起きて。着いたわよ」

「んん……」


 電車のアナウンスと貴理の声を聞いて目を覚ます。

 どうやら寝入ってしまったようだ。

 2人で電車を降り、見慣れない駅構内を通って改札を抜ける。

 すると、眼前に新鮮な景色が広がった。


「知らない街、か……」


 長い梅雨が上がり、気温が急上昇してジメジメとした不快な空気がまとわりつく中、俺は貴理とともに館森市にある共同墓地を訪れることにした。

 駅から出た俺の視界に入ってくるのは、住宅、道路、商店街等、1つ1つは大したことない、いつも街で見るものばかりだ。

 それでも、組み合わされば全く違う色合いを見せる。

 朱莉が、最期の時を過ごした街だ。

 実は、こんなに遠出するのは人生初だったこともあり、なんだか少しドキドキしてきてしまう。

 一瞬、自分の置かれている状況を忘れてしまうくらいだ。


「さ、お姉ちゃんに会いに行くわよ」


 黙って貴理に先導されながら、目的の場所を目指す。

 途中にあった花屋でお供え物の花を買いながら、危なげなく墓地までたどり着いた。

 とある墓の前で、黙って祈りをささげる。


「……朱莉、来るのが遅くなってごめんな」


 墓標に書かれている文字は『渡谷家之墓』。

 貴理から聞いたところ、どうやら朱莉の家はずっとシングルマザーだったらしく、1年前に母親が再婚して今の名字になったようだ。

 朱莉が亡くなったのはその前で、母方の家族の墓に入ったということらしい。

 ……随分と、長くなってしまった。


「色々あったけど……俺、これから頑張るからさ。見守っててくれよ」

『仕方ないなぁ、詳は!』

「必ず、約束は果たすから……そしたら、ここに色々な現象を説明しに来るな。楽しみだろ?」

『うん。待ってる』


 苦笑いする俺に対し、あの雨の日に見せたような、朱莉の眩しい笑顔が脳裏に浮かぶ。

 真夏の太陽を思わせる、光量と熱量をもった笑みだ。

 なんとなく、朱莉ならこう言って笑うだろうという気がした。


「そんなこと言ってるけど……あんた院試は大丈夫なの?」


 朱莉に報告をしていた俺に対し、貴理が横から水を差す。

 向けられるジト目は、今までの俺の生活を知っているからこその疑惑の視線だ。


「大丈夫じゃない」

「それじゃ、どうやって受かるのよ!」


 頬を膨らませる貴理に対し、肩をすくめてみせた。


「……最悪、留年してでもどうにかするさ。もう俺は、躊躇しない」

「そう……」


 貴理は一旦目を閉じると、優し気な微笑みを向けてくる。

 あの後から、貴理の態度はずいぶんと柔らかくなった。


「じゃあ、頑張らなくちゃね、詳!」


 ニッコリと明るく笑う貴理の顔が、あの頃の朱莉を思い出させる。

 近頃は、似ているなと思うことが多くなった。やはり姉妹だ。

 全てを過去にする万能の時間の波でも、風化出来ないものがある。

 ――俺はもう二度と、彼女の笑みを忘れることはないだろう。

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