LAST EPISODE 糸義倫語

 ──激動の『前夜祭』は、『剣星団』の暗躍の結果、大掛かりなデモンストレーションということで大事にならずに済んだ。


 あの後、倫語とゼロニアは苺に担がれて急降下し、真文が操縦する『搭載型スター機動コネ兵器クト』——『シリウス』の威力増強、拡大された『静剣・レクイエム』によって、無事地に足着くことが出来た。


 各地で反乱を起こしていた『レジスタンス』の連中も、彼女達を始め、『剣星団』や『搭載術士ンクルス』達により鎮圧させられ、翌朝より迫る『剣舞祭』に悪影響が及ぼされるような状況は免れた。


 ただ、『十刀』が『摩天楼』にて秘密裏に『ホムンクルス』の実験を行っていたという事実は報道され、『魔剣都市』の闇が僅かながらに知れ渡ることとなる。


 ゼロニアは他の『マイナス』の軍勢と共に拘束され、『剣星団』より下される罰を待っている。

 身柄を捕縛された時、彼は倫語に微笑を向けた。それが何を意味するかは、倫語自身がよく分かっていた。

 

それはきっと、あの場で剣を交えていた者達にしか理解し得ない、『想い』という名の結晶なのだろう。

 何にせよ、これで無事、『剣舞祭』は予定通りに開幕されることになった。


 そして今、倫語達が何をしているのかといえば——、


「んぎゃあぁぁぁっ! 素晴らしいですわ! この衣装、まるで苺さんが纏う為に作られたもの! いわば至高の一品ですわぁっ!」


 蓮暁女学園の一年生フロア廊下にて、カメラを構えたまま淑女らしからぬ声を上げて悶える色舞。その先には、教室の前で、羽が生えたメイド服を身に纏う苺の恥じらった姿があった。

 彼女は裾を掴み、


「もう、恥ずかしいからやめてよ……!」


 と、頬を赤く染め上げてそっぽを向く。その姿がカメラマンのテンションをさらに飛躍させてしまう。

 そして、そんな二人を指作りのフレームに収めて悶える変態がもう一人。


「いい……『美少女が可憐な親友の可憐な姿に激しく悶えるという構図』も中々にいい! 実に尊みが溢れるのを感じる……!」


 一応、当学園のスクールカウンセラーである倫語は、そんな立場知ったことかと言わんばかりに堂々と奇行を働いていた。


「ねえ、ちょっと。あんた、何? 不審者?」


 そこへ、ようやく第三者のお咎めが入った。その生徒の姿を見て、カメラマン色舞は盛大に複雑な表情を見せる。


「昨夜ぶり……ですわね。か、か、か——」


「きゃはっ! なぁにそれっ! 昨日の戦いで変な笑いでも身に着けたのぉ~?」


「う、うるさいですわ! あの時はアドレナリン大分泌祭りだったから些末なことは気になりませんでしたが、やはり改めて考えるとわたくしが貴女とこうして仲良く話していることに対しての違和感が半端ないんですのよ!」


「へぇ~? あたしはもう既に割り切っちゃったんですがねぇ? ね、色舞っ!」


「ムキぃぃぃぃぃっ! ——ま、まあ? そのようなこと、この粋羨寺色舞にとっては造作も無いことでしてよ? か、華芽梨……」


『紅蓮の剣姫』と『氷上のプリンセス』による対峙に周囲がざわつき始めるが、一見すると剣呑な雰囲気であることに対し、その内容は微笑ましいものだった。


 そしてようやく解放された苺に、倫語は改めて色舞と華芽梨の状態が回復していてよかったと言う。

 

 それに対し、苺は彼女達の戯れを微笑ましく一瞥したあと、


「先生、その時についてお尋ねしたいことがあります」


 生真面目な顔つきになり、そう言ったのだった。



 学園中が祭りの喧噪に染まっている光景を、倫語と苺は屋上に上から眺めていた。


「それで、尋ねたいことっていうのは?」


 手すりにもたれかかりながら、倫語が聞いた。

 苺はそんな彼を真っ向から射抜き、静かに口を開く。


「色舞と華芽梨が戦った後、私は気を失っていました。でもその時、夢を見たんです……そして私はそこで出会った女の人に言われました」


 そよ風が靡き、黄色い双眸に光が灯る。


「——『頼んだわよ』って」


「————」


 その台詞を言った彼女の姿が、倫語からはターチスと重なって見えた。


 だからこそ。

 いや、そうでなかったとしても。


 倫語はきっと、彼女とどこかで巡り合っていただろう。       


「私には何のことかさっぱり分からなかったんですけど、その夢のお蔭で先生が私に『剣術サポ補助器ーター』を渡すことが出来たんだろうなって」


 苺の鋭い予測に、倫語は「ふっ」と笑みを漏らし、


「ああ、きっとそうだろうね。彼女なら、言いかねないことだ」


 どこか懐かしむような眼差しを空へ向け、そう呟いた。


「あの、先生のこと、もっと知ってみたいです」


「え……」


 唐突にそう言われ、倫語は動揺を隠せない。


「『レジスタンス』との戦いが終わったあと、『剣星団』の『執行スロー部隊ンズ』が駆け付けた時あったじゃないですか。その時、隊長さんに言われたんです。『あいつ、ああ見えて過去のこととかに囚われがちだから、生徒目線からでも容赦なくバシバシ言っちゃっていいぞ』って」


「はは……なんか複雑な気分だな」


 友からの心配が、生徒を介して伝えられるという状況。

 しかしそれ以上に、『外』で初めて苺と出会った時、一足早く邂逅していた風間を前にしても怯えなかったあたり、感慨深い成長が垣間見えた気がした。


「でも、そうだな……君にも話しておいた方がいいかな」


 共に残酷な宿命を背負った者同士で戦って、最後に些末ながらも師の心を受け継いでいた教え子に背中を押されて、倫語は少しだけ、過去や運命のしがらみを断ち切ることが出来たのかもしれない。


「その代わり、相当長くなると思うよ。何せ、僕が歩んできた道のりを綴るには、本一冊ぐらいじゃ全然足りないからね」


 不敵に笑う倫語。

 そして苺もまた、「はいっ!」と元気よく返す。

 と、そこへ、


『さあさあ、皆さん楽しんでますかぁぁぁっ!? 今年の大盛況の「剣舞祭」!! しかし例年より違うのは、なんといってもこの私が考案し、創り上げた「ブースターコネクト:№001『シリウス』」だぁぁっ‼』


 聞き覚えがある声に耳を傾けてみれば、腕に着けてある『光子シー端末ルド』の画面に見覚えがあるロボットと女教師が映っていた。


「あらら、とうとう晒しちゃうのね」


「御伽先生!?』


『秘密裏』ではなく『公式』の表舞台に晒すことで、今後『レジスタンス』のような輩が現れないようにする為の布石なのだろう。


 もっとも、真文の場合は、ただ見せびらかしたいだけの気もするが。


「さ、ひとまずは楽しもうか」


 倫語はそう言うと、手すりから背中を離し、満面の笑みを苺に向ける。


「そうですね。あ、でも変態行為に走るのは禁止ですよ? あれ、当事者になるとめちゃくちゃ恥ずかしいんですから」


「変態……!? 苺君、あれは百合男子としてれっきとした崇拝行為であって——」


「はいはい、言い訳なら先生の黒歴史談議の際に聞きますから」


「黒くは無いよ! ……多分」


 そんなやり取りをしつつ、二人は構内へ戻っていく。

 だがそこへ、再び横槍が入る。


『みぃんなぁ~っ! エンジョイしてるかなぁ~? 今から、磨刀学園のアイドル、七窓結理こと「ゆりゆり」がさらに盛り上げちゃうぞ~っ!』


 桃色の長髪を揺らし、勝気な瞳に愛嬌を宿して黒いドレスを纏う美少女。

 テロップには、『今季放送中・「小説家になれよ!」発の大人気アニメ「散華の果てに返り咲く」の主人公・咲螺さくらを担当する大人気アイドル声優こと七窓結理の応援ライブいよいよ放送開始ッ!! 全人類よ、刮目せよ!!』と書かれていた。


 苺の眼前で、頼もしかった美丈夫が覚醒する。


「んんんんんんゆりゆりりりりりりりりりりりぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」


 場の雰囲気や直前までのノリ一切関係無く、ただただ、己が推す天使の名を叫んでいた。

 苺は呆れたようにして溜息を零し、倫語が着る白衣の襟を掴み、


「先生……じゃなかった。行きますよ、変態」


「あああっ! 僕の百合園の歌姫が……っ」

 

 引きずられながら、彼らは校舎の中へと戻っていく。


 自分達の居場所がある場所へ、戻っていく。



 ここは魔剣に魅入られ、魔剣を振るうことでしか己を誇示出来ず、生かすことが出来ないディストピア。死と隣り合わせの魔境。


 そして、そんな世界に放り込まれてしまった無垢な少女が一人、前に歩を進め、成長という名の花を咲かせた。


 鳥籠のように思えた世界も、執拗に纏わりつく理も。

 見方を変えれば、己が変われば、そこは心地の良い場所になっていて。


 だからこそ、人は前へ進む。

 進化を、変革を求めて止まず、過去に手を振り、今を踏み締め、未来という大空に向かって羽ばたくのだ。


 ここは剣戟鳴り止まぬディストピア。

 剣士が集い、剣に生きる場所。

 そうして今日もまた、剣戟が鳴り響く。


 各々の意志を砥いだ、切っ先を煌めかして——。


Fin

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剣戟のディストピア アオピーナ @aopina

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