UターンしたUFOにはUMAがアブダクションされている

さちはら一紗


 宇宙人の後輩が母星に帰ると言い出したのは先週二月二十九日のことだ。

 なんでも後輩は宇宙の遠い星から来た地球の未確認謎生命体UMAの調査員で、回収する使命を負っていたらしい。

 髪と目の色がサイケデリックにきらめくエメラルドグリーンだったのはそういうカラクリか、と衝撃の新事実を聞いて合点がいった。

 別にわざわざUMAなんて集めなくても普通に地球人類や原生生物を集めればいいじゃないか、と思わないこともなかったが。


「やー、それはもう昔の地球調査員が回収し終えてるんすよ。首都の大博物館にですねー、たくさん剥製がずらずらりと展示されていてー。あ、グロいからやめろ? えー。せんぱい上野の自然博物館とか目黒の寄生虫博物館とか大好きなのに? ホルマリン漬けフェチなのに?? ……あ、ハァン? まさか人間剥製想像してました? ひぇ〜引きます引きますドン引きです。宇宙人道に反することするわけないじゃないですかっ。最近は宇宙もポリコレ警察がうるさいんですよっ。何でもかんでもサイバーに大炎上する世知辛宇宙世紀なんですからねっ。はーあぁ、これだから辺境の地球人はリベラルじゃないんすからー。アポロさんが月に刺さった時からなんも進歩しとらんですよ。まったくまったく」


 とか最近流行りのラノベで覚えた汎用ウザカワ後輩仕草をロールしながら政治的な難しい言葉を使っていた。宇宙人という付加価値を差し引いてもうざい。


 まあ、そんなわけで後輩はこの一年、オカルト研究部に所属し、僕の後輩となり、利根川のカッパや裏山のツチノコ、ネス湖のネッシーならぬ霞ヶ浦のカッシーを捕獲する青春を謳歌していたらしい。


 なんだ、おまえは別に筋金入りのUMAオタクじゃなかったのか……来世はカッパがいいと本気で語らえる人間にようやく出会えたと思ったのに……皿の上に水を浸し頭に乗せて歩く修行を共にした日々は全部まやかしだったか……などと目一杯感傷に浸ったのは秘密である。


 閑話休題。

 閏年の二月最終日に後輩は、めぼしいUMAを二十六品目を回収し終えたと言い、


「せんぱーい、わたし里帰りしますねー。早めの春休みいただきますー。まー、てゆーか退学なんですけどー? あーあ、来年の修学旅行行きたかったなー。鴨川のカッパを乱獲したかったなー」


 とかゆるゆるなことを言って、屋上からポップでキュートな原宿系UFOに乗って夜空に消えていった。


 その次の日、卒業式が花粉の大暴虐により中止になったので僕もまた早めの春休みに突入したが、UMA探しに奔走しすぎた結果大学受験には全落ちしたので、楽しい浪人ワクワク生活が始まっただけだった。




「で、なんで母星に帰ったはずの後輩が予備校の前にいるんだ?」


「いやぁ〜……そのぉ〜……ちょっと忘れものをですね、しちゃったので」


「そうか。ティシュか? ハンカチか? マスクは悪いな、花粉災害でどこも品切れなんだ。転売ヤーは花粉の藻屑となったのでそろそろ供給されるはずだが」


 代わりにというのはなんだが、と鞄からガスマスクを出したが断られた。

 ちなみに僕の今日のコーディネートは全身防護服である。

 後輩は今日も足をめちゃくちゃ出したセーラー服で、目も鼻もフリーだった。

 宇宙人には花粉が効かないのかさては。



「そーじゃなくて! 忘れものっていうのはその……せんぱいです」


「僕?」


「はい、わたしはせんぱいというUMAをあろうことか回収し忘れていたのです」


 そして後輩はいかにして『せんぱい』という種族がUMAたり得るかという話をし始めた。


 曰く『せんぱい』というのは出会ったモノを青春という怪異に引きずり込む謎生物だとか。

 一緒に学校をサボり、ミステリーサークルを捏造し、カッパを一本釣りし、デート先に寄生虫博物館に選ぶ人間である僕は、若かりし頃に運が良ければ出会うとまことしやかに噂される都市伝説『せんぱい』の像と一致しており、つまり以上を持って僕は『せんぱい』というUMAである、QED.


 ということだった。さっぱりわからん。

 僕はUMA探しに熱中しすぎて大学受験どころか留年の危機だったほどに成績が悪いので、大抵のことはわからないのだ。


「つまりですね、地球のUMAを回収する任務を負ったわたしは……せんぱいを母星に連れて行かなくちゃいけないんです」


「一度せんぱいとお別れしたのに戻ってきたのは、やっぱり自分の気持ちには嘘を吐けなかったから。

 ──わたし、せんぱいと、ずっと一緒にいたいんです。

 せんぱいが高校を卒業しても、わたしが星に帰っても、ずっと一緒に楽しいことをしたい。せんぱいには、ずっとわたしのせんぱいでいてほしいんです」


 つまり。

 僕がUMAだのなんだのはただの方便で。

 シンプルに後輩は僕を連れて行くために、わざわざ空の彼方から引き返してきたのだ。


「ね、かわいい後輩の最後のお願いですよ? だから、この書類に目を通さずサインと血判をしてわたしと一緒に宇宙船に乗ってください!」


「なるほどな」


 僕はふむ、と考えて。


「よし、断る」


 力強く返事をした。


 後輩はあんぐりと口を開けてバサバサっと書類を落とした。

 ちなみにアスファルトは花粉で黄色くなっているので、地面に落ちた書類はもう焼却処分するしかない。


「なんでですか!? ただ『はい』と頷けば、わたしと星空きらめくハネムーンにご招待〜ってわけですよ!? まさか行きたくないわけないでしょ? せんぱい、わたしのことめちゃくちゃ好きなのに! もういつもこっち見るときデレッデレで、文化祭でメイド服着てきた時とか興奮しすぎて気絶してたくらいわたしのこと好きなのに! どうして、断るんですか!?」


「勘違いしないでほしい。おまえの順位はカッパの下だ」


「わたし宇宙人なのに! 宇宙人なのにっ!」


「イエティよりは上だぞ。よかったな」


「うるせー! せんぱいのきゅうり野郎!」


 かわいい顔を般若にしてもまだかわいい後輩に、僕は溜息を吐いて諭す。

 残念ながら、後輩の誘いには乗れないのだ。


「だって炎上するだろ。おまえ。僕がUMAじゃないことがバレて、今の時代にUMAじゃない人間を不当に攫ったんだってバレたら、おまえはユニバースワイドにネット炎上する」


 ぐ、と後輩は口ごもる。このご時世、宇宙航行をする宇宙人にとって宇宙ネットでの炎上は社会的な抹殺を指す。と言ったのは当の後輩だった。

 僕は記憶力が悪いがUMAについてと後輩が言ったことにつては、ほとんど違わず覚えているのだ。


「だから、僕はおまえと一緒には行けないよ。僕はたまたまおまえより早く高校に入っただけの、どこにでもいる一般的な地球人だ。ごく普通の人間でしかないんだ。おまえの言うような、ミステリアスで青春の擬人化みたいな、素敵な『せんぱい』ではないんだよ。一緒に行く資格は持っていないんだ」


 後輩は般若のモノマネをやめて、ぐすぐすズビズビと泣き出した。

 やはり宇宙人にも花粉は効くらしい。


 防護服越しに、僕は後輩の手を取る。


「だから、さ。僕がおまえと一緒に行けるような存在になるまで、どうか待ってくれないか。必ず、おまえが連れ帰っても炎上しないような、すごい存在になるからさ」


「……ほんとですか?」


「ああ、本当だ。おまえの先輩が、今まで一度でも嘘を言ったことがあったか?」


「……いいえ。せんぱいはいつも有言実行で、わたしがツチノコの番いを見たいと無茶を言った時も『任せろ』と、三日三晩寝ずに捕まえてきてくれました」


 後輩は潤んだ瞳で僕をじっと見つめて。

 えいっと防護服越しに僕に抱きついた。


「約束ですよ? 必ず迎えに行きますからね」


「ああ、約束だ」


 そして、後輩がもう一度宇宙船に乗って光年の彼方へと旅立って行くのを僕は見送った。


 首が折れ曲がるほどの時間、後輩の消えた青い空を見つめた後。

 僕は予備校の扉をくぐる。

 予備校は修羅の国の管轄なので世界が花粉に深刻に汚染されようとも二十四時間門徒を受け入れているし、浪人生に休日はないと都市条例で決まっている。


「さて」


 後輩に回収される未来のために、来世とは言わず今世でカッパになる努力をするとしよう。


 しかしカッパになるには大学院で何年研究すればいいのかとんと見当がつかないので、とりあえず最高学府を目指しておくかと先日ブックオフで買った赤本に取り掛かる。


 さっぱりわからなかった。 

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